↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
26/28

第26話「また明日……」

あれから家に帰っても、莉夢の言葉が頭から離れなかった。


あと一週間。

ベッドに寝転がって天井を眺めながら、何度目になるかも分からないため息をつく。


莉夢と契約すれば、試験には合格できる。

そうすれば、莉夢は魔界に帰らなくて済むのかもしれない。


「……契約、か」


願いを叶える代わりに、死んだ後は魂を莉夢に渡す。

今まで何度も断ってきたことだ。

それは今だって変わらない。


でも、このまま契約しなければ――。

莉夢と過ごせる時間は、もうほとんど残されていない。


「……何か、できないかな」


残された時間で、莉夢と何かできることはないだろうか。

そう考えてみても、すぐには何も浮かばない。


枕元に置いていたスマホを手に取り、特に目的もないまま画面を眺める。

しばらく適当に記事を流し見していると、ふと一枚の写真が目に留まった。


青空を背景にそびえる大きな観覧車。

その下には、色とりどりのアトラクションが並んでいる。


「……遊園地か」


そういえば、莉夢と遊園地には行ったことがない。

画面に映るジェットコースターや、楽しそうに行き交う人たちの写真を眺める。


莉夢なら、こういう場所は好きそうだ。

いろんなものに興味を示して、いつものようにはしゃぐんだろう。

そんな莉夢の姿を思い浮かべると、自然と口元が緩んだ。


だけど、すぐに莉夢の言葉が頭をよぎる。

こんな時間を過ごせるのも、あとわずかなのかもしれない。


「……誘ってみるか」


これが最後になるかもしれない。

そう思うと胸の奥に引っ掛かるものはあったけれど、それでも何もしないまま時間が過ぎていくよりはいい。

少しだけ迷ったあと、莉夢にメッセージを送った。


◇ ◇ ◇


そして迎えた休日。


「わぁ……! すごいじゃない!」


遊園地に入るなり、莉夢は辺りを見回して目を輝かせた。


右を見れば、空高くまでジェットコースターのレールが伸びている。

左には大きく回るアトラクションがあり、そのさらに奥には観覧車も見えている。


「こんなにあるのね。どれから乗ろうかしら」


莉夢はしばらく迷うように園内を眺めていたかと思えば、不意に一つの方向を指差した。


「あっ! 結飛、あれ乗りましょ!」


「もう決まったのかよ」


「いいじゃない。せっかく来たんだから、いっぱい乗らないと損でしょ?」


そう言うなり、莉夢は俺の返事も待たずに歩き出す。


「おい、待てって」


……まあ、こうなるとは思ってたけどな。


莉夢が指差した先では、ジェットコースターが大きな音を立てながら急降下していた。

乗客たちの悲鳴が、ここまで聞こえてくる。


「いきなりあれかよ……」


「いいじゃない! こういうのは最初から派手にいくのよ!」


「元気だな、お前は」


「ほら、早く行くわよ!」


莉夢は俺の腕を掴むと、そのまま乗り場へ向かっていく。

結局、俺に選択権はないらしい。

しばらく列に並んだあと、俺たちはジェットコースターに乗り込んだ。


ゆっくりと車体が上昇していき、地上がどんどん遠ざかっていく。


「おい莉夢、本当に平気なのか?」


「何言ってるのよ。このくらい余裕に決まってるでしょ?」


莉夢が得意げに笑った直後――車体が一気に急降下した。


「きゃああああっ!」


隣から響いてきたのは、恐怖というより楽しさに満ちた声だった。

落ちて、曲がって、また上昇する。

そのたびに莉夢は声を上げ、終始笑いっぱなしだった。


……こいつ、本当にこういうの好きなんだな。

やがてジェットコースターが乗り場へ戻ると、莉夢はすぐに立ち上がった。


「楽しかったわね! 次行きましょ!」


「もう行くのかよ。ちょっとくらい休ませろって」


「まだ一つしか乗ってないじゃない」


そう言いながら莉夢が次に目をつけたのは、色とりどりのカップがくるくると回るアトラクションだった。


「次はあれね!」


「……嫌な予感しかしないんだけど」


そして、その予感は見事に的中した。


「ちょ、莉夢! 回しすぎだ!」


「このくらい平気でしょ♪」


「平気じゃねえよ!」


莉夢が楽しそうにハンドルを回すたび、景色がものすごい勢いで流れていく。

ようやく解放された頃には、俺は少しふらつきながらカップを降りる羽目になった。


「まったく……次はもう少し大人しいやつにしてくれ」


「しょうがないわねぇ。じゃあ、あれは?」


莉夢が指差した先には、ゆっくりと回るメリーゴーランドがあった。


「……本当に乗るのか?」


「結飛が大人しいのがいいって言ったんじゃない」


「言ったけどさ……」


とはいえ、さっきのコーヒーカップよりはずっとマシだろう。

俺たちは並んでメリーゴーランドへ乗り込んだ。

軽快な音楽が流れ始めると、色鮮やかな馬が上下しながら回り出す。


「ふふっ、こういうのも楽しいわね」


少し前を進む馬に乗った莉夢が、こちらを振り返る。

ジェットコースターではしゃいでいた時とは違う、穏やかな笑顔だった。


そんな莉夢を眺めていると、俺までつられて笑ってしまう。

思えば今日は、遊園地に着いてからずっと莉夢に振り回されっぱなしだ。

それなのに、不思議と嫌な気はしなかった。


「……まあ、こういうのも悪くないか」


メリーゴーランドを降りたあとも、俺たちはいくつかのアトラクションを回った。

莉夢は気になるものを見つけるたびに足を止めては、次はあれ、その次はこっちと、休む暇もなく俺を連れ回していく。


そうしているうちに、気づけば昼を過ぎていた。


「結飛、お腹空かない?」


「そりゃ、あれだけ動き回ればな」


「じゃあ何か食べましょ♪」


周囲にはハンバーガーやホットドッグなどを売る店が並んでいた。


「あっ、あれ美味しそう!」


さっきまで散々遊び回っていたとは思えない勢いで、莉夢が一軒の店へ向かっていく。


「おい、急に走るなって」


俺が後を追うと、莉夢は店先のメニューを眺めながら、楽しそうに尻尾を揺らしていた。


「おい莉夢、尻尾――」


よく見れば、髪の間から小さな角まで覗いている。

背中には、黒い翼まで出ていた。


普段なら、すぐに隠せと言うところだ。


でも――。


「……まあ、今日くらいはいいか」


「ん? 何か言った?」


「いや、なんでもない」


「変な結飛。それより、早く来なさいよ!」


莉夢は気にした様子もなく、またメニューへ視線を戻した。

結局、俺たちは近くの店でハンバーガーとポテトを買い、空いていたテラス席に腰を下ろした。


「ん~、美味しい♪」


莉夢はハンバーガーを頬張ると、満足そうに目を細めた。


「よく食えるな。さっきまであれだけ乗り回してたのに」


「遊んだらお腹が空くのは当然でしょ?」


「まあ、それはそうだけど」


「それに、まだまだ乗りたいものがあるんだから。ちゃんと食べておかないとね」


食事を終えると、午後からも莉夢の勢いが衰えることはなかった。


空中を大きく旋回するアトラクションに乗ったかと思えば、今度はゲームコーナーへ寄り道する。

途中でクレープを見つければ買って食べ、売店では並んだ土産を興味深そうに眺めていた。


俺も莉夢と一緒になってアトラクションを回り、気になるものがあれば足を止めた。

そうして二人で園内を回っているうちに、昼間は高かった太陽も少しずつ傾き始めていた。


「……もうこんな時間か」


朝からずっと遊び回っていたはずなのに、過ぎてみればあっという間だった。


もう少しだけ、莉夢とこうしていたい。

そんなことを考えながら園内へ視線を戻すと、夕暮れの空を背に、大きな観覧車がゆっくりと回っているのが目に入った。

そういえば、あれにはまだ乗っていない。


「莉夢」


「ん?」


「最後に、あれ乗っていかないか?」


「観覧車?」


「せっかく来たんだしな」


「ふふっ、いいわよ。乗りましょ♪」


そうして俺たちは、一日の最後に観覧車へ向かった。

少しだけ列に並んだあと、やってきたゴンドラへ乗り込んだ。


向かい合うように座ると、扉が閉まり、ゴンドラが上昇し始める。

窓の外では、さっきまで歩き回っていた園内が少しずつ小さくなっていった。


「わぁ……綺麗ね」


莉夢が窓の外へ顔を向ける。

夕暮れに染まった空の下には遊園地が広がり、その向こうには街並みまで見渡せた。


「こんなに高かったのね」


「下から見てるのとは全然違うな」


「ええ。最後に乗って正解だったわ」


莉夢はそう言って景色を眺めていた。

俺も窓の外へ目を向ける。

ゴンドラの中に、しばらく静かな時間が流れた。


「……ねえ、結飛」


「ん?」


窓の外を見ていた莉夢が、ふいにこちらを見た。


「今日はありがとね」


「急にどうしたんだよ」


「別にいいでしょ。言いたくなったんだから」


莉夢はそう言うと、俺から逃げるように窓の外へ視線を戻した。

夕暮れに照らされた横顔は、ほんの少しだけ赤く見える。

その口元には、どこか嬉しそうな笑みが浮かんでいた。


「それに……結飛の方から遊びに誘ってくれるなんて、思ってなかったし」


「……たまには俺から誘ったっていいだろ」


「ふふっ、そうね」


莉夢は嬉しそうに笑うと、再び窓の外へ視線を向けた。


その時、手の甲に何かが触れた。

視線を落とすと、莉夢の尻尾が俺の手にそっと絡みついている。


莉夢は気づいていないのか、夕暮れに染まる景色を眺めたままだ。

俺も手を動かさず、絡みついた尻尾をそのままにした。

不思議と、振りほどこうとは思わなかった。


そのまま二人で景色を眺めているうちに、ゴンドラは頂上へ近づいていく。

遠くまで続く街並みが、夕闇に包まれ始めていた。


「もうすぐ一番上ね」


「ああ」


こうしていると、不思議なくらい時間がゆっくり流れているように感じる。

でも、観覧車は少しずつ進んでいく。


頂上を越えれば、あとは下りていくだけだ。

そしてこれを降りれば、今日ももうすぐ終わる。


そう考えると、胸の奥に寂しさが込み上げてきた。


何か言いたい。

だけど、何を言えばいいのか分からない。


「……莉夢」


「なに?」


呼んでみたものの、その先の言葉が出てこなかった。


「……いや、なんでもない」


「なによ、それ」


莉夢は不思議そうに俺を見たあと、小さく笑った。

それから間もなく、ゴンドラは頂上を越えて、地上へ向かって下り始めた。


俺の手に絡んでいた莉夢の尻尾も、いつの間にか離れている。

結局、何も言えないまま観覧車を降りた。


外へ出る頃には、辺りもすっかり薄暗くなっていた。

園内には明かりが灯り、昼間とは違った景色が広がっている。


俺たちは出口へ向かい、そのまま遊園地を後にした。

帰り道でも、莉夢は今日乗ったアトラクションのことを楽しそうに話していた。


「やっぱり最初のジェットコースターが一番だったわね。あれ、もう一回乗ってもよかったかも」


「勘弁してくれ。お前、どんだけ元気なんだよ」


「なによ。結飛だって楽しんでたじゃない」


「まあ……否定はしないけどさ」


「ふふっ、素直でよろしい♪」


そんな他愛のない話をしながら歩いているうちに、いつもの別れ道まで来ていた。


「それじゃ、今日はここまでね」


「ああ」


莉夢は笑ったまま、ほんの少しだけ間を置いた。


「……こういうの、もっと早くしておけばよかったわね」


「え?」


思わず聞き返すと、莉夢は俺から視線を逸らした。


「なんでもない。じゃあね、結飛」


そう言って、莉夢が背を向ける。


――もっと早くしておけばよかった。


その言葉だけが、妙に胸に残った。

今日みたいな時間を、莉夢ももっと過ごしたかったってことなのか。


だったら――。


「……待ってくれ、莉夢」


莉夢が足を止め、振り返る。

そのまま見つめられると、喉の奥が詰まったように言葉が出てこない。

それでも、ここで黙ったまま終わらせるわけにはいかなかった。


「俺、お前と契約するつもりはない」


「……なによ、急に。そんなの、もう分かってるわよ」


「最後まで聞いてくれ」


「……」


「その気持ちは、今も変わってない」


自分でも、今さら何を言っているんだと思う。

それでも、その先を伝えたかった。


「でも……だからって、お前と離れてもいいとは思ってない」


口にした言葉が、静かな帰り道にやけに大きく響いた気がした。


「今日、お前と一緒にいて……もっとこうしてたいって思った」


一度視線を落とし、握った手に力を込める。

そして、もう一度莉夢をまっすぐ見つめた。


「俺は……莉夢と一緒にいたい」


口にした途端、胸の奥が熱くなった。

莉夢の尻尾が、ぴくりと揺れる。


「結飛……」


「でも、それを契約で叶えてほしいわけじゃない。俺が願ったから、お前が一緒にいるんじゃなくて……」


上手く言葉にできず、一度そこで途切れる。

それでも莉夢から目を逸らさなかった。


「莉夢にも……俺と一緒にいたいって、そう思ってほしいんだ」


言い切った途端、急に鼓動がうるさく感じられた。

夜の冷たい風が吹き抜け、長い髪をさらりと揺らした。

その足元では、尻尾の先が落ち着かなさそうに動いている。


やがて莉夢はわずかに俯くと、小さく息を吐いた。


「……ほんと、遅いのよ。結飛は」


「え?」


「今さらそんなこと言うなんて……ずるいじゃない」


そう言いながら、莉夢は俺から顔を背けた。


「ずるいって……」


「ずるいものは、ずるいのよ」


風に揺れる髪の隙間から、小さな角が覗いていた。


「私だって――」


そこで莉夢の言葉が途切れる。

尻尾が一度だけ大きく揺れ、それから力をなくしたように垂れ下がった。


「……莉夢?」


「……なんでもない」


「でも――」


「なんでもないったら、なんでもないの」


いつもの莉夢らしい言い方だった。

それでも、それ以上は聞けなかった。


「ほら、もう遅いんだから。結飛も早く帰りなさいよ」


「お前に言われなくても帰るって」


「ふふっ、ならいいわ」


莉夢はくるりと背を向け、そのまま歩き出す。

黒い翼が夜風を受けて、わずかに揺れる。

けれど、数歩進んだところで莉夢の足が止まった。


「……結飛」


「ん?」


呼ばれて顔を上げると、莉夢がこちらを振り返っていた。

何かを言おうとするように口を開く。

けれど、声は出てこなかった。


「どうした?」


俺が尋ねると、莉夢は少しだけ目を伏せる。

それから、もう一度こちらを見て笑った。


「今日は、本当に楽しかったわ」


「……ああ。俺も楽しかったよ」


「そっか」


「じゃあね、結飛」


「ああ。また明日」


そう返した瞬間、莉夢の尻尾がぴたりと止まった。


「……うん」


返ってきたのは、それだけだった。

莉夢は再び背を向けると、今度こそ歩き出した。


小さくなっていく背中を、その場に立ったまま見送る。

やがてその姿が見えなくなるまで見送ってから、俺も家へ向かって歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。