第17話「ハロウィンで宣言するわ!」
十月も終わりを迎えた休日。
駅前の商店街は、いつもとはまるで違う雰囲気に包まれていた。
街灯や店先にはオレンジ色のカボチャやお化けの飾りが並び、通りは大勢の人で賑わっている。
今日は、この商店街で毎年開催されているハロウィンイベントの日だ。
「結飛! 早く行きましょ!」
「おい、引っ張るなって!」
俺の言葉などお構いなしに、莉夢は腕を引いて人混みの中を進んでいく。
そんな楽しそうに先を行く莉夢へ目を向ける。
頭からは小さな角、背中には黒い翼、そして腰から伸びた細い尻尾が、機嫌よさそうに左右へ揺れている。
こうして全部見せられると、改めてこいつが悪魔なんだってことを実感する。
いや、感心してる場合じゃない。
「……なあ、莉夢」
「なに?」
「なんで今日は全部出してるんだよ」
「全部?」
「角と翼と尻尾だよ!」
俺が声を潜めながら指摘すると、莉夢は何を言っているのか分からないとでも言いたげに首を傾げた。
「だって、今日はハロウィンよ?」
「だからって本物を出す奴があるか!」
「いいじゃない。ほら、周りを見てみなさいよ」
莉夢に言われ、辺りを見回す。
すぐ近くを魔女の格好をした女性が通り過ぎ、その向こうでは大きなマントを羽織った吸血鬼姿の男性が歩いている。
さらに少し離れたところには、悪魔らしき角と尻尾を付けた人までいた。
確かに、この中なら莉夢が混じっていても違和感はなさそうだ。
体育祭では尻尾や翼が出るたびに指摘して隠させていたが、今日は全部出したまま堂々と歩いている。
まあ、この状況なら誰も本物の悪魔が歩いているなんて思わないだろうけど。
「ほらね? 誰も気付かないじゃない♪」
「だからってなぁ」
「今日はいいのよ。せっかく隠さなくてもいい日なんだから!」
そう言って、莉夢は嬉しそうにくるりと回る。
それに合わせるように、尻尾も楽しげに揺れていた。
「まったく……」
ここまで楽しそうにされると、これ以上言う気にもなれない。
「それで、今日は何するんだ? わざわざ俺まで連れてきたんだから、何か目的があるんだろ?」
「もちろん!」
待ってましたとばかりに莉夢が笑う。
そして、手にしていたイベントのチラシを俺の目の前へ突き出した。
「じゃーん!」
「近い近い」
少し顔を引きながらチラシへ目を向ける。
そこには、屋台やスタンプラリーなど、今日行われる催しがいくつも紹介されていた。
その中で莉夢が指差したのは――。
『ハロウィン仮装コンテスト』
「……まさか」
「そのまさかよ!」
莉夢は自分の胸に手を当て、得意げに笑う。
「私、これに出るわ!」
一瞬、何を言っているのか分からなかった。
「……それ、反則じゃないか?」
「なんでよ!」
「本物の悪魔が仮装コンテストに出るなよ!」
「いいじゃない。誰も本物だって気付いてないんだから!」
「そういう問題なのか……?」
呆れる俺をよそに、莉夢はチラシへ視線を戻すと、仮装コンテストの案内を指差した。
「それに見てよ、ここ!」
「ん?」
莉夢が指差した先へ目を向ける。
そこには、小さく『優勝賞品』と書かれていた。
「商店街で使える商品券、一万円分よ!」
「……まさか、それ目当てなのか?」
「だって一万円よ!? 美味しいものいっぱい食べられるじゃない!」
「悪魔が商品券につられて仮装コンテストに出るなよ……」
「もらえるものは、もらっておかなきゃ損でしょ!」
莉夢はそう言って、自信満々に胸を張る。
「ふふん♪ 出るからには、もちろん優勝を狙うわよ!」
それに合わせるように、背中の黒い翼まで大きく広がった。
「……審査する人たちが気の毒になってきた」
まさか参加者の中に本物の悪魔が混ざっているなんて、誰も思わないだろう。
「ほら、結飛!」
「ん?」
「コンテストまではまだ時間あるし、それまで色々見て回りましょ!」
そう言うなり、莉夢が俺の手を掴む。
「ちょ、おい!」
「早く早く!」
俺の返事なんて待つ気もないらしい。
莉夢は楽しそうに笑いながら、人で賑わう通りへと俺を引っ張っていく。
「ったく……しょうがないな」
そう呟きながらも、莉夢に手を引かれるまま、人混みの中へと連れていかれた。
◇ ◇ ◇
それから俺たちは、商店街で開かれているイベントをあちこち見て回った。
カボチャを模したお菓子が並ぶ屋台を覗いたり、店先で配られているお菓子をもらったり、スタンプラリーに参加したり。
「あっ、結飛! 次はあっち行きましょ!」
「まだ行くのかよ……」
「当たり前でしょ! せっかくのお祭りなんだから、楽しまなきゃ損よ!」
そう言って次の店へ向かう莉夢の尻尾は、さっきからずっと楽しそうに揺れている。
そんな姿を見ていると、無理に止める気にもなれなかった。
「ふぅー、結構回ったわね」
「お前があっちこっち行きたがるからだろ」
「いいじゃない。結飛だって楽しんでたでしょ?」
「まあ……それなりにな」
「ふふっ、素直じゃないんだから」
楽しそうに笑う莉夢と並んで通りを歩いていると、不意に少し先に人だかりができていることに気付いた。
「……ん? なんだ、あれ?」
何かを取り囲むように、大勢の人が集まっている。
俺が呟くと、莉夢も人だかりへ目を向けた。
「何かやってるのかしら?」
そう言った莉夢の目が、途端に興味深そうに輝く。
……嫌な予感がする。
「結飛、行ってみましょ!」
「やっぱりそうなるのかよ!」
莉夢は俺の言葉など聞かず、人だかりへ向かって歩き出した。
「ちょっと待てって!」
仕方なく、その後を追っていく。
人混みをかき分けながら進んでいると、その隙間から何か白いものが見えた。
「……ん?」
一瞬見えたそれは、大きな翼のようにも見える。
まさか、な。妙な引っかかりを覚えながら、莉夢と一緒に人だかりの中心を覗き込んだ。
「すごーい! 本当に天使みたい!」
「翼もすっごく綺麗!」
「ふふっ、ありがとうございます」
人だかりの中心にいたのは、やっぱり見覚えのある女性だった。
頭上には、淡く光を放つ天使の輪。
背中からは、大きな白い翼が堂々と広げられている。
そして本人はといえば、周囲から向けられる視線を浴びながら、いつもの穏やかな笑みを浮かべていた。
俺と莉夢は揃って言葉を失った。
「……何してるんですか、先生」
思わず口からこぼれた声に、セシリア先生がこちらを振り向いた。
「あら、結飛さん。それに――」
俺の隣にいる莉夢を見た途端、その笑顔がぴたりと止まる。
「……駄悪魔」
「誰が駄悪魔よ!」
さっきまでの華やかな空気はどこへやら。
今日も天使と悪魔は、顔を合わせた瞬間から平常運転だった。
「っていうか、あんた! その輪っかと翼! 思いっきり出てるじゃない!」
莉夢がセシリア先生の頭上と背中を交互に指差す。
「あら?」
言われて初めて気付いたとでも言うように、セシリア先生は頭上の輪へ視線を向け、それから背中に広がる白い翼を確認する。
「ええ、出していますよ?」
「出していますよ? じゃないわよ!」
あまりにも平然と答えるセシリア先生に、莉夢が呆れたような声を上げる。
俺も目の前で堂々と翼を広げている姿を眺めながら、思わずため息をついた。
「先生……一応、正体を隠してるんじゃなかったんですか?」
「もちろん、普段は隠していますよ」
「じゃあ、なんで今日は出してるんですか……」
そう尋ねると、セシリア先生は何を言っているのか分からないとでも言いたげに首を傾げる。
「だって、今日はハロウィンですよ?」
「…………」
あまりにも聞き覚えのある言葉に、思わず隣に立っている莉夢へ目を向けた。
「な、なによ?」
「いや……お前もまったく同じこと言ってたなと思って」
「一緒にしないでよ!」
「何が違うんだよ……」
角と翼と尻尾を堂々と晒している本物の悪魔と、天使の輪と白い翼を隠そうともせずに広げている本物の天使。
こうして二人を並べて見ていると、普段はいがみ合っているくせに、やっていることは大して変わらない気がする。
「それに、皆さん仮装だと思ってくださっていますから、何も問題ありません」
セシリア先生はそう言うと、周囲に見せつけるように白い翼を大きく広げてみせる。
途端に周りから「おおっ!」と歓声が上がり、それを聞いたセシリア先生の表情が満足そうにほころんだ。
「ノリノリじゃないですか……」
「せっかくのお祭りなのですから、楽しまなければ損でしょう?」
またしても聞き覚えのある言葉が飛び出し、俺の視線は自然と莉夢へ向かっていた。
「だから、なんでこっち見るのよ!」
「いや、お前ら実は仲いいんじゃないかと思って」
「それは絶対にないわ!」
「それは絶対にありません!」
今まであれだけ言い合っていた二人の声が、こんな時に限って綺麗に重なる。
そんな二人を見比べながら、やっぱり似た者同士なんじゃないかと思うのだった。
「まったく……一緒にされるなんて心外です」
セシリア先生は呆れたように息を吐くと、ふと何かを思い出したように莉夢へ視線を向けた。
「まあ、今日はハロウィンですから大目に見ますが……羽目を外して、結飛さんを誘惑したりしないように」
「なっ……! べ、別にいいでしょ! あんたには関係ないじゃない!」
「関係あります。私はそのために監視しているのですから」
「ほんっと、いちいちうるさい天使ね……」
莉夢の反論を聞いても、セシリア先生は気にした様子もなく、俺たちに軽く手を振る。
「それでは、私はこれで。お二人ともハロウィンを楽しんでくださいね」
そう言い残し、セシリア先生は人混みの中へと歩いていった。
「まったく、最後まで一言多いんだから……」
莉夢がその背中へ不満そうな視線を向けていると、商店街にアナウンスが響き渡った。
『間もなく、ハロウィン仮装コンテストの受付を終了いたします――』
「いけないっ! 急がなきゃ! 一万円が待ってるわ!」
莉夢は慌てて俺の手を掴むと、そのまま仮装コンテストの会場へ向かって走り出した。
◇ ◇ ◇
「間に合ったぁ……」
どうにか受付を済ませることができ、莉夢がほっと胸を撫で下ろす。
商店街の一角に設けられた特設ステージの周りには、コンテストを見ようと大勢の人が集まっていた。
ステージ裏では、魔女や吸血鬼、ゾンビなど、ハロウィンらしい衣装に身を包んだ参加者たちが出番を待っている。
その中に、本物の悪魔が一人。
……やっぱり反則なんじゃないか、これ。
「それじゃあ結飛、行ってくるわね!」
「ああ。せいぜいバレないようにな」
「大丈夫よ。優勝して一万円もらってくるから、そこで見てなさい!」
莉夢は自信満々に笑うと、そのままステージ裏へと向かっていった。
やがてコンテストが始まり、参加者たちが一人ずつステージへ上がっていく。
それぞれが自慢の仮装を披露し、会場から拍手や歓声が上がる中、莉夢の出番を待っていた。
そして――。
「続いての参加者は、悪魔の仮装で参加してくれた莉夢さんです!」
名前が呼ばれると同時に、ステージの袖から莉夢が現れた。
莉夢は観客から注がれる視線を気にする様子もなく、堂々とステージの中央まで歩いていく。
そして、俺の姿を見つけると、どこか得意げな笑みを浮かべた。
次の瞬間、莉夢は両腕を広げ、それに合わせるように背中の黒い翼を大きく広げた。
「おおーっ!」
観客から一斉に歓声が上がる。
さらに莉夢が翼をゆっくりと羽ばたかせると、腰から伸びた尻尾も滑らかに動き、その先端を観客へ向けて楽しげに揺らしてみせる。
「すごい! 本当に動いてる!」
「どうなってるの、あれ!?」
周囲から次々と驚きの声が上がり、莉夢はすっかり気をよくしたのか、腰に手を当てて胸を張った。
……そりゃ、本物だからな。
周りが驚けば驚くほど、俺としては複雑な気分になってくる。
「いやぁ、これはすごいですね!」
司会を務める男性も驚きを隠せないまま莉夢へ近づき、翼や尻尾をまじまじと眺める。
「その翼と尻尾、まるで本物みたいに動いてますけど、一体どういう仕組みなんですか?」
莉夢はくすりと笑ってから、人差し指を自分の唇へ添えた。
「それは秘密♪ 悪魔には秘密がつきものなのよ」
「なるほど! そこまで悪魔になりきっているということですね!」
司会が感心したように頷くと、観客から再び拍手が起こる。
「では、せっかくですから、その悪魔になりきって皆さんにアピールをお願いします!」
「アピール?」
「はい! ここまで素晴らしい仮装ですから、悪魔としての設定にもこだわっているんですよね?」
「設定……」
莉夢は少し考えるように首を傾げる。
だが、すぐに何か思いついたのか、その口元に楽しげな笑みが浮かんだ。
「もちろんよ♪」
莉夢はそう答えると、観客へ向き直った。
「私はね、人間を誘惑して、堕落させて、契約を結ぶために人間界へやってきた悪魔なの!」
「おおっ! なるほど!」
司会が声を上げると、観客からも拍手が起こる。
どうやらみんな、よく考えられた設定だとでも思っているらしい。
……設定じゃないんだけどな、それ。
「それでね、今もちょうど一人、誘惑してる人間がいるんだけど――」
そう言いながら、莉夢の視線が観客の中をゆっくりと動いていく。
そして一瞬だけ、俺のところで止まった。
「その人ったら、私がこんなに頑張って誘惑してるのに、ぜーんぜん堕ちてくれないのよ!」
莉夢は困ったように頬へ手を添え、大げさにため息をついてみせる。
「ちょっとくらい誘惑されてくれてもいいと思わない?」
観客から笑い声が上がる。
その中から「頑張れー!」という声まで飛び出し、莉夢の表情がぱっと明るくなった。
「でしょー!?」
何を観客に同意を求めてるんだ、こいつは。
「だから私、まだまだ諦めないわ! いつか絶対、私の誘惑に負けたって言わせてみせるんだから♪」
そう宣言すると、背中の翼を大きく広げ、腰から伸びた尻尾を楽しそうに揺らす。
再び会場から大きな歓声と拍手が巻き起こる。
莉夢は満足そうに笑いながら、その声に応えるように手を振っていた。
……いやいや。
周りは悪魔になりきった演技だと思っているみたいだけど、俺には分かる。
あいつ、さっきから一つも嘘をついてない。
しかも最後の最後に、莉夢はもう一度こちらへ視線を向けると、俺にだけ分かるように小さくウインクしてみせた。
……こいつ、大勢の前で何宣言してるんだよ。
その後、すべての参加者が出番を終え、いよいよ結果発表となった。
そして――。
「優勝は、悪魔の仮装で参加してくれた莉夢さんです!」
会場から大きな拍手が巻き起こる中、莉夢は満面の笑みを浮かべながら両手を上げた。
「やったー!」
……まあ、そうなるよな。
本物の翼と尻尾を堂々と動かしてみせたんだから、そもそも仮装として評価していいのかは疑問だけど。
◇ ◇ ◇
コンテストを終えた莉夢は、受け取った商品券を手に上機嫌で俺のところへ戻ってきた。
「見て、結飛! 一万円よ!」
「はいはい。よかったな」
「なによ、その反応。私が優勝したのよ? もっと喜びなさいよ!」
「それよりお前、よくあんなこと大勢の前で言えたな」
そう言うと、莉夢は一瞬きょとんとした後、すぐに何のことか分かったらしく口元を緩めた。
「あら、ちゃんと聞いてたのね」
「そりゃ聞こえるだろ。あんな大勢の前で堂々と宣言しやがって」
「いいじゃない。みんな仮装の設定だと思ってたんだから」
莉夢は悪びれる様子もなく笑うと、俺の方へ一歩近づいてくる。
「それに――嘘は一つも言ってないもの♪」
そう囁きながら、腰から伸びた尻尾が俺の前で楽しそうに揺れる。
「だから、覚悟しておきなさいよ。結飛♪」
「……何の覚悟だよ」
得意げに笑う莉夢を見ながら、俺は小さくため息をつく。
結局、ハロウィンだろうが何だろうが、こいつの目的は変わらないらしい。
まあ――。
あれだけ楽しそうなら、今日はそれでいいか。
「ほら、結飛! せっかく商品券も手に入ったんだし、何か食べに行きましょ!」
「もう食うこと考えてるのかよ!」
楽しそうに笑いながら歩き出す莉夢の後を追い、俺たちは再び賑わう商店街へと戻っていった。




