2話 結界板
「イリス〜、ちょっとこれ見てよ」
俺は先程完成したとあるものを持ち上げてイリスの前に持っていった。
イリスはそんな俺の様子を見て服の袖で涙を拭く仕草をした。
「おいたわしや陛下……とうとう本格的に頭がどうかしてしまったんですね」
「いや、ちがうから、よーく見て」
俺は角度を変えながらそのとあるものをイリスに見えるようにする。
俺の名誉の為にも。
「これは……ガラスでしょうか?」
「不正解、見てて」
俺は手に持っていたとあるものを地面に思い切り叩きつける。
ガラスならばこの時点で粉々になっているところだろうが、これはそうはならず、ただ硬いものが地面に落ちたような音がする。
「これは……?」
「ほら、この前話してたのあるでしょ、時間魔術の応用で結界魔術の魔力の流れを強制的に堰き止めて、その……」
「……陛下、何を言っているのか全く分かりません」
「最後まで聞いてよ!」
俺の渾身の説明は、ものの数秒で切り捨てられてしまった。
まぁ、確かに魔術を専門的に学んでいないイリスに説明したところで分からないか。
俺だってこれを完成させるまで何度も失敗したし、その説明をそのままして理解出来ないのもおかしくはない。
「簡単に説明すると、結界魔法って普通は術者が魔力を流し続けないと消えちゃうでしょ?」
「えぇ、それくらいなら私でも知っています」
「でも、時間魔術で結界内部の魔力の流れを止めれば、その瞬間の状態を維持できるんじゃないかって思ってさ……それで色々試した結果、これができたってわけ、名付けて、結界板って言ったところかな」
そう言いながら俺は地面に落ちた結界板を持ち上げ、コンコンと叩いた。
「それで、何が凄いんですか、それ」
「よくぞ聞いてくれた!」
「うわ、聞くんじゃなかった」
露骨に嫌そうな顔をするイリスを無視し、俺は解説を続けようとするが、イリスがすぐさま端的にまとめてくださいと冷たい口調で言い放ったため、仕方がなく短くまとめて答えた。
「まず硬い、それに1度作れば消える事も無いから実質無料、そんでもって俺なら自由自在に操れる、形を変えることも、動かすことだって簡単……どうよ」
「へぇ、素晴らしいですね」
「反応薄っ」
まぁ、いい、イリスの反応が薄くたって世紀の大発見なのには変わりがないのだから。
現状、高いレベルの結界魔術と時間魔術を扱え、その上高い魔術の知識があるものでなければ作ることができないが、それでもこんなものが使えるとなれば世界中のあらゆる業界に激震が走るはずだ。
これをうちから始まった技術として発展させることができれば、この国は一気に変わるはずた。
そうすれば……いや、待てよ?
「…………」
「陛下?」
「イリス、えっと、俺以外に、高いレベルの結界魔術と時間魔術を扱えて、その上で高い魔術の知識がある人って俺以外に居る……?」
ふと浮かんだ疑問をそのまま口にすると、イリスは少し考えるような仕草をした後、あっさりと頷いた。
「居ませんね」
「……だよね」
将来的にこの技術を全世界に輸出して、その最先端を我が国にすることにより影響力を増すことができたりしてと考えていたが、そもそもその技術を扱える人がいないのであればどうにもならない。
逆に、俺がこの技術を持っていることがバレてしまえば周辺国からの嫌がらせは更に増え、下手したら今よりも酷い状況になってしまうかもしれない。
「はぁ、結局これが使えるのは緊急時に国を守る為の防壁にするとか、そのくらいの用途かぁ」
下手に色んな場所で使ってこの技術がバレでもしたら大変なので、この力を使うことができる場面は本当に限られてくる。
せっかく苦労して作ったというのに、随分と用途が小さくなってしまった。
まぁ、それでも無いよりはマシだ、有事の際にはかなり役に立つだろう。
「防壁……ですか、それそんなに大きくなるんですか?」
「あぁ、うん、ちょっと見ててよ」
俺は結界板を何個か作り、くっ付ける。
すると、1つだった時の結界板ではせいぜい2メートル程の大きさのものを作ることしか出来なかったが、くっ付けることによりその大きさはその分大きくなった。
「結界板同士はこうやって互いに引き合う力があって、こうやってくっつければ強度は変わらず大きくする事ができるんだよね」
俺がそう説明しながら結界板を次々と繋げていくと、やがて部屋の端から端まで届くほどの大きさになった。
「へぇ……では、陛下が作り続ければ、いくらでも大きくできるということですか?」
「まぁ、理論上はね、俺の魔力が続く限りは作れるし、一度作ったら消えないから、毎日少しずつ増やしていけば相当な大きさにはなると思う」
「それなら、確かに防壁としては優秀そうですね」
「でしょ? 城壁の強化にも使えるだろうし、何よりこれ程大きなものを短時間でその場所に生成できるわけだから、敵の侵攻ルートに配置すれば足止めも……」
そこまで言ったところで、俺はふと手を止めた。
「……ん?」
「どうしました?」
「いや……」
俺は少し言葉を濁しながら思案する。
敵の進行ルート、それ即ち大量の物資や人的資源を運ぶことが出来る整備の行き届いた道の事な訳だが、その道は何も戦争の時だけ使われるものではない。
むしろ普段は商人や旅人が行き交い、物資を運ぶために使われている。
「……街道か」
「はい?」
「いや、敵の侵攻を防げるなら、別に戦争の時じゃなくても道を塞げるよなって」
「それは、まぁ……物理的には可能でしょうけど」
イリスが若干怪訝そうな顔をする。
俺はそんな彼女を横目に、頭の中でこの国の地図を思い浮かべた。
カリスト王国は大陸のほぼ中央に位置し、東西南北を繋ぐ主要な街道の多くが国内を通っている。
それに加えて、大陸は険しい地形が多いのもあり、カリスト王国を通らないルートでの貿易路はとてつもなく遠回りになるか、険しい道程を進まなくてはならない。
だからこそ、各国は我が王国を通るルートを確保するべく、圧力をかけてこちらが抵抗するのを防いでいた。
…………だが、この技術があればどうだ?
街道を塞ぐことが出来るようになれば、かなりの外交カードになりうる。
ただ、その場合でも航空戦力をぶつけられればそこを通らずに都を焼かれてしまう程度には我が国は弱い。
「……駄目だな」
「何がです?」
「いや、街道だけ塞いでも意味ないなって」
「はぁ」
「だって、相手が本気で怒ったら空から来るでしょ?」
この世界には飛竜を使った部隊もあれば、風魔術で空を飛ぶ魔術師だっている。
数こそ地上戦力に比べれば少ないが、それでも王都を攻撃するには十分だ。
街道を封鎖して相手を怒らせた結果、上空から好き放題攻撃されました、では笑い話にもならない。
「いや、別に地上だけに結界板を張る必要は無いのか、ドーム状にして国土全てを覆えば…………」
「……陛下? 何を考えているのですか?」
「あぁ、いや、大丈夫、なんでもない」
色々考えては見たが、流石に現実的では無いかと、俺は首を横に振った。
国全体を覆うなんて、一体どれだけの結界板が必要になるのか分からないし、そもそもそこまでして国を閉じる理由も無い。
というかそんな事してもうちの持久力じゃいずれ国民がうえることになる、そんなことになるくらいなら俺が何とか矢面に立ってこの国を守ればいい。
「まぁ、今は防壁として使えれば十分か」
「今は、ですか?」
「細かいこと気にしないでよ」
そう言って笑う俺だったが、この時思いついた国土を全て覆うという発想だけは、不思議と頭の片隅から消えることはなかった。




