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慌ただしく準備がなされ、私たちは王都に向けて飛び立ちました。
飛行艇は王都の手前の草原に着陸させる予定です。
きっと王城からもよく見えるでしょう。
◇
「なんだ……あれ」
王都の民が空を指差す。
「空になにか浮かんでいる……?」
やがて騒ぎに気付いた者が、次々と空へ視線を向け始める。
「船だ!」
「船が飛んでる!」
「そんな馬鹿な!」
王都は騒然とした。
同じ頃ーー
王城では貴族たちが右往左往していた。
「なんで船が空に浮かぶんだ!?」
「それよりもどこの国だ!?」
「侵略か!?」
「伝令! あの飛行船の旗印を確認しろ!」
騎士が慌ただしく駆けていく。
玉座の間には重苦しい沈黙が落ちた。
誰もが固唾を飲んで、窓の向こうを見つめていた。
ゆっくりと王都へ近づいてくる巨大な飛行艇。
「……本当に飛んでいる」
「夢ではないのか……」
「あれほどのものを造れる国など聞いたことがないぞ」
貴族たちの額には冷や汗が滲んでいた。
あれが敵なら、王都はどうなる。
そんな考えが、誰の胸にもよぎっていた。
やがて、騎士が息を切らせて戻ってくる。
「ご報告します!」
「飛行艇に掲げられている紋章は――カーハインド家のものです!」
「な……に?」
「カーハインドだと!?」
「まさか、あの辺境の……?」
「兵を率いて来たのか……?」
「あれほどの技術を持っていたなど聞いていないぞ……!」
玉座の間には貴族たちの騒がしい声が響き渡る。
「落ち着け! もし攻めるつもりなら、ここまで堂々と姿を見せはしない」
宰相が声を張り上げた。
「それは……まあ」
「……一理ある」
ざわめきが少し落ち着く。
そのとき一人の貴族が声をあげた。
宰相と敵対する派閥のダグラスだ。
「ならば、閣下ご自身が出迎えてはいかがですかな?」
「……何?」
「あのときカーハインド家を王都へ呼び寄せたのは、ほかでもない閣下でしょう。」
ダグラスは口元をわずかに歪める。
「でしたら、その責任をもって用件を伺うのが筋ではありませんか?」
「……」
宰相は言葉に詰まった。
あんな得体の知れない物に近づきたくなどない。
だが。
「そうだ!」
「閣下ならカーハインドと関わりも深い」
「ぜひお一人で」
他の者も次々と賛同し始めた。
なかには自身の派閥の者までいる。
宰相は奥歯を噛みしめた。
「……王都警備隊を向かわせろ!」
苦々しく言い放つ。
この場でこれ以上言い争っている暇はない。
まずはカーハインド家の目的を知ることが先決だ。
宰相は足早に玉座の間を後にした。
◇
王都の上空をゆっくり旋回したあと、飛行艇は予定通り草原に着陸しました。
しかし。
「誰も居ませんね」
遠巻きに様子を伺う民の姿は見えますが、兵士も騎士も、王都を守る者の姿が一人も見えません。
「ポーネではすぐに騎士に囲まれたのですが」
私が小首を傾げると、おじい様が鼻を鳴らしておっしゃいました。
「どうせ誰が行くかで揉めておるのだろう。王都の貴族らしいわ」
私は目を丸くします。
これが他国の侵略ならばどうするつもりなのでしょうか。
しばらくしてようやく、王都警備隊が姿を現しました。
こちらもハッチを開きます。
「……え?」
思わず声が漏れます。
二十名ほどの警備隊が、一斉に膝をついていたのです。
「我々は平民ゆえ、直答のご無礼をお許し願います」
中央にいた警備隊員が声を上げました。
私は思わずハイリお兄様へ視線を送ります。
お兄様は一歩前へ出ると、
「許す」
と、威厳ある声で告げられました。
しかし次の瞬間、その表情をふっと和らげます。
「というか、そんなに畏まらなくていいんですよ。私たちは辺境の一伯爵家です。侵略に来たわけでもありませんから」
穏やかな笑みを浮かべるお兄様に、警備隊員たちは戸惑ったように顔を見合わせたのでした。
ーー
しばらくして、王城へ報告に向かっていた警備隊員が戻ってきました。
「王城へご案内いたします」
警備隊員の言葉を聞いたハイリお兄様は、にこりと微笑まれます。
「承知しました。ただ、長旅でしたので、身支度を整える時間をいただけますでしょうか。三時間後に伺います」
警備隊員は一瞬目を丸くしましたが、すぐに頭を下げました。
ーー
「すぐにお伺いしなくて良かったのですか?」
飛行艇に戻った私は、お兄様にそう問いかけました。
「いいんだよ。向こうの都合に合わせる必要はないからね」
お兄様はお祖父様に笑みを向けます。
「そうでしょう? お祖父様」
「ああ。あれでいい。勝負はもう始まってるんだ」
お祖父様は満足そうに頷かれます。
「ハイリンヒは商人としてもやっていけそうだな。
俺の跡を継ぐか?」
「お褒めに預かり光栄です。
では領主はローラに任せましょうか」
お二人は笑いながら冗談を飛ばしています。
王都に着いたばかりだというのに、その表情に焦りはありません。
その余裕こそが、今のカーハインドを支えているのだと感じました。
私も、もっと精進しなければ。
「だからローラも、うんと着飾っておいで。第一印象は大切だからね」
お兄様は私に片目を閉じてみせました。
思わず笑みがこぼれます。
私も負けてはいられません。早速、準備に取り掛かりましょう。




