3話 セレス教皇国
「……我が国に、駐屯軍を置きたい……と?」
俺は目の前に座る非常に胡散臭い笑顔を浮かべる神官にそう聞き返す。
この神官は隣国であるセレス教皇国からの使者だ。
「ええ、近頃は魔物の活動も活発になってきおります、その際、貴国の安全が脅かされるとあればそれは許されざることです、そうなってしまうと我が国としても無視はできないのですよ」
「…………」
俺は何とか王としての威厳を保ったまま応答するが、内心では焦りに焦っていた。
今まで諸外国は間接的に圧力をかけてくることはあれど、ここまで直接的に軍事的圧力をかけられるというのは初めてのことだ。
今までの要求も非常に腹立たしいものではあるものの、少なくとも外交の範囲内に収まるものだけだった。
だが、今回はその程度では完全に収まらない程度の要求をされている。
駐留軍の常駐、これは言葉を変えると、何か変な行動を取れば直ちに城に攻め込み国家転覆を図り、最悪の場合は国民に危害を加えると言っているのと同じだ。
こんなの到底許せるはずがない。
しかも、もしここでセレス軍の常駐を許してしまえば、確実にセレス教皇国以外の諸外国もこぞってうちに駐屯軍を置きたいと打診してくるだろう。
そうなってしまえば、断ることも出来ず、王都は他国軍でごった返すことになるだろう。
それに、他国の軍が1箇所に集まるという性質上、それが争いの種になる可能性だって大いに考えられる。
「……ありがたいお話ではありますが」
俺は慎重に言葉を選びながら口を開いた。
「我が国には我が国の軍があります、魔物への対処についても、現状では問題ありませんし、わざわざ貴国のお手を煩わせる必要はないかと」
「ほう……」
俺の返答を聞いた神官は、張り付けたような笑顔を一切崩さずに続ける。
「ご冗談がお上手なようで……貴国が我が駐留軍を受け入れないと多大な被害が出ると言うことは、あなたが1番わかっているんじゃないですか?」
「…………」
カリスト王国はセレス教皇国に頼っている部分も大きい。
その際たるものが、国境付近に生息する飛竜の討伐だ。
王国と教皇国を結ぶ街道を挟むようにそびえ立つ険しい山脈、そこに飛竜は生息している。
そのため、貿易ルート確保の為にも、その討伐は必須である。
だからこそ、その討伐は双方に利があるものである。
しかし、それには大きな落とし穴がある。
それは、セレス教皇国が輸入をほとんどおこなわない輸出国家だということだ。
つまり、基本的に必要なものは自国で確保できているため、貿易ができなくなったとしても大丈夫という事だ。
もし教皇国が討伐を辞めてしまえば、教皇国はそれに対処できたとしても、我らはそれに対処しきれず、多大な被害を被るだろう。
だからこそ、この神官はそれをダシにして俺を脅そうとしているわけだ。
「……わかっていただけたようですね、それではすぐにでも手続きを……」
「……待て」
俺は待ってましたと言わんばかりに懐から書類を出そうとしている神官を手で制す。
張り付いた笑顔が少し崩れる。
「えー、まさか意図が伝わっていないわけじゃありませんよね? この契約はお互いに……」
「大丈夫、わかっていますとも、全ての意図を把握した上で、回答いたします」
俺は嫌に脈打つ心臓を抑えつつ、平然とした顔で答える。
「あと1年お待ちください」
「……は?」
今度こそ、神官の笑顔が完全に崩れた。
「一年……ですか?」
「ええ、一年です」
「申し訳ありませんが陛下、これはそのように悠長に構えていられる話ではございません……魔物の活動は日に日に活発になっておりますし、何より……」
「分かっています」
神官の答えを遮り、なおも続ける。
「1年、お待ちください」
「…………」
神官は俺の返答がこれ以上変わることがないことを悟ったのか、「後悔しますよ」とだけ言い残して去っていった。
「……ふぅ」
扉が閉まった瞬間、俺は深く息を吐きながら椅子の背もたれに身体を預けた。
「怖かったぁ……」
さっきまで必死に保っていた王としての威厳など、もう欠片も残っていない。
正直、途中で何度折れそうになったか分からない。
もしあそこで相手がさらに強く出てきたり、今すぐ答えを出せと言われたりしていたら、どうなっていたことか。
だが、1度帰った以上、彼らが仕掛けてくるであろう時期には目星がつく。
それまでにあの計画を始めることができたのなら、もしかすると活路が開かれるかもしれない。
国土全てを結界板で覆うという計画を。




