第19話「私たち、相性いいみたいよ?」
文化祭当日――。
普段なら生徒しかいない校内も、今日は朝から多くの人で賑わっていた。
廊下には各クラスの出し物を宣伝する看板や飾り付けが並び、行き交うのも生徒だけではない。
保護者や家族連れの姿もあり、あちこちから楽しそうな声が聞こえてくる。
そんな中、俺たちのクラスが出しているのは、教室を使ったミニ縁日だった。
輪投げにボール投げ、くじ引き。
教室の中にはいくつかの遊びが用意され、それぞれ担当の生徒が客の相手をしている。
そして俺と莉夢はというと――。
「いらっしゃい♪ 輪投げやっていかない?」
教室の一角で、輪投げの担当をしていた。
莉夢は手にした輪を揺らしながら、廊下を歩く客へ楽しそうに声をかけている。
その様子を横目に、俺は投げ終えた輪を拾い集めた。
「お前、やけに楽しそうだな」
「いいじゃない。せっかくの文化祭なんだから、楽しまなきゃ損でしょ?」
「まあ、そうだけど」
「それに、こういうのって魔界にはないもの。結構面白いわよ」
そう言って笑う莉夢を見ていると、本当に楽しんでいるらしい。
もっとも、文化祭の最中に魔界なんて言葉を堂々と口にするのはやめてほしいところだが。
「ほら結飛、ぼーっとしてないで。お客さん来たわよ」
「はいはい」
莉夢に急かされて顔を上げる。
こちらへ歩いてきたのは、小さな男の子を連れた母親だった。
「輪投げやりたい!」
教室に入るなり、男の子が並べられた景品を見て目を輝かせる。
「はいはーい。それじゃあ、この線から投げてね」
莉夢が輪を手渡すと、男の子は元気よく頷いた。
その視線の先にあるのは、景品として置かれた一体のぬいぐるみ。
どうやら、あれが目当てらしい。
男の子は狙いを定めると、勢いよく一つ目の輪を投げた。
しかし、輪はぬいぐるみには遠く及ばず、手前に落ちてしまう。
「あー……」
男の子が残念そうな声を漏らす。
「まだ二つあるわよ。頑張って♪」
莉夢に励まされ、男の子は二つ目の輪を手に取った。
今度は先ほどより慎重に狙いを定めてから、腕を振る。
放たれた輪はぬいぐるみのすぐ近くまで飛んでいったものの――わずかに逸れて、その隣へ落ちた。
「惜しい!」
思わず俺も声を上げる。
男の子は悔しそうに落ちた輪を見つめたあと、莉夢の手元に残った最後の一つへ目を向けた。
「これで最後ね」
莉夢から輪を受け取ると、男の子は両手でぎゅっと握りしめる。
さっきまでの勢いはなく、今度こそ、とでも言うようにぬいぐるみをじっと見つめていた。
やがて意を決したように、輪を投げる。
「……あ」
軌道を見ただけで分かった。
惜しいが、このままではぬいぐるみの横を通り過ぎる。
その時、隣にいた莉夢が、そっと指先を動かした。
直後、外れかけていた輪が空中でわずかに軌道を変える。
そして、輪はぬいぐるみへ、すぽんと綺麗に収まった。
「やったー!」
男の子の顔がぱっと明るくなる。
「すごいじゃない! おめでとう♪」
莉夢は何事もなかったかのように笑いながら、景品のぬいぐるみを手に取った。
「はい、どうぞ!」
「ありがとう!」
ぬいぐるみを受け取った男の子は、嬉しそうにそれを胸に抱える。
母親も「ありがとうございました」と頭を下げ、二人は教室を出ていった。
その後ろ姿を見送りながら、隣に立つ莉夢へ目を向ける。
「……お前、今やっただろ」
「なにが?」
莉夢は何食わぬ顔で首を傾げる。
「とぼけるなよ。最後の輪、途中で軌道が変わっただろ」
「風でも吹いたんじゃない?」
「教室の中だぞ」
「じゃあ、たまたまじゃない?」
どこまでもしらを切るつもりらしい。
けれど、あの瞬間に莉夢が指先を動かしたのを、しっかり見ていた。
「魔法使っただろ」
そう言うと、莉夢は少しだけ間を置いてから小さく笑った。
「……いいじゃない、ちょっとくらい」
「認めるのかよ」
「だって、あんなに欲しそうにしてたんだもの。最後まで外れたら可哀想でしょ?」
そう言いながら、莉夢は親子が出ていった教室の入口へちらりと目を向ける。
人間を堕落させて、一人前の悪魔になる。
いつもそんなことを言っているくせに、こういうところを見ると――。
「……お前、本当に悪魔向いてないんじゃないか?」
「はぁ!? どういう意味よ!」
「そのままの意味だよ。人間を堕落させる奴が、子供の輪投げを魔法で助けるか?」
「べ、別にいいでしょ! それとこれとは話が別よ!」
「そういうもんか?」
「そういうものなの! 私は絶対、立派な悪魔になるんだから!」
胸を張って言い切る莉夢に、思わず苦笑する。
「はいはい。頑張れよ、小悪魔」
「なによ、その言い方!」
莉夢の不満そうな声が、賑やかな教室に響いた。
◇ ◇ ◇
それからしばらくして、客の途切れたところで、交代のクラスメイトがやって来た。
「二人ともお疲れ。ここから代わるよ」
「お、助かる」
手にしていた輪を渡し、莉夢と一緒に輪投げのスペースを離れる。
これで、俺たちの担当は終わりだ。
「んーっ! 終わったー!」
教室を出たところで、莉夢が大きく伸びをする。
あれだけ楽しそうにしていたとはいえ、ずっと客の相手をしていれば、それなりに疲れたらしい。
「お疲れさん。結構忙しかったな」
「そうね。でも、思ってたより楽しかったわ」
莉夢はそう言うと、賑わう廊下へ目を向けた。
そして何かを思いついたように、俺を見る。
「ねえ結飛。せっかくだし、私たちも文化祭見て回りましょうよ。自分達の当番だけやって終わりなんて、もったいないじゃない」
「まあ、確かにな」
莉夢の言う通り、せっかくの文化祭だ。
それに、莉夢とこうして回るのも悪くない。
「……じゃあ、行くか」
「え?」
莉夢が目を丸くする。
「なんだよ」
「いや……今日は随分素直だなって思って」
「俺が一緒に行くって言ったんだから、別にいいだろ」
「ふーん?」
莉夢は俺の顔を覗き込むようにして、にやりと笑った。
「もしかして結飛、私と一緒に文化祭回りたかったの?」
「やっぱりやめるか」
「あっ、待って! 行く! 行くから!」
先に歩き出した俺を、莉夢が慌てて追いかけてくる。
そうして俺たちは、自分たちの教室をあとにした。
◇ ◇ ◇
「結飛、あれ見てみましょ!」
「おい、引っ張るなって」
莉夢に腕を引かれながら、いくつかの教室を覗いて回る。
展示を眺めたり、簡単なゲームに参加したり。
途中で莉夢が模擬店の食べ物に目を奪われ、そのまま買い食いに付き合わされたりもした。
莉夢は気になるものを見つけるたびに足を止めては、俺を巻き込んでいく。
「次はどこ行こうかしら」
「まだ回るのかよ」
「当たり前でしょ。せっかくなんだから、全部楽しまなきゃ」
「全部は無理だろ……」
呆れながらも、莉夢の隣を歩いていく。
やがて廊下を進んでいると、莉夢が一つの教室の前で足を止めた。
「……ねえ結飛、これ」
その視線の先には、星や月の絵で飾られた看板が置かれている。
そこに書かれていたのは――。
『占いの館』
「占いか」
「面白そうじゃない」
莉夢は興味を引かれたのか、看板へ近づいていく。
手相や今日の運勢など、いくつかの占いが用意されているらしい。
そして、その中に一つ。
『二人の相性、占います!』
そんな文字を見つけた莉夢の目が止まった。
「……へえ」
嫌な予感がする。
莉夢がゆっくりと俺を見る。
その口元には、見慣れた小悪魔じみた笑みが浮かんでいた。
「ねえ結飛。これ、やってみましょうよ♪」
「なんでよりによってそれなんだよ」
「いいじゃない。せっかく二人でいるんだし。ほら、行くわよ!」
「おい、まだやるなんて言ってないだろ!」
俺の抗議など聞く耳も持たず、莉夢はそのまま俺を教室の中へと引っ張っていった。
教室の中は照明が落とされ、机の上に置かれた小さなランプが淡い光を放っている。
壁やカーテンには星や月を模した飾りが散りばめられ、いかにも占いの館といった雰囲気だ。
「いらっしゃいませ。お二人ですか?」
奥にいた女子生徒が、俺たちに声をかけてくる。
「ええ。この相性占いっていうの、やってみたいんだけど」
「分かりました。それでは、こちらへどうぞ」
案内されたのは、向かい合うように椅子が置かれた小さなスペースだった。
俺と莉夢が腰を下ろすと、女子生徒が二枚の用紙を取り出す。
「ここでは簡単な占いと質問への回答から、お二人の相性を診断します」
「質問?」
「はい。お互いについていくつか答えてもらって、どれくらい相手のことを理解しているかも診断するんです」
なるほど。
占いというより、ちょっとしたゲームも兼ねているらしい。
「面白そうじゃない」
莉夢はすっかり乗り気だ。
女子生徒から用紙を受け取ると、莉夢はそこに並んだ質問へ目を通していく。
「ただし、回答中は相談禁止です。相手の答えを覗くのもダメですよ」
「だって、結飛」
「なんで俺に言うんだよ」
「私の答え、覗いちゃダメよ?」
「覗かねえよ」
むしろお前の方が覗いてきそうなんだが。
そんな俺をよそに、莉夢は自信ありげに笑う。
「こんなの余裕よ。結飛のことなら、大体分かってるんだから♪」
「なんでそんな自信満々なんだよ」
「だって、どれだけ一緒にいると思ってるのよ」
「俺を堕落させるために散々付きまとってるもんな」
「人聞き悪いわね。誘惑してるって言いなさいよ」
「大して変わらないだろ」
俺たちのやり取りを聞いていた女子生徒が、なぜか苦笑している。
「それでは、まずこちらにお名前と誕生日を書いてください。そのあと、下の質問に答えていってくださいね」
「はーい」
莉夢がペンを手に取る。
俺も渡された用紙へ目を落とした。
そこには名前や誕生日を書く欄の下に、いくつかの質問が並んでいる。
ちらりと正面を見ると、莉夢はすでにペンを走らせていた。
しかも、ほとんど迷っている様子がない。
「……早くないか?」
「なに? もう分からないの?」
莉夢が顔を上げ、得意げに笑う。
「まだ何も言ってないだろ」
「ふふっ。せいぜい頑張りなさい」
「だから、なんで勝負みたいになってんだよ」
小さく息を吐くと、改めて用紙へ目を落とした。
考えてみれば、答えに困るほど分からないわけでもない。
一つずつ、思い浮かんだ答えを書き込んでいった。
しばらくして、俺たちはそれぞれ用紙を書き終えた。
「それでは、答え合わせをしていきますね」
女子生徒が俺と莉夢から用紙を受け取り、二枚を並べる。
「まずは……『相手が好きそうな食べ物』ですね」
書かれた答えを見比べた女子生徒が、小さく頷いた。
「これは同じですね」
「ほらね」
莉夢が得意げに胸を張る。
「まだ一問目だろ」
「一問目から当たってるんだから上出来じゃない」
続く『相手が休みの日にしていそうなこと』も、多少の書き方こそ違ったものの、内容はほぼ同じだった。
「これはほぼ一致ですね。お二人とも、相手の普段のことをよく分かってるみたいです」
「当然よ。これくらい余裕だって言ったでしょ?」
「……思ったより当たるもんだな」
「では、次は『相手が喜びそうなこと』です」
女子生徒が用紙へ目を落とす。
「あ、これは違いますね」
「ほら見ろ」
「まだ分からないでしょ。なんて書いてあるの?」
「えっと……莉夢さんについて、結飛さんは『甘いものを食べること』と書いてますね」
「合ってるだろ?」
「まあ、嫌いじゃないけど」
莉夢はどこか不満そうに唇を尖らせる。
「じゃあ、莉夢はなんて書いたんだよ」
俺が尋ねると、女子生徒がもう一枚の用紙を確認した。
「『結飛が私と契約してくれること』……だそうです」
「ほら、全然分かってないじゃない」
「そんなもん分かってても書くか!」
女子生徒は「契約……?」と困惑していたが、莉夢は気にする様子もない。
「私が一番喜ぶことなんだから、ちゃんと覚えておきなさいよね」
「一生覚える必要なさそうだな」
「なによ、それ!」
まったく。
こんなところでも契約の話を持ち出すとは。
「え、えっと……では、最後に『相手の長所』を見てみましょうか」
困ったように笑いながら、女子生徒が話を戻す。
「結飛さんが莉夢さんについて書いたのは……『なんだかんだ人に優しいところ』」
「えっ?」
さっきまで騒いでいた莉夢の声が止まる。
「莉夢さんが結飛さんについて書いたのは、『困ってる人を放っておけないところ』ですね」
「…………」
「…………」
思わず莉夢と顔を見合わせる。
女子生徒は二枚の用紙を見比べると、微笑んだ。
「ここも似てますね。お互い、相手の優しいところをちゃんと見てるんですね」
「べ、別に! 思ったことを書いただけよ!」
莉夢が慌てたように視線を逸らす。
「俺だってそうだよ」
なんだか妙に気恥ずかしい。
普段なら面と向かって言うようなことじゃないから、余計にそう感じるのかもしれない。
女子生徒はそんな俺たちをどこか微笑ましそうに見ながら、用紙と最初に書いた名前や誕生日を確認していく。
「それじゃあ、診断結果を出しますね」
少し待っていると、女子生徒が一枚のカードを俺たちの前に置いた。
そこには大きく数字が書かれている。
『相性――八十八パーセント』
「かなり高いですよ。質問の答えもよく合っていましたし、お互いのことをよく分かってるんですね」
「へえ……」
莉夢がカードを覗き込み、俺も隣からその数字を眺めた。
ただの文化祭の占いだ。
そこまで真剣に受け取るようなものじゃない。
それでも――思っていた以上に高い数字を見せられると、少しくらいは意識してしまう。
すると女子生徒が、俺と莉夢を交互に見て首を傾げた。
「もしかして、お二人って付き合ってるんですか?」
「いや、付き合ってないです」
ほとんど反射的にそう答えていた。
実際、俺と莉夢は付き合っているわけじゃない。
だから聞かれれば、そう答えるのが当たり前なのだが。
「…………」
なぜか隣から、いつもの声が返ってこない。
普段の莉夢なら、「そう見える?」なんて面白がって俺をからかってきそうなものなのに。
「……莉夢?」
声をかけると、莉夢はわずかに遅れてこちらを向いた。
「え? な、なによ」
「いや……お前なら『そう見える?』とか言って、からかってくるかと思って」
「……別に。毎回からかうわけじゃないわよ」
そう言って、莉夢はふいと顔を逸らした。
なんだ、その反応。
いつもの莉夢らしくない気もするが、本人はそれ以上何も言おうとしない。
「そうなんですね。すみません、てっきり……」
女子生徒が少し申し訳なさそうに笑う。
「でも、相性がいいのは間違いないですよ。よかったら結果のカード、持っていってください」
「あ、はい。ありがとうございます」
俺がカードを受け取る。
莉夢も席を立ったが、さっきまでの勢いはどこへやら、妙におとなしい。
そのまま占いの教室を出て、再び賑やかな廊下へ戻る。
行き交う人を避けながら歩きつつ、手元のカードへ目を落とした。
「なによ。気になるの?」
「そりゃ、あんな数字出されたら多少はな」
「ふーん……」
莉夢も俺の手元を覗き込む。
しばらくカードを見つめたあと、その口元にいつもの小悪魔じみた笑みが戻ってきた。
「でも、相性がいいってことは――やっぱり私と契約するのが一番ってことじゃない?」
「なんでそうなるんだよ」
「だって八十八パーセントよ? これだけ相性がいいんだから、きっと契約したって上手くいくわ!」
「残り十二パーセントに全力で賭ける」
「なによそれ!」
さっきまでの妙な様子はどこへやら。
莉夢は頬を膨らませ、いつもの調子で俺に食ってかかってくる。
結局、占いなんてただの文化祭の出し物だ。
八十八パーセントという数字に、どれだけ意味があるのかなんて分からない。
それでも、俺たちが思っていた以上に、お互いのことを知っていた。
そのことだけは、占いとは関係なく本当なのかもしれない。
「ほら結飛、次行くわよ!」
「ああ。次はどこ行くんだ?」
「そうねえ……まだ見てないところ、全部!」
「全部は無理だって言っただろ……」
まったく、どこまで元気なんだか。
呆れながらも、手にしていた相性占いのカードをポケットにしまった。
そして莉夢と並んで、再び賑やかな文化祭の中を歩き出した。




