第7話「連絡先教えなさいよ!」
ホームルームを終え、下駄箱で靴を履き替え、そのまま校門へ向かおうとした――その時だった。
「結飛!」
聞き慣れた声に振り返る。
小走りで駆け寄ってきたのは、もちろん莉夢だった。
「一緒に帰りましょ!」
「……珍しいな」
こいつから帰りに声を掛けてくるなんて。
いつもなら突然現れて、訳の分からない『堕落作戦』を始めるのが定番なのに。
「今日は話したいことがあるの。だから途中まで付き合いなさい」
命令口調なのは相変わらずだ。
まぁ、どうせ断っても付いてくるんだろうし。
「別にいいけど。俺、寄り道とかしないぞ」
俺は首を傾げながらも歩き出し、その隣に莉夢が当たり前のように並ぶ。
こうして、俺は莉夢と肩を並べ、家までの道を歩き始めた。
しばらくは特に会話もなく、聞こえてくるのは車の走る音と、二人分の足音だけ。
珍しく静かだなと思っていると、不意に莉夢が口を開いた。
「そういえば、今日教室でGWの話を耳にしたのよ」
GWか。そういえば昼休みにそんな話をしていたな。
クラスの連中が「どこ行く?」だの「旅行だ」だの騒いでいたっけ。
「それがどうかしたのか?」
そう尋ねると、莉夢はふっと不敵な笑みを浮かべた。
「大型連休――人間は財布の紐が緩み、浪費に溺れやすい!」
勢いよく人差し指を立て、自信満々に言い放つ。
「なんだその偏った知識」
「つまり、これは絶好のチャンスなのよ!」
「何のだよ」
「もちろん、結飛を堕落させるチャンスに決まってるじゃない」
「また始まった……」
胸を張って言い切るその姿に、思わず額へ手を当てた。
普通は旅行だの遊びだの考えるもんだろ。
「と言う訳で、GW、一緒に過ごすわよ!」
「……まぁ、そうなるよな」
ここまで聞けば、その流れになることくらい予想はつく。
気は進まない。
でも、GWに特別な予定もないし、どうせ家でゴロゴロして終わるくらいなら付き合ってやるのも悪くない。
「別にいいけど。で、何するんだよ。」
「それはこれから考えるわ!」
「考えてねぇのかよ!」
……こいつ、本当に思いつきで生きてるな。
「決まったら教えるわ! だから連絡先を教えなさい!」
連絡先?
そういえば、こいつとそういうのを交換したことはなかったな。
「仕方ないな。でも、スマホ持ってんのかよ」
「よくぞ聞いてくれたわね!」
その一言を待っていたと言わんばかりに、莉夢の目がきらりと輝く。
「じゃーん!」
得意満面で制服のポケットから取り出したのは、一台の携帯電話だった。
……いや、違う。
「ガラケーじゃねぇか」
こんなの今どき街中でもほとんど見かけないぞ。
「失礼ね!これは試験用に支給された魔界製の通信端末よ!見た目はちょっと古いけど、魔力で通信するから電波なんて必要ないの」
「へぇ」
見た目はガラケーなのに、そこだけ聞くと無駄にハイテクだな。
「しかも、この端末に登録できるのは、契約しようとしている相手一人だけ!」
「めちゃくちゃ用途限定されてるな」
「色んな人と連絡を取って遊べるようじゃ、試験にならないでしょ?」
「まぁ、それはそうか」
「つまり、これは結飛専用ってことよ!」
そう言って、莉夢はガラケーを俺の前に突き出す。
――結飛専用。
その一言が、不思議と耳に残った。
専用、なんて言葉を向けられたことなんて滅多にない。
なんとなく胸の奥がむず痒くなって、思わず視線を逸らしてしまう。
……何考えてるんだ、俺。
「……どうしたの?」
顔を覗き込まれ、思わず目が合う。心臓が一瞬だけ跳ねた。
「な、なんでもない」
莉夢はじーっと俺の顔を見つめたまま、小さく首を傾げる。
「……あれ~?」
その口元が、ゆっくりと悪戯っぽく吊り上がっていく。
「もしかして、『結飛専用』って言葉にドキッとしちゃった?」
「するか!」
反射的に否定した、その時だった。
ふわり、と。
莉夢のお尻の辺りから、見慣れた細い尻尾がひょこっと姿を現す。
尻尾の先が機嫌良さそうに揺れていた。
……また出てる。
「莉夢。尻尾出てるぞ?」
「あっと、いっけない♪」
莉夢は慌てる様子もなく、ぽんっと自分のお尻を軽く叩く。
すると尻尾は淡い光と共にふっと消えた。
……まったく。
これ以上この話を続けるのも何となく気まずくて、咳払いを一つした。
「そ、それで。アプリとか入ってんのかよ?」
「……あぷり?」
莉夢はきょとんと首を傾げた。
「マジかよ」
ガラケーだからか、悪魔だからか、どっちなんだ。
「よく分からないけど、スマホ出して」
「ん?」
言われるままポケットからスマホを取り出し、莉夢の前へ差し出す。
すると莉夢は、自分のガラケーを俺のスマホへそっとかざした。
次の瞬間、端末の間に小さな魔法陣がふわりと浮かび上がり、不思議な光が溢れ出す。
「お、おい……」
光はすぐに消え、辺りは何事もなかったかのように静けさを取り戻した。
莉夢は満足そうにガラケーを閉じる。
「これでいつでも連絡できるわ!」
ほんの一瞬の出来事だった。
こういう光景を見ると、改めて莉夢は悪魔なんだと思い知らされる。
……とはいえ。
よくよく考えてみれば、俺たち人間が当たり前のように使っているスマホだって、莉夢から見れば十分ファンタジーなのかもしれない。
魔法じゃないと言われても、知らない奴からすれば信じられないだろう。
そう思うと、お互い様なのかもしれないな。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
風呂を済ませ、自室でベッドに寝転がりながらスマホを眺めていると、不意に通知音が鳴った。
「ん?」
画面を見ると、見覚えのない相手からメッセージが一件届いている。
俺は何気なく通知を開いた。
「……は?」
思わず間の抜けた声が漏れる。
画面に表示されていたのは、文字ですらない何かだった。
『◆◼︎△※◇◻︎◆▽△◼︎』
宛名もなければ、文章らしい文章もない。
意味不明な記号が延々と並んでいるだけだ。
「なんだこれ……」
こんな怪しいメッセージ、初めて見た。
新手の迷惑メールか?
いや、タイミングを考えたら莉夢の可能性もある。
……でも、これじゃ何を送ってきたのかさっぱり分からない。
削除しようかと指を伸ばした、その時だった。
ピコン。
再び通知音が鳴る。
「またか」
『◻︎◇◆※△◆◼︎▽◼︎』
「だから読めねぇって」
♪~
今度はスマホが着信音を鳴らした。
画面には見覚えのない番号。
……いや、このタイミングなら一人しかいない。
「もしもし?」
『結飛!?』
受話器の向こうから飛び込んできたのは、聞き慣れた莉夢の声だった。
『ちゃんと届いた!?』
「届いたけど、全部文字化けしてるぞ」
俺は画面に表示された記号の羅列を見つめながら答える。
『えぇっ!?う、嘘でしょ!?』
「嘘ついてどうすんだよ」
俺は苦笑しながらスマホを見つめる。
「悪魔の通信も意外とポンコツなんだな」
『ちょ、ちょっと待ちなさい!』
その後、莉夢は電話越しに慌ただしく魔法を使い、どうにか文字化けは解消された。
……先が思いやられる。




