第22話「雪の日は子悪魔と一緒」
冬休みに入って数日が経った、とある日の午前中。
朝から降り続いている雪が、窓の外を白く染めていた。
こんな日にわざわざ外へ出る気にもなれず、自室のベッドに寝転がりながら、スマホを眺めていた。
冬休みだからといって、毎日何か予定があるわけじゃない。
こうして暖かい部屋でのんびり過ごすのも悪くないだろう。
そんなことを考えていると――。
――コン、コン。
「……ん?」
小さな音に気づき、スマホから顔を上げる。
――コン、コン。
もう一度、同じ音が聞こえた。
どうやら窓の方から聞こえてくる。
「なんだ……?」
ベッドから身体を起こして窓へ近づき、カーテンを開ける。
「……は?」
そこにいたのは莉夢だった。
背中から翼を広げ、降りしきる雪の中、窓の向こうで宙に浮かんでいる。
「ちょっと結飛! 早く開けなさいよ!」
窓越しでも聞こえる声に急かされ、慌てて鍵を外して窓を開ける。
「お前、何やって――」
「寒っ! もう、早く閉めてよ!」
俺の言葉を遮るように莉夢が部屋へ飛び込んでくる。
床へ降り立つとすぐに翼をしまい、両腕で自分の身体を抱くようにして震え始めた。
「そりゃ、こんな雪の中を飛んできたら寒いだろ……」
「思ったより寒かったのよ!」
「普通に玄関から来いよ」
「どうせ結飛、自分の部屋にいると思ったし。こっちから来た方が手っ取り早いじゃない」
呆れる俺を気にも留めず、莉夢は暖房の前へと歩いていく。
「あ~、あったかい……」
冷えた身体を温めるように両手をかざす莉夢を見ながら、小さくため息をついた。
「それで、今日は何しに来たんだ?」
「何って……遊びに来ただけよ」
「この雪の中を?」
「いいじゃない。どうせ結飛も暇してると思ったし」
「まあ、暇だったけど……」
それからしばらく、俺たちは他愛のない話をしながら部屋で過ごした。
雪の中を飛んできた莉夢もすっかり身体が温まったらしく、いつの間にか暖房の前を離れ、俺のベッドに腰掛けている。
そうして過ごしているうちに、窓の外が静かになっていることに気づいた。
「……雪、止んだみたいだな」
窓へ目を向けると、さっきまで降り続いていた雪はすっかり止んでいた。
雲の切れ間からは薄く陽も差し込み、屋根や道路に積もった雪が白く照らされている。
莉夢もベッドから立ち上がり、俺の隣から窓の外を覗き込む。
「結構積もったわね」
「ああ。朝からずっと降ってたからな」
莉夢はしばらく外の景色を眺めていたが、やがて何かを思いついたようにこちらを振り向いた。
「ねえ結飛、外行きましょうよ!」
「えぇ……寒いから嫌だよ」
せっかく暖かい部屋でのんびりしていたのに、わざわざ寒い外へ出ようとは思えない。
「いいじゃない。せっかくこんなに雪が積もったんだから」
莉夢はそう言って、窓の外に広がる真っ白な景色を指差す。
「さっきまで寒いって言ってたのは誰だよ」
「もう暖まったからいいのよ。ほら、行くわよ!」
「おい、まだ行くなんて言ってないだろ!」
俺の返事など最初から聞く気もないらしく、莉夢はさっさと部屋の出口へ向かっていった。
◇ ◇ ◇
それから俺たちは上着を着込み、家を出た。
雪は止んでいるものの、外へ出た途端、冷たい空気が頬を刺す。
「やっぱり寒いじゃないか……」
「冬なんだから当たり前でしょ」
「わかってるけど、寒いものは寒いんだよ」
そんなことを言い合いながら、雪の積もった道を歩いていく。
向かったのは、家からそう遠くない場所にある公園だった。
普段なら子供たちの姿も見かける場所だが、今日は人影もなく、辺り一面が真っ白な雪に覆われている。
「わぁ……結構積もってるわね!」
公園へ入るなり、莉夢はまだ誰にも踏まれていない雪の上へ足を踏み出した。
ザクッ、ザクッと音を立てながら歩き、自分の足跡が残っていくのを楽しそうに眺めている。
「結飛、見て。こんなに埋まるわよ」
「転ぶなよ」
「子供じゃないんだから転ばないわよ」
そう言いながら、今度はその場にしゃがみ込み、莉夢は足元の雪へ手を伸ばした。
両手で雪をすくい上げ、ぎゅっ、ぎゅっと丸めていく。
やがて莉夢の手の中には、一つの雪玉が出来上がっていた。
「…………」
莉夢がゆっくりと俺の方へ顔を向ける。
その口元が、にやりと持ち上がった。
「……おい」
なんだか嫌な予感がする。
そう思った次の瞬間――莉夢の手から雪玉が放たれた。
「うわっ!?」
咄嗟に身体を捻ったものの間に合わず、雪玉が俺の肩にぶつかって砕ける。
「あははっ! 当たった!」
「やったな……!」
俺もすぐに雪を丸め、莉夢へ投げ返す。
それを合図に、雪合戦が始まった。
互いに雪玉を投げてはかわし、時には身体に受けながら、しばらくは普通の雪合戦を楽しんでいたのだが――。
「甘いわよ!」
俺が投げた雪玉を、莉夢の尻尾が横から弾き飛ばす。
「おい! 尻尾使うのはずるいだろ!」
「尻尾だって私の身体の一部よ!」
悪びれる様子もなく、莉夢は今度は翼を大きく広げた。
「今度は空からいくわよ!」
「お前、それはもっとずるいだろ!」
ふわりと宙へ舞い上がった莉夢から、次々と雪玉が降ってくる。
俺が逃げ回っていると、莉夢はさらに楽しそうに笑った。
「じゃあ、これならどう?」
「まだ何かする気かよ!?」
莉夢が手をかざした途端、足元の雪がいくつもの塊となって宙へ浮かび上がった。
「ちょっと待て! 魔法まで使うのは反則だろ!」
「雪合戦にそんなルールないでしょ!」
「普通は魔法を使える奴がいないんだよ!」
降り注ぐ雪玉から逃げながら、俺も負けじと莉夢へ雪玉を投げ返した。
それからどれくらい夢中になっていたのだろう。
気づけば俺も莉夢も、頭から服まで雪まみれになっていた。
「はぁ……はぁ……もう、疲れた」
「俺も……」
さすがに限界を迎え、俺たちはようやく雪玉を投げる手を止めた。
近くのベンチへ腰を下ろし、しばらく息を整える。
「ちょっと、はしゃぎすぎたわね」
「誰かさんがズルするからだろ」
「結飛だって本気で投げてきたじゃない」
「そりゃ、あれだけやられたらな」
そんなことを言い合っているうちに、乱れていた呼吸も少しずつ落ち着いてきた。
何気なく空を見上げると、いつの間にか陽が傾き始めている。
雪に覆われた公園も、昼間とは違う淡い色に染まり始めていた。
「もうこんな時間か」
「結構遊んでたものね」
「そろそろ帰るか」
「そうね。また寒くなってきたし」
莉夢も立ち上がり、服についた雪を手で払い落とした。
「まだついてるぞ」
「え? どこ?」
「そこじゃなくて、髪」
雪合戦で散々走り回ったせいか、莉夢の髪や黒い角にはまだ白い雪が残っていた。
莉夢の髪へ手を伸ばし、指先で雪を払っていく。
最後に角の根元に残っていた雪をそっと落としたところで、莉夢が妙に大人しいことに気づいた。
「……」
いつもなら何かしら言い返してくるのに、珍しく何も言わない。
「どうした?」
「べ、別になんでもないわよ」
そう答えた莉夢は、なぜか俺と目を合わせようとしなかった。
「……まあいいけど。じゃあ帰るか」
「そうね」
公園の出口へ向かおうとしたところで、莉夢が「あっ」と声を上げた。
「そうだ! 帰りは私が結飛を運んであげる!」
そう言うと、莉夢は得意げに背中の翼を広げた。
「いや、俺を抱えて飛べるのか?」
「それくらい余裕よ。ほら、じっとしてなさい」
自信満々に言い切ると、莉夢は俺の正面に立った。
「ちょっ、待て! どうやって運ぶつもりだよ?」
「こうするのよ」
莉夢は俺の両脇に腕を通し、そのまま背中へ回してくる。
俺を持ち上げるためなのだろうが、莉夢の身体がぴったりと俺に重なる。
「…………っ」
密着した莉夢の温もりが、上着越しにも伝わってくる。
すぐ目の前で髪が揺れた途端、さっきまでとは違う速さで鼓動が鳴り始めた。
「結飛? なんで固まってるの?」
「いや……なんでもない」
莉夢の方は、俺をどう持ち上げるかしか考えていないらしい。
俺だけが妙に意識しているようで、それが余計に恥ずかしかった。
「じゃあ飛ぶわよ!」
「あ、ああ……」
莉夢が俺の背中に回した腕に、ぎゅっと力を込める。
「うおっ!?」
身体を引き寄せられたかと思うと、背後で翼が大きく広がった。
「よいしょっ!」
ばさっ、と莉夢が勢いよく翼を羽ばたかせる。
巻き起こった風に足元の雪が舞い上がり、思わず目を細めた。
しかし、いつまで経っても俺の足は雪の上についたままだった。
「……莉夢?」
「ちょ、ちょっと待って」
莉夢は俺を抱いたまま、もう一度翼を大きく広げる。
「今度こそ!」
「お、おい」
「んんんっ!」
さっきより強く身体を抱き締められ、翼が何度も激しく羽ばたく。
それでも俺の足は、雪の上から離れなかった。
「はぁ……はぁ……」
ついに諦めたのか、莉夢が俺の背中に回していた腕をほどく。
何度も翼を羽ばたかせたせいで疲れたらしく、肩で息をしながら俺の顔を見上げた。
「……結飛、重い」
「お前が運べるって言ったんだろ!」
「だって、こんなに重いなんて思わなかったのよ!」
「人一人抱えて飛ぼうとしてるんだから当たり前だろ!」
「もう少し軽ければ飛べたのに……」
「俺のせいにするな!」
結局、空を飛んで帰るという莉夢の思いつきは諦めることになった。
俺たちは並んで公園をあとにし、来た時と同じ雪道を歩いていく。
まったく、こいつと一緒にいると何が起こるかわからない。
それでも、こんな他愛のない冬休みの一日も、悪くないと思えた。




