第三章 構造のせん断
「アントニウス、ね」女は私の言葉を指先で弄ぶように復唱すると、大理石の椅子の上で滑らかに脚を組み替えた。黄色いロングドレスの裾が揺れ、その隙間から覗く肌は、一切の酸化を許さないドックでの完全なメンテナンスの痕跡を物語っていた。「情熱という名のバグを孕んだ、一級の建築物。でもね、港区の条例は、バグを美学とは呼ばないのよ。それはただの設計ミス、あるいは追放の対象だわ」彼女の言葉は、品川の闇へ消えていった者たちの叫びと同じ冷たさを持っていた。港区入区管理局の公式スタンプ。あの青いインクで刻印される「規格外」の烙印を押された瞬間、どんなに端正な彫刻であっても、一瞬で都市の瓦礫へと還元される。それを防ぐためには、常に自己を定数化し、冷徹な石であり続けなければならない。「私のシステムに、設計ミスは存在しません」私はグラスを満たす高分子シリコンの液体を飲み干した。喉を滑り落ちる人工的な溶液が、体内の熱量を急速に冷却していく。先ほど一ミリ膨張したペンドゥラムの曲率は、すでに完全に計算通りの定数へと引き戻されていた。「私の硬度は、この港を支える大理石の石畳と同じです。叩いて確かめるまでもありませんよ」「そうかしら?」女は不敵に微笑むと、大理石のカウンターに置かれていた私の右手に、自身の冷たい指先を重ねてきた。肌と肌の接触。それはこの全裸の街において、最も高密度な情報交換を意味する。衣服という名の防壁が存在しないこの世界では、体温の微細な変化、皮膚の分子振動のすべてが、相手の審美眼によって解析されてしまうのだ。「あら、意外と滑らかなテクスチャね」彼女の指先が、私の手首の脈拍を正確にサンプリングしていく。「でも、脈拍が零・二秒、規律から遅れているわ。オクタヴィアヌスの名を持つ私を前にして、あなたの内なるアントニウスが、また余計な情緒を増築しようとしているんじゃない?」
女の瞳の奥で、私の彫刻が歪に反射していた。彼女自身が、この港区の治安を維持する管理局の監査官、あるいはそれに準ずる支配レイヤーの存在であることを、その傲慢な視線が証明していた。私は呼吸を止め、全身の筋肉の引張強度を最大に高めた。




