1話 我が国は鎖国いたします!
「我が国は鎖国いたします!」
俺がそう宣言すると、広場は一瞬にしてざわめきに包まれた。
中には怒号まで混じっており、まさに混沌といった様子だ。
それでも尚、俺は声高らかに続ける。
「我が国の領土全てを私の結界魔法で覆いました! これにより内外の移動は不可能となります!」
「なっ……!」
「そんな馬鹿な!」
「陛下、一体何をお考えなのですか!」
予想通り、広場のあちこちから非難の声が飛んでくる。
が、その声も次第に疑念や嘲笑の声に変わっていく。
「馬鹿馬鹿しい……そんな大魔術、大賢者でも使えねぇよ」
「あぁ、例えあの王とはいえ、そこまでの力は無いはず……」
そんな声が上がるが、俺はそれを気にしない様子で王族の煌びやかなマントを翻し、城へと戻りながら告げる。
「嘘だと思うなら試してみてください、すぐに分かるはずですよ」
俺はそう言い残し、その場から立ち去る。
後ろで控えていた侍女のイリスがぺこりとお手本のようなお辞儀をし、俺の後ろを追従したのを確認してから、俺は他の人に聞かれぬように注意して小声で話しかけた。
「なぁ、イリス」
「なんでしょう」
「…………やっちゃったね」
「えぇ、やってしまいましたね、私は陛下のことを聡い方だと思っていましたが、どうやら評価を改めなくてはいけないようです」
「…………はぁ」
イリスの返答に、俺はこれからの事を思い、深くため息をつく。
まぁ、こうなることは分かっていた。
俺の言ったことは確実にご乱心と思われるような荒唐無稽な事だ。
そんなことを突然宣言すれば、反発されない方がおかしい。
恐らくは、ここから俺は逮捕され、牢屋にぶち込まれるだろう……しかし、ある程度すれば釈放されるはずだ。
彼らもその頃には俺に頼らざるを得ないと気づくはずだからな。
「はぁ、これで本当に良かったんだよな……はぁー、なんでこんなことに……」
「それは、陛下がバカだからでは?」
「ん?」
「失礼、間違えました、それは、陛下が大バカだからでは?」
「…………」
長い付き合いだからわかるが、このトーンで話すイリスは怒っている。それも、相当怒っている。
逮捕される上にこの後イリスにしこたま説教されるのかと思うと、更に憂鬱な気持ちになる。
「逃げちゃダメかな」
「陛下自ら退路を断ったんじゃ無いんですか?」
「……まぁ、うん」
俺自身は出られないという訳では無いが、こうなってしまった以上その選択肢は無い。
俺は大きく息を吐き、そのまま自室までの廊下を歩く。
この選択が本当に正しかったのか、それとも間違っていたのか、その答えが出るのはしばらくかかるだろう。
だが、どちらに転ぼうとも後悔のないよう全力を尽くす、そう決意して自室に入り、時を待った。
俺がどうしてこんな正気の沙汰じゃないような決断をすることになったのか。
話は数ヶ月前に遡る……。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「あー、もうやだ、国王やめたい」
俺はレオニス・フォン・カリスト、栄誉あるカリスト王国の第27代国王である。
カリスト王国は大陸の中央に位置する人口およそ30万人ほどの都市国家だ。
大陸を東西南北に行き来する主要な街道のほとんどが、この国か、その周辺を通っているという地理的な要因から、我が国は長年貿易の要衝として栄えてきた。
しかし、あまりにも重要な位置にある上、膨大な貿易での利益を生み出す土地でもあるため、昔から周辺諸国には何度も狙われてきた。
実際、今でこそ都市国家なんて呼ばれているが、かつての我が国は今よりも遥かに広い領土を有していた。
人口は数百万を超え、大陸中央の要衝となるような地域をすべて支配し、その先の国家を強大な影響力で支配下に治めていた時代もあったらしい。
だが、長年の戦争や条約などによりじわじわと領土を削り取られ、現在では王都とその周辺の限られた領土のみの領有を許される弱小国家に成り下がってしまった。
それでもまだこの国が生きながらえているのはこの地政学的にも抑えることができたら非常に有利に働くこの土地を1つの国が領有するリスクを鑑みて緩衝地帯としての役割を期待されているからにすぎない。
「はぁ~、ほんともう、国王辞めたい」
「陛下、国王の口癖がそれなのはいかがなものかと……はぁ、何回言えばわかってくださるのですか」
この国王に対して明らかに不遜な態度をとる侍女はイリス。
俺の二個上で、幼いころから一緒に教育なども受けてきた幼馴染だ。
そのせいか、俺が国王になった今でも態度はほとんど変わっていない。
むしろ昔より遠慮がなくなっている気すらする。
「だってさぁ……イリスも見てよ、これ」
俺はそう言いながら、目の前に積み上げられた書類の山を指差す。
「朝からずっとやってるのに全然減らないんだぞ?」
「陛下が途中で何度も現実逃避をなさるからでは?」
「休憩って言ってくれない?」
「三十分ほど窓の外を眺め続ける行為を休憩とは言いません」
「国の未来について考えてたんだよ、ははは」
俺はごまかすように笑いながら、仕方がなく仕事に戻る。
この仕事が国の発展のためになるような仕事なのだとしたら俺だって喜んでやる……だが、この書類の山の大部分は他国からの要望書だ。
やれ関税を下げろだのもっと武装を解除しろだの特定の商人に優先的な取引権を与えろだの、どれもこれも聞いているだけで頭が痛くなるようなものばかりだ。
こうやって毎日のようにどこかからくる嫌がらせの手紙をなんとか言い訳を書き連ねて最小限の被害に抑えるという作業を繰り返させられては流石の俺も陰鬱な気分になる。
しかも、ほかの人間を通さずに、まだ即位したての王に直接判断を迫るというのも非常にたちが悪い。
俺は父や家庭教師からみっちりと教育を受けてきたから何とか食いついていけてはいるがそれでも毎日こんなものを相手にしていれば嫌にもなる。
「……いよっし、今日はいったん終わりにしよう」
「まだ半分ほど残っていますが?」
「知らない知らない、これ以上やったら頭がおかしくなる」
「既に手遅れなのでは?」
「酷くない?」
俺はイリスの嫌味を聞き流しながら立ち上がる。
勿論、本当に仕事を放り出すわけではない。
緊急性の高いものには一通り目を通したし、残っているものも今日中に片付けなければ国が滅びるようなものではない。
ならば、少しくらい俺にも自由な時間があっていいはずだ。
「それでは、どちらへ?」
「研究室」
「また魔術研究ですか」
「またとはなんだ、またとは、俺の数少ない趣味なんだからいいだろ」
俺は幼い頃から魔術が好きだった。
第四王子だった俺は国王になる可能性が低かったため、兄様たちよりも様々なことを自由に学ぶことができた。
そんな中でも俺に才能があったのは魔法だった。
全属性に適性があるという極めて珍しい才能を持っていたこともあり、幼い頃は周囲から随分と期待されていた。
しかし、いざ訓練を始めてみると、全属性に適性はあるものの、肝心の威力が弱かった。
平の魔術師程度の実力までは磨けても、それ以上はどうもうまくいかなかったのだ。
ただまぁ、第四王子だしということで、次第にその期待も落ち着き、気づいたころには俺への期待は無くなり、好きに魔術を研究することを許されるようになっていた。
俺としても、それで不満はなかった。
別に最強の魔術師になりたかったわけではないし、魔術そのものが好きだっただけだ。
そのため、俺はこの王子という立場を利用し、できる限りのことをやった。
そして、そんな研究を続けていると、結界魔法や時間魔法といった戦争にはあまり使えないスキルだけは非常に高度なレベルで使いこなせるということが分かった。
それからはさらに魔法が好きになり、さらに没頭した。
そして、それは国王であった父が死に、その継承権を持つ兄様達が暗殺され、もともと継承権の低かった俺が国王になることになってしまった今でも変わらない。
「まあ見ててよ、世紀の大発見とかしてくるからさ」
「はぁ……そうですか」
イリスはもう何も言うことは無いといった様子で黙って俺の後ろについてきた。
後が怖いが、魔法研究のためと恐怖に耐えながら俺は研究室に向かった。
……それから数日後、俺はこれからの人生を大きく変える大発見をしてしまうことになる。




