4話 大博打
それからの生活は苛烈を極めた。
俺は寝る間も惜しんで研究と結界板の生成を行い、魔力が足りなくなれば国庫から勝手に魔力回復薬を頂戴し、それを浴びるように飲みながら作業を続けた。
もちろん副作用もあり、飲むだけで吐き気を催すほどまず上に過剰に摂取すると激しい頭痛と倦怠感に襲われるのだが、魔力不足によるタイムロスが起こる方が俺にとって不利益な為、それら全てを無視して作業を続けた。
研究というものはひとつの通過点を過ぎると急激に進むもので、結界板の研究が完了した事により、それから派生するように様々な研究が進んだ。
この研究が上手くいかなければ計画に多大な支障をきたしていた可能性が大きかったので、早い段階でこの研究を進めることができて良かった。
そんな日々を続けること早数ヶ月、ついに計画を初める日が来た。
俺はとある事の確認を行うために城から出て大通りを大きなローブを被り、散策する。
いつもは商人や旅人などで賑わっている大通りも、今日ばかりは驚くほど人の姿が少なかった。
「……よし、ちゃんと減ってるな」
周囲を見渡しながら、俺は誰にも聞こえない程度の声で呟く。
今日は大陸の多くの国で共通して行われている、先祖を祀る日だ。
細かな風習こそ国によって違うものの、この日は故郷へ帰り、家族と共に先祖へ祈りを捧げるというのが一般的である。
そのため普段ならこの国に滞在している外国の商人や旅人、出稼ぎ労働者達の多くも、数日前から次々と自国へ帰っていった。
もちろん全員というわけではない。
仕事の都合で残っている者もいれば、そもそも故郷へ帰る気のない者もいる。
ただ、この国で他国の人間が行っている仕事といえばそのほとんどが貿易品の販売であるため、今日のような客が少ない日に残るという意味も無いので、残る者は少ない。
そのため、この日は俺にとっても、セレス教皇国にとっても非常に都合のいい日になるわけだ。
俺は城へと戻り、準備を進める。
結界板は1度作ってしまえばそのまま維持されるものの、それを操作するには少量の魔力を消費する。
しかし、国を覆うことができるレベルの量の魔力板を動かすとなると、流石にその魔力の消費量は膨れ上がる。
到底俺一人の魔力では足りないため、作戦決行の際は大量の魔力回復薬を持っていかなくてはならないだろう。
研究の際に大分慣れたとはいえ、あの不味さはいつまで経っても好きになれる気がしない。
作戦決行は夜になるだろうから、一旦俺は部屋に戻って少し休むことにした。
ベッドに寝転がり、ちらりと横を見る。
俺の机の上には以前よりもさらに積み上がった書類の山ができていた。
研究の際には本当に大事そうなものしか手を付けていなかったのもあり、とてつもない量になっている。
……だが、それも今日で終わりだ。
「……陛下」
「ほわぁっ!?」
突然枕元から声をかけられ、俺は思わず飛び上がり、全身を結界で覆う。
襲撃かと思い警戒しながら声の主を探すと、半透明の結界越しに、イリスと目が合った。
「……何してるの?」
「それはこちらの台詞です」
イリスは呆れたようにため息をつくと、俺を覆っている結界を指でコンコンと叩いた。
「寝起きに襲撃されてもこれなら安心ですね」
「いや、急に枕元から声かけられたら誰だって驚くでしょ!?」
「私は先程からずっとここにいましたよ」
「え?」
結界を解除しながら周囲を見るが、当然ながら部屋には俺とイリスしかいない。
イリスの隠密能力も中々のものだろうが、俺自身も計画のことについて考えすぎて周りが見えなくなっていたようだ。
「おほん、それで陛下、ひとつお聞きしますが……何をなさるつもりなのですか?」
「…………。」
計画については秘密裏に進めてきた。
だが、ここまで怪しい行動を続けていれば1番近くで俺を見ているイリスには俺が何かをやっているということは気づかれてしまうのはおかしくない。
俺は何とか誤魔化そうとするが、イリスはその言葉に被せるようにして口を開いた。
「陛下は聡明な方なので、私には分からないような壮大な計画を立てているのでしょう……なので私からは何も言いません」
イリスは軽く息を吸い、俺の目を見つめる。
「何があろうとも、私はお供しますから……賢い判断をしてくださいね?」
そう言い残すと、イリスは部屋を出ていった。
「……賢い判断、か」
閉じられた扉を見つめながら、俺は小さく呟く。
果たしてこれから俺がしようとしていることが賢い判断なのかと聞かれれば、自信を持って頷くことはできない。
だが、これ以上にこの国が良くなる可能性のある選択肢は少なくとも俺は思いつかない。
国を賭けた大博打になるというのはわかっているが……。
「やるしかない」
俺は決意を固め、城のいちばん高い塔へ登りそこから結界板を操作する。
国はゆっくりと透明な結界板によって閉ざされていく。
計画の第一段階はこれで成功だ。
俺はこれから起こるであろうことを思い浮かべて溜息をつきながら部屋に戻り、明日の演説の内容を再確認するのであった。




