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side:宰相
玉座の間では貴族たちが今か今かと、カーハインド家の面々が姿を現すのを待っていた。
そこに警備隊員が駆け込んでくる。
「何だ?」
「は! 身支度を整え、三時間後に登城するとのことです」
「なにい?」
「我々を待たせると言うのか!」
「たかが一つ画期的な発明をしたくらいで、生意気な」
「そうだ。辺境のくせに」
貴族たちから一斉に不満が噴き上がる。
だが。
「……たかが一つ、だろうか」
ある貴族がぽつりと呟いた。
「あの発明は、『一つ』で済ませられるようなものだろうか」
「……」
誰も答えられない。
「……とにかく待つしかない」
宰相の一言で、玉座の間は静まり返った。
ーー
きっかり三時間後。
衛兵がカーハインドの到着を告げる。
「カーハインド家嫡男、ハイリンヒ=カーハインド様。
長女、ローラ様。
前領主、バルド様。
ご入場されます」
玉座の間の扉が開くーー
先頭を歩くのは、緩くウェーブのかかったシルバーブロンドの髪を揺らす、柔和な面差しの男だった。
女性と見紛うほど美しい顔立ち。
背筋を真っ直ぐに伸ばし、居並ぶ貴族たちの視線にも動じることなく、穏やかな笑みを浮かべて歩みを進める。
――あれがカーハインド家の嫡男か。
なかなか場慣れしているようだな。
最後尾を歩くのは、アッシュゴールドの髪を撫で付けた、がっしりとした体格の男だった。
小脇には、磨き上げられた木箱を抱えている。
……此奴には見覚えがある。
昔、一度だけ目にしたことがあった。
自信に満ちた表情を浮かべ、堂々と歩みを進めている。
そして、その二人に挟まれるように歩く一人の少女。
――あれが長女だと!?
思わず目を見張った。
以前、王都で見た少女とはまるで別人だった。
ぱっちりとした目鼻立ちに、血色の良い肌。
仕立ての良い絹のドレスを端正に着こなし、優雅に歩みを進めている。
くすんだ金色だと思っていた髪は、今は金糸を織り込んだような美しいピンクゴールドに輝いていた。
ただ一つ、目の色だけはあのときと同じだ。
だが、それ以外はあまりにも違いすぎる。
以前の印象が、音を立てて崩れていくようだった。
「ほう……」
「なかなかのものだ……」
値踏みするような視線を向けていた貴族たちからも、思わず感嘆の声が漏れる。
三人は玉座の前まで進むと、静かに一礼した。
その所作もまた、嫌味なほどに洗練されていた。
「おもてを上げよ」
王の声を合図に、三人はゆっくりと顔を上げる。
その瞬間、王の口元が片方だけ吊り上がった。
ーー嫌な予感がする。
「実に美しい」
「その方、名をなんと申す?」
正式な挨拶も待たず、王が娘に声を掛ける。
「ローラ=カーハインドと申します」
中央に立つ娘は、落ち着いた声音で答えた。
以前のおどおどとした少女の面影は、どこにもなかった。
「そうか。ではローラ嬢、余の妃になれ」
その瞬間、玉座の間の空気が凍りついた。
「陛下! 戯れはおやめください」
慌てて止めに入る。
今代の王は好色で、すでに四人の王妃がいる。
王妃の品位を保つための費用は、すべて国庫から支出されるのだ。
これ以上、働きもしない王族を増やされてはたまらぬ。
それに、カーハインドの面々から発せられる空気が冷たい。
「戯れではない。余は王ぞ。王に所望されて喜ばぬ女はおらぬだろう」
「ささ、近うよれ」
王はにったりとした笑みを浮かべて手招きする。
この国の王族は、なぜそんなにも自分に価値があると思えるのだ。
政治の一つもまともに動かせぬくせに、やたらと自尊心だけは高い。
今、カーハインドの機嫌を損ねるわけにはいかぬのだ。
近衛に目配せし、王を下げるよう指示を出した、そのときだった。
「恐れながら、お断りいたします」
穏やかでありながら、有無を言わせぬ芯の通った声が玉座の間に響く。
一瞬にして、場は静まり返った。
誰もが耳を疑った。
王からの求婚を、面と向かって断る者などいるはずがない。
場の空気に怯むことなく、娘は続ける。
「以前、カーハインド家は二度と王家の威光を求めることはないと、お伝えいたしました」
……確かに、そのようなことを言っていた。
第三王子が娘を侮辱したあの日。
カーハインド家はそう言い残し、王城を後にしたのだ。
他の者も思い出したのだろう。
「そう言えば……」
「あのときの……」
と、呟く声が聞こえる。
「そうなのか?」
王は眉を寄せ、こちらに向き直った。
「ええ。その通りです。ですから陛下、今はもっと建設的な話をいたしましょう」
私は王を真っ直ぐ見据えて答えた。
「ならばあとは其方で進めろ。興醒めだ」
王はそう言うなり、周囲を顧みることもなく玉座の間を後にした。
玉座の間は、なんとも言えない空気に包まれる。
「……んんっ」
私はわざとらしく咳払いを一つすると、場を切り替えた。
「では、本題に入ろう。その方らの用件を聞こう」
「はい。王都で私どもの酒が話題に上っていると聞きましたので、献上に参りました」
嫡男は先ほどのことなどなかったかのように、穏やかに話し始めた。
「酒……?」
「ええ。"黄金酒"と言った方が通りがよいでしょうか?」
ーー黄金酒だと?
あの酒か! 商人が驚くほどの値で売っておった、あの黄金色の。
「あの黄金酒……!?」
「手に入れるには相当な金と伝手が要るという、あの……?」
周囲が徐々に騒がしくなる。
「……あれがカーハインド産だと?」
思わず呟くと、嫡男は眉を上げ、意外だと言いたげな顔をした。
「ご存知ありませんでしたか?」
その口調に驕りはない。純粋に不思議そうな顔だった。
知るわけがない。
黄金酒を持ち込んだ商人ですら、「幾つもの伝手を頼り、ようやく手に入れた」と話していた。
当然、私は遠い異国の名産だと思い込み、深く調べもしなかった。
それがまさか、我が国の品だったとは。
「……献上と言ったな」
「はい。こちらをお納めいただければ幸いです」
その声に、バルドが一歩前へ出る。
抱えていた木箱を静かに開き、中の酒瓶を披露した。
黄金色の酒瓶が姿を現した瞬間、場がどよめく。
「おお……」
「……本物か」
誰もが目の色を変え、その酒瓶へと視線を注いだ。
ようやくあの黄金酒を口にできる――そう思ったのだろう。喜色を浮かべる者もいる。
だが。
「これで私どもの用件は済みました」
「失礼してもよろしいでしょうか」
嫡男は表情一つ変えずに告げた。
「……まさか、その一本だけなのか?」
思わず問い返してしまう。
「ええ。献上のお話でしたので」
場が静まり返る。
誰もが同じことを考えたはずだ。
『それだけでは足りない』と。
だが、献上品をさらに要求するなど、品位に関わる。
誰一人、その言葉を口にはできなかった。
「……では、我々が購入することはできるのかね?」
しばし考えた末、私はそう問いかけた。
「ええ」
「王都への支店設置をご許可いただけましたら、そこで少数ではございますが販売する予定です」
「……王都に進出するということか」
私は眉を寄せた。
「はい。今後は正式に王都でも商いを行いたいと考えております」
しばし黙り込んだ後、ゆっくりと口を開く。
「……この場で許可を出すことはできぬ」
私の言葉に周囲がざわめいた。
「許可くらい出してやればいい」
「王都で買えるなら願ったりだ」
……此奴らは何もわかっていない。
支店一つの話ではない。
カーハインドが黄金酒をたずさえて王都に根を下ろせば、人も金も情報も集まるだろう。やがて、その影響力は一領地の枠には収まらなくなる。
それに比べて、
「もちろん理解しております。ご判断が出るまで、お待ちします」
嫡男は、そのことを十分承知しているようだった。
「王都の皆様と親交を深めながら」
続く言葉に、私は思わず目を細めた。




