第21話「こんなプレゼント聞いてない!」
テレビから流れてくるのは、聞き慣れたクリスマスソング。
窓の外では日が傾き始め、近所の家々にもちらほらとイルミネーションの明かりが灯り始めている。
そんなクリスマスの夕暮れ、自宅のリビングでテーブルの上に皿やコップを並べていた。
「結飛、それそっちに置いてくれる?」
「ああ、これか?」
莉夢に言われるまま、テーブルの端に置かれていた皿を移動させる。
どうしてクリスマスに、俺の家で莉夢と二人してパーティの準備をしているのか。
理由は単純だ。
『せっかくのクリスマスなんだから、パーティするわよ!』
昼過ぎに突然やってきた莉夢がそう言い出し、そのまま押し切られた。
俺にもこれといった予定はなかったし、断る理由もない。
そんなわけで、昼過ぎから莉夢に付き合わされている。
ひとまずテーブルの中央に料理を置き、次は何を並べようかと残った皿や料理へ目を向ける。
「じゃあ、これはここに飾るわね」
「ん? 何をだ?」
背後から聞こえてきた莉夢の声に、手にしていた皿をテーブルへ置く。
いったい何を飾るつもりなのかと振り返り、リビングの隅へ視線を向けた。
そこには、ついさっきまで影も形もなかったはずのクリスマスツリーが、当たり前のように鎮座していた。
「どう? なかなか立派でしょ?」
「いや……ちょっと待て」
得意げに胸を張る莉夢をよそに、ツリーとその周囲を交互に見回す。
「……お前、いつの間にこんなの出したんだ?」
「細かいことはいいじゃない」
「細かくないだろ……」
どう見ても、目を離していたわずかな間に用意できるような代物じゃない。
俺の胸元ほどまであるツリーを眺めながら、いったいどこに隠し持っていたんだと首を傾げる。
とはいえ、相手は悪魔だ。
今さら魔法で何かを取り出したくらいで驚くのも馬鹿らしい。
「……まあ、そこはいいとして」
気を取り直して、改めて目の前のツリーへ視線を向ける。
形だけなら、街中や店先で見かけるクリスマスツリーと大して変わらない。
けれど、枝を覆う葉は緑ではなく、黒に近い紫色をしていた。
飾られている装飾も黒や暗い赤を基調としたものばかりで、クリスマスらしい華やかさより、どこか怪しげな雰囲気の方が強い。
おまけに、本来なら星があるはずのてっぺんには、小さなドクロが飾られていた。
「……なんか、ずいぶん禍々しいツリーだな」
「失礼ね。せっかく魔界から持ってきてあげたのに」
「頼んでないけどな」
「いいじゃない。それに、このツリーには特別な力があるんだから!」
「特別な力?」
ただでさえ見た目からして普通じゃない。
そのうえ、魔界から持ってきた代物らしい。
「クリスマスらしいことをして楽しんでいると、それに応えてプレゼントを出してくれるのよ!」
「プレゼント?」
「そう。何が出てくるかは、その時のお楽しみ!」
莉夢は期待に目を輝かせながら、ツリーを見上げている。
そんな莉夢を見ているうちに、俺も少しだけ興味が湧いてきた。
いったいこのツリーから、どんなプレゼントが出てくるんだろうか。
「よし! それじゃあ、さっそく飾り付けを始めるわよ!」
「まだやるのか?」
「当たり前でしょ? ツリーだけじゃ物足りないじゃない」
そう言いながら、莉夢は持ってきた袋の中から色とりどりのモールや飾りを取り出していく。
どうやら最初から、俺の家を飾り付ける気満々だったらしい。
「ほら、結飛も手伝って」
莉夢からモールを受け取り、言われるがまま壁へ飾っていく。
最初は適当でいいだろうと思っていたものの、いざ始めてみると、左右の高さや飾り同士の間隔が妙に気になってくる。
「結飛、そっちもう少し上!」
「これくらいか?」
「上げすぎ。ちょっと下よ」
「注文多いな……」
文句を言いながら位置を直すと、莉夢は少し離れたところから全体を眺め、満足そうに頷いた。
「うん、いい感じ♪」
「……まあ、最初よりはクリスマスらしくなったな」
壁を彩るモールや飾りのおかげで、いつものリビングも随分と賑やかになった。
こうして見ると、わざわざ飾り付けをしたのも悪くなかったかもしれない。
莉夢と並んで出来上がった部屋を眺めていると、不意に背後から小さな鈴の音が響いた。
「ん?」
「あっ!」
莉夢が弾かれたように魔界のツリーへ振り返る。
俺もその視線を追うと、さっきまで何もなかった枝の一つに、小さな箱がぶら下がっていた。
「プレゼントよ!」
莉夢は嬉しそうに声を上げると、ツリーへ駆け寄った。
枝にぶら下がっていた小さな箱を手に取り、待ちきれないとばかりにその場で蓋を開ける。
「何が入ってるんだ?」
「えっとね……あっ!」
箱の中を覗き込んだ莉夢の表情が、ぱっと明るくなった。
気になって俺も隣から覗いてみると、中には何枚かの焼き菓子が綺麗に並べられている。
ただ、星やツリーを模したものではなく、コウモリやドクロ、悪魔の角といった妙な形のものばかりだった。
「これは……クッキー?」
「そう! 魔界産のクッキーよ! これ、美味しいのよね」
莉夢はよほど嬉しいのか、箱を抱えながら尻尾を楽しそうに揺らしている。
「へえ。魔界にもクッキーなんてあるんだな」
「もちろんよ。せっかくだし、一緒に食べましょ」
そう言って莉夢は箱から一枚取り出すと、どれにしようかと迷う俺を急かすように、こちらへ箱を差し出してきた。
差し出された箱の中から、コウモリの形をしたクッキーを一枚手に取った。
見た目は少し怪しいが、鼻を近づけてみれば甘い香りがする。
思い切って一口かじると、サクッとした軽い食感とともに、ほどよい甘さが口の中に広がった。
「……あ、美味い」
「でしょ?」
莉夢もドクロの形をしたクッキーを一枚つまみ、嬉しそうに口へ運ぶ。
「ん~やっぱりこれ美味しいわね」
見た目こそ魔界らしく妙な形をしているものの、味はいたって普通のクッキーだ。
これなら、もう一枚くらい食べたくなる。
「もう一枚もらっていいか?」
「もちろん。まだあるから好きなだけ食べていいわよ」
俺も箱からもう一枚取り出し、莉夢と二人でクッキーをつまみながら最後の準備を済ませていく。
やがてテーブルには、用意していた料理や飲み物が並んだ。
壁には二人で飾ったモールやオーナメントが並び、リビングの隅では魔界のクリスマスツリーが相変わらず異様な存在感を放っている。
いつものリビングとは思えないくらい、すっかりクリスマスらしい雰囲気になっている。
向かいに座った莉夢がグラスを手に取り、楽しそうにこちらへ掲げる。
「それじゃあ、メリークリスマス♪」
「ああ。メリークリスマス」
俺もグラスを持ち上げ、莉夢のグラスと軽く触れ合わせた。
グラスを合わせたところで、さっそくテーブルに並べた料理へ手を伸ばす。
莉夢が持ってきたものに、家にあったものを加えただけの簡単な食卓だ。
それでも二人で食べながら話していると、いつもの夕食とは違って自然と会話も弾んでいく。
「結飛、それ取って」
「ん、これか?」
「そうそう。ありがと」
他愛のないやり取りを繰り返しているうちに、テーブルの上に並んでいた料理もだいぶ少なくなっていた。
「さてと。それじゃあ、そろそろアレの出番ね!」
「アレ?」
莉夢は意味ありげに笑うと、席を立って冷蔵庫へ向かった。
しばらくして戻ってきたその手には、白い箱が抱えられている。
「じゃーん! クリスマスといえば、やっぱりケーキでしょ!」
箱から姿を現したのは、生クリームと苺で飾られた小さなホールケーキだった。
中央には小さなサンタクロースの飾りまで乗っている。
「ずいぶん準備いいな」
「当然よ。せっかくのクリスマスなんだから、これくらいしないとね」
莉夢は上機嫌でケーキを切り分けると、その一つを俺の前へ置いた。
「はい、結飛の分」
「ありがと」
二人揃ってケーキを口に運ぶ。
ふわりとした生クリームの甘さに苺の酸味が重なって、食事の後でも意外とすんなり入っていく。
「ん~♪ やっぱりクリスマスのケーキは格別ね」
「確かにな。こうやって食べると、いつもより美味く感じるかも」
「でしょ? こういうのは雰囲気も大事なのよ!」
得意げに笑う莉夢につられて、俺も小さく笑う。
「まあ、たまにはこういうのもいいな」
「たまにはじゃなくて、もっと素直に楽しみなさいよ」
「十分楽しんでるって」
飾り付けをして、料理を囲んで、最後にはクリスマスケーキまで食べて。
一人だったら、ここまでやろうとは思わなかっただろう。
そんなことを思いながら残っていたケーキを口へ運ぶと、リビングの隅から聞き覚えのある鈴の音が響いた。
「あっ! またプレゼントじゃない!?」
俺より先に反応した莉夢が、ぱっとツリーへ顔を向ける。
さっきまでケーキを食べていたことなど忘れたように立ち上がり、そのままツリーへ駆け寄ると、新たに枝へぶら下がっていた箱を嬉しそうに手に取った。
「今度は何が入ってるんだ?」
「開けてみれば分かるわよ」
莉夢は弾んだ声で答えながら、さっそく箱の蓋を開ける。
「……サンタ帽?」
見た目は、よくあるサンタ帽そのものだ。
ただし、本来なら赤いはずの部分まで黒一色で、いかにも魔界から出てきた代物らしい。
「へえ、なかなかいいじゃない」
莉夢は箱から帽子を取り出すと、何やら思いついたように俺の方を見る。
「それじゃあ、結飛にプレゼント」
「は?」
聞き返すより早く、莉夢が俺の頭に帽子をすっぽりと被せた。
「おい、勝手に――」
言いかけたところで、頬のあたりがむずむずするような妙な感覚に襲われた。
「……ん?」
口元に手をやる。
指先に触れたのは、さっきまでなかったはずの柔らかな毛だった。
「なんだ、これ……」
嫌な予感がして引っ張ってみると、白くふさふさとした髭が、いつの間にか俺の顔を覆っていた。
「あははっ! 似合ってるじゃない!」
「笑ってる場合か! なんで髭が生えてんだよ!」
腹を抱えて笑う莉夢をよそに、俺は慌てて頭から帽子を脱ぎ取った。
すると、それまで顔を覆っていた白い髭が跡形もなく消えていった。
念のため頬や顎を触ってみるが、もうどこにも髭は残っていない。
どうやら帽子を被っている間だけ生えてくるらしい。
「……よかった」
「ねえ結飛、もう一回被ってみてよ」
「絶対嫌だ」
まだ笑い足りない様子の莉夢を無視して、黒いサンタ帽をツリーの枝へと掛ける。
それから残っていた料理やケーキを食べながら過ごしているうちに、いつの間にかパーティも終わりを迎えようとしていた。
食事を終えた俺たちは並んでソファに腰を下ろす。
窓の外はすっかり暗くなり、リビングにはテレビから流れるクリスマスソングが響いていた。
「……なんだかんだ、楽しかったわね」
「ああ。俺も楽しかったよ」
しばらく二人で言葉を交わすこともなく、流れてくるクリスマスソングに耳を傾ける。
そんな余韻に浸っていると、聞き覚えのある鈴の音が静かなリビングに響いた。
「あっ、またプレゼント!」
莉夢と顔を見合わせ、二人揃ってツリーへ視線を向ける。
そこには予想どおり、さっきまでなかった新しい箱がぶら下がっていた。
「今度は何かしら」
莉夢はすっかり慣れた様子で箱を手に取ると、俺の隣へ戻ってきて蓋を開けた。
中に入っていたのは、一枚のマフラーだった。
ただし普通のものよりずっと長く、どうやら一本を二人で一緒に巻くためのものらしい。
「……これ、二人用か?」
「みたいね」
莉夢が箱からマフラーを取り出し、興味深そうに広げてみる。
「へえ。こんなのもあるのね」
「一人じゃ使えないマフラーって、だいぶ不便じゃないか?」
「二人で使えばいいじゃない」
「まあ、そうだけど……」
「せっかくだし、巻いてみましょうよ」
そう言うなり、莉夢は俺の返事も待たずにマフラーを広げる。
そのまま俺の首へ回し、自分の首にも巻きつけた。
「これでよし、と♪」
「……思ったより近いな」
すぐ隣には莉夢の顔がある。
少し首を動かしただけでも触れてしまいそうな距離に、妙に落ち着かなくなった。
「やっぱり外さないか?」
「あら、どうして?」
「どうしてって……近いだろ」
マフラーへ手をかけ、そのまま首から外そうとする。
「……あれ?」
いくら引っ張っても、マフラーはびくともしない。
どういうわけか、首に巻いた時よりもしっかりと固定されている。
「おい、これ外れないぞ」
「えっ?」
「ちょっと待て。これなら――」
少し距離を取れば緩むんじゃないか。
そう思って身体を離した瞬間、マフラーがぴんと張った。
「わっ!」
「うおっ!」
引っ張られた莉夢の身体がこちらへ傾く。
俺も咄嗟に踏ん張ろうとしたものの間に合わず、そのまま二人の額がこつんと触れ合った。
「…………」
「…………」
近い。
さっきまでとは比べものにならないほど、莉夢の顔がすぐ目の前にある。
少しでも動けば、鼻先まで触れてしまいそうだった。
莉夢も同じことを思っているのか、珍しく何も言わない。
ただ大きな瞳で、じっと俺の顔を見つめている。
やがて、先に我に返ったのは莉夢だった。
「ふ、ふふん。結飛ってば、そんなに私とくっつきたかったの?」
「お前が巻いたんだろ」
「それに、顔も赤いわよ?」
「お前もな」
「なっ……! そ、そんなことないわよ!」
莉夢は慌てて否定するが、頬に浮かんだ赤みまでは隠せていない。
「……で、これどうやって外すんだ?」
「わ、私に聞かないでよ。こんなプレゼントが出てくるなんて知らなかったんだから」
莉夢はそう言いながらマフラーを引っ張ってみるが、やはりびくともしない。
さっきまで楽しそうにしていた本人も、さすがに困ったように眉を寄せている。
「魔界から持ってきたの、お前だろ!」
「ツリーが何を出すかまでは知らないわよ!」
「じゃあ、このまま外れなかったらどうするんだよ!」
「そんなの私だって――」
言い合っていた俺たちの声に割り込むように、またしても鈴の音が響いた。
「……またか?」
「またみたいね……」
顔を見合わせた俺たちは、マフラーに繋がれたままツリーへと視線を向ける。
その枝には、いつの間にか新しいプレゼントがぶら下がっていた。
「とりあえず、見てみるか」
「そうね。って、ちょっと結飛! 引っ張らないでよ!」
「仕方ないだろ! 外れないんだから!」
一本のマフラーに繋がれたまま、俺たちは互いに歩調を合わせてツリーへ向かう。
少しでも離れればマフラーに引っ張られるせいで、たった数歩の距離を進むだけでも一苦労だった。
どうにかツリーの前まで辿り着くと、莉夢が枝からプレゼントを手に取る。
「今度は何が入ってるのかしら」
「もう何が出ても驚かないぞ、俺は」
「ふふん。言ったわね?」
莉夢が楽しそうに笑いながら、箱へ手をかける。
俺もすぐ隣から覗き込み、二人でその中を確かめた。
「「なにこれー!」」




