第8話「人間界は誘惑だらけ!」
GW初日。
待ち合わせ場所へ着くと、人混みの中で大きく手を振る少女の姿が目に入った。
「結飛ー!」
声の主は、ブラウスに短めのスカートを合わせた私服姿の莉夢だった。
制服姿とは違う、どこか大人っぽい雰囲気。
初めて会った時にも見た服装だが、改めて見るとやっぱり似合っている。
「待たせたか?」
「ううん! 今来たところよ!」
そう言って笑う莉夢を見て、俺は昨夜のやり取りを思い返した。
◇ ◇ ◇
自室でのんびりスマホをいじっていると、莉夢からメッセージが届いた。
『行く場所が決まったわ!』
続けて送られてきたのは、内容はともかく勢いだけは伝わる一文だった。
『ショッピングモールよ! 明日は結飛を思う存分、堕落させてあげるわ!』
相変わらず意味が分からないが、とりあえず短く返信した。
『了解』
◇ ◇ ◇
昨夜の宣言を思い出していると、莉夢は胸を張り、人差し指をびしっと俺へ向けた。
「今日は結飛を浪費の沼へ引きずり込んであげるわ!」
「全然ありがたくない宣言だな」
「ふふふ……覚悟しなさい!」
そう言うと、莉夢はくるりと踵を返し、ショッピングモールへ向かって歩き出した。
「ほら、早く!」
「はいはい」
こうして、俺たちのゴールデンウィーク巡りが始まった。
◇ ◇ ◇
ショッピングモールへ足を踏み入れた瞬間、莉夢がぴたりと立ち止まった。
「わぁ……!」
思わず声を漏らしながら、きょろきょろと辺りを見回す。
吹き抜けになった広い空間を囲むように、何列もの専門店が並んでいる。
天井からは色鮮やかなGWセールの垂れ幕が吊るされ、休日ということもあって大勢の買い物客で賑わっていた。
「すごいわ……人間界には、こんな場所まであるのね!」
「初めて来たのか?」
「ええ! 魔界にも市場はあるけど、こんなにたくさんのお店が一つの建物に集まってるなんて……初めて見たわ!」
莉夢の視線は、あっちの店からこっちの店へと忙しなく動いている。
……完全に観光客だ。
「それで、まずはどこへ行くの?」
「俺はどこでもいいぞ」
「じゃあ……」
莉夢は少しだけ考え込むと、やがて近くの店を指差した。
「まずはあそこよ!」
指差した先にあったのは、マネキンが並ぶ洋服店だった。
「結飛の財布の紐を緩ませるんだから、まずは服から攻めるわ!」
「何で服からなんだよ」
「ふふふ、人間はおしゃれをすると、つい買いすぎちゃうものなんでしょ?」
「誰からそんな知識仕入れたんだよ……」
呆れながらも、意気揚々と店へ向かう莉夢の後を追う。
店内へ足を踏み入れると、色とりどりの服がずらりと並んでいた。
春物の新作やGWセールの商品が目立つように飾られ、楽しそうに服を選ぶ客たちの声が店内に響いている。
「へぇ……!」
莉夢は感心したように店内をぐるりと見回した。
「服だけで、こんなに種類があるなんて……!」
「まぁ、ここは結構大きい店だからな」
「それにしても凄いわね。どれも違うデザインじゃない。人間って、こんなに服を持ってるものなの?」
「人にもよるけどな。季節ごとに買い替えたりするし」
「へぇ……」
莉夢は感心したように服を見回した。
「魔界じゃ一着をずっと着る悪魔も多いのよ。人間っておしゃれなのね」
「価値観が違うんだな」
「それに、翼があると服選びも結構大変なのよ」
「ああ……背中に穴とか必要になるのか」
「そうそう!」
莉夢は「あれも可愛い」「こっちも素敵」と声を弾ませながら、店内を歩き回る。
そのたびに、ハンガーに掛かった服を次々と手に取っていった。
「結飛!」
名前を呼ばれて振り向くと、両腕に何着もの服を抱えて立っていた。
「なんだ、その量……」
「今日は結飛を大変身させるわ!」
「別に変身しなくていい」
「いいから、こっち!」
腕を引っ張られ、半ば強引に鏡の前まで連れて行かれる。
莉夢は抱えていた服を一着ずつ俺の体に当て、真剣な表情で見比べ始めた。
「これは爽やかすぎるわね……こっちは地味すぎるし……うーん……」
「お前、思ったより本気で選んでるな」
「当然よ! 堕落させるなら見た目から変えないと!」
「その理屈は初めて聞いた」
それからもしばらく、莉夢は俺の前で何着もの服を取っ替え引っ替えした。
「……これも違うわね」
ここまで本気で選ばれると、「適当でいい」とも言いづらい。
そして莉夢は、普段の俺なら選ばないような明るい色のシャツを手に取ると、満足そうに差し出した。
「決めたわ! これよ!」
「……そこまで言うなら、それでいいよ」
半ば根負けしてシャツを受け取り、試着室へ向かった。
着替えて出てくると、莉夢は腕を組みながら俺をじっと見つめる。
「似合ってるけど……もう少しインパクトが出ると思ったのに」
「服にインパクト求めるな」
思わず笑ってしまった。
ここまで付き合ったんだ。
だったら、今度はこっちの番だろう。
「じゃあ次は、お前も何か選んで着てみたら?」
「……私が?」
莉夢はきょとんと目を丸くした。
「せっかく来たんだし、お前も試着してみれば?」
そう言うと、莉夢は少しだけ考え込む。
やがて何かを思いついたように、口元へ悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ふふっ……そうね!そこまで言うなら、私の魅力を見せつけてあげるわ!」
「そんな大げさなものじゃないだろ……」
莉夢は軽やかな足取りで店内を歩き回る。
「うーん……迷うわ」
さっきまで俺の服を探していた時以上に真剣な表情で、ラックの間を行き来している。
本人も何だかんだで楽しんでいるらしい。
「決めたわ!これでいくわ!」
莉夢は嬉しそうに服を抱えると、そのまま試着室へ向かっていった。
それから数分。
店内を流れる軽快な音楽を聞きながら、ぼんやりと待っていると――。
「結飛!もういいわよ!」
次の瞬間、勢いよくカーテンが開く。
「じゃーん!」
両手を広げながら姿を現した莉夢は、先ほどまでとはまるで違う雰囲気だった。
黒を基調としたワンピースに、赤いリボンと控えめなフリル。
ふわりと広がったスカートも相まって、まるで人間の考えた「小悪魔」をそのまま形にしたような服だった。
本物の小悪魔である莉夢には、驚くほどよく似合っていた。
「どう?」
その一言に、思わず言葉を失った。
さっきまで私服や制服しか見たことがなかったせいか、新鮮さもあって一瞬目を奪われる。
「結飛?」
返事がないことを不思議に思ったのか、莉夢が小首を傾げる。
「……あ、ああ。似合ってるよ」
素直にそう口にすると、莉夢は一瞬だけ目を丸くした。
だが、すぐに口元を緩める。
「ふふっ、見惚れたって素直に言えばいいのに♪」
莉夢はその場でくるりと一回転する。
「本当は翼も広げて見せたいところだけど、今は我慢ね」
「それやったら大騒ぎになるだろ」
「ふふっ、それもそうね」
◇ ◇ ◇
「次はあそこよ!」
ショッピングモールを歩いていた莉夢が、何かを見つけたように前方を指差した。
「ん?」
視線の先にあったのは、大きなガラス張りのペットショップ。
店内では子犬や子猫が元気よく遊び回り、多くの客が足を止めて眺めていた。
「可愛い!」
莉夢は目を輝かせると、俺の返事も待たずに店の中へ駆け込んでいった。
「おい、待てって!」
ペットショップへ足を踏み入れると、店内には子犬や子猫、小鳥、熱帯魚など、様々な動物たちが並んでいた。
「わぁ……!」
莉夢は目を輝かせながら店内を見回すと、そのまま猫のコーナーへ駆け寄った。
「見て結飛! この子、すっごく可愛い!」
ガラス越しに丸くなって眠る子猫を見つめ、嬉しそうに頬を緩める。
子猫はちらりと莉夢を見上げると、小さく欠伸をして再び眠りについた。
「ふふっ、マイペースね」
満足したように微笑んだ莉夢が、犬のコーナーへ足を踏み入れた、その瞬間だった。
「ワン!」
「えっ?」
莉夢が足を止める。
すると、それを合図にしたかのように隣の子犬も身を乗り出した。
「ワンワン!」
「キャン!」
あっという間に周囲の子犬たちまで鳴き始め、店内は一気に賑やかな空気に包まれる。
「えぇっ!?」
さっきまで満面の笑みだった莉夢の表情が、一瞬で固まった。
その視線は子犬たちから、自分の身体へと移る。
莉夢は自分の腰の辺りへそっと手を当て、続けて背中を気にするような仕草を見せた。
「……どうした?」
「もしかして……悪魔の気配に反応してるのかしら。」
「悪魔の気配?」
思わず聞き返してしまう。
俺も思わず子犬たちへ視線を向けた。
「角も翼も尻尾も隠してるのに、もし気付いてるんだとしたら……犬って思ってたより鋭いのかもしれないわ」
「そんなこと、本当にあるのか?」
「分からないわ。私だって人間界の犬と接するのは初めてだもの」
肩をすくめる莉夢だったが、それでも子犬たちは興奮が収まらないのか、ガラスへ前足を掛けながら、莉夢に向かって元気よく鳴き続けていた。
しばらく子犬たちを眺めていた莉夢は、俺の袖をくいっと引っ張った。
「結飛! 飼いなさい!」
「……は?」
莉夢はガラスの向こうで元気よく尻尾を振る子犬を指差す。
あまりに唐突な一言に思わず聞き返した。
「絶対可愛いわよ! 毎日一緒に遊べるし、お散歩だって楽しそうじゃない!」
「可愛いだけで飼うもんじゃない」
「えぇ~?」
露骨に不満そうな声を上げる莉夢。
それでも諦めきれないのか、子犬と俺を何度も見比べている。
「命を預かるんだ。可愛いからって理由だけで決めちゃ駄目だろ」
「うぅ……それは、そうだけど」
莉夢は肩を落とすと、名残惜しそうにもう一度だけ子犬たちへ手を振った。
「また来るわね」
「ワン!」
それに応えるように子犬が元気よく鳴く。
莉夢の様子に思わず頬を緩めながら、俺たちはペットショップを後にした。
◇ ◇ ◇
ショッピングモールを一通り歩き回った俺たちは、最後にフードコートへやって来た。
「結飛! 見て!」
メニューを見上げていた莉夢が、目を輝かせながら一枚のポスターを指差す。
「期間限定バーガーですって! それに、このドリンクもGW限定らしいわ!」
「限定って言葉に弱いな」
「限定ってことは、今しか食べられないってことでしょ?」
「まぁ、そうだけど」
「じゃあ決まりね!」
結局、期間限定バーガーとドリンクを注文し、空いていた席へ腰を下ろす。
「いただきます!」
莉夢は早速バーガーへかぶりつく。
「ん~! 美味しい! 人間界の食べ物ってホント美味しいわね!」
「そんなに違うのか?」
「ええ。魔界にもパンはあるけど、こんなに柔らかくないもの。もっと固くて噛み応えがあるのよ」
俺もバーガーを口に運びながら、今日一日を思い返す。
洋服を選んだり、犬に囲まれたり。
何だかんだ振り回されっぱなしだったけど、不思議と悪い気はしなかった。
「今日は楽しかったわ!」
満面の笑みを浮かべる莉夢を見ていると、自然と頬が緩んだ。
食べ終えた後、ふとテーブルの端に置かれた紙袋が目に入った。
今日一日、持ち歩いていた買い物袋だ。
「そういえば、お前、今日『俺を堕落させる』とか言ってたよな」
「ええ、それがどうしたの?」
「結局、一番ショッピングモールを満喫してたの、お前じゃないか?」
莉夢はきょとんと目を丸くする。
テーブルの上には、飲み終えた限定ドリンクのカップ。
そして、食べ終えたバーガーの包み紙。
そして足元に置かれた、自分のワンピースが入った紙袋。
一つ一つへ視線を移していき――。
「……あ」
俺は思わず吹き出した。
「な、何よ、その顔は!」
莉夢は照れ隠しをするように頬を膨らませた。
「……でも、やっぱり人間界って面白いわ」
そして俺へ視線を向けると、小さく紙袋を抱き直し、嬉しそうに笑った。
それから他愛もないやり取りを交わしながら、俺たちはショッピングモールを後にした。




