95
おじい様とおばあ様がお戻りになられることが決まった頃。
お父様から、「まだ帰らないのか?」と連日連絡が入るようになりました。
「お父様ったら案外心配性なのね」
と笑う私に、おばあ様とお母様が顔を見合わせて微笑まれます。
「仕方ないわね。そろそろ帰りましょうか」
そう言いながら、お母様も満更ではなさそうです。
私たちはポーション生産の人員を置いて、カーハインドに戻ることになりました。
「またすぐに来るわ!」
お母様は笑顔で手を振ります。
見送るポーネの皆さんも、またすぐに会えることがわかっているからでしょう。
穏やかなお顔で手を振ってくださいました。
◇
「こりゃあすごいな……」
飛行艇が離陸すると、おじい様は目を輝かせておっしゃいます。
「雲の上にいるなんて、信じられないわ」
おばあ様も興味深げに、窓からの景色を眺めていらっしゃいます。
お二人とも恐怖心がないようで安心しました。
「ローラ、これどこまで飛べるんだ?」
私がほっとしていると、おじい様が問われます。
「そうですね……
理論的には魔石の供給さえできれば、どこまでも?」
私は首を傾げながら答えます。
というのも、実際に実験をしたわけではないからです。
他国にいきなり飛行艇で乗り付けるわけにもいきませんからね。
今のところ、今回のポーネまでの飛行が最長距離です。
そんなことを説明していると。
「もったいない……」
「もったいないですか?」
「ああ。これがあれば、まだ行ったことのない遠国にも行ける。なぜもっと活躍しない?」
「そうおっしゃられましても……あまり大っぴらに使って、他国を刺激するわけにもいきませんし……何より王都に気取られるわけにはいきませんから……」
私は眉をさげます。
「はぁ? まだ王都の顔色なんざ気にしてんのか」
おじい様は「呆れた」と言いながら首を振ります。
「これだけの技術力があるんだ。なにを気にすることがある」
「ですが、もし王都と争いになれば……」
「ならないな」
「え?」
「これだけの技術力を見せられて、あいつらがわざわざ争うわけがない」
私は目を瞬かせました。
「領地の未来を預かっている以上、慎重なのはいいことだ。
だが勝負どころで仕掛けんでは、いつまでも独立なんてできんぞ」
「それともなんだ? 確実に争いにならないと確証が得られるまで、動き出さないつもりか?」
私としてはそのつもりでした。
確実とは言えなくても、争いになる可能性を極力減らしてからと……
「そんな日が来るのか? いつ来る? それまで技術を隠して領地の繁栄を抑え続ける気か?」
おじい様に問われて私は何も答えられませんでした。
私は慎重になり過ぎるあまり、領地の未来を妨げていたのかもしれません……
「そんなこと言うなら、じいちゃんが指揮とってくたらいいじゃん」
私が黙り込んでいると、アルフお兄様が口を出されました。
「ローラはずっと考えてきたんだよ。いろんな可能性を想定してさ。だけど王都の貴族との関わりなんてほとんどないんだ。向こうがどう動くかなんて、経験がなきゃ読めないじゃん」
「……それもそうか。悪かったな、ローラ」
おじい様は私の頭に優しく手を置かれます。
ですが。
「いえ。おじい様のおっしゃることはごもっともです。そろそろ本格的に動き出すべきなのかもしれません」
私は拳を握るとおじい様を見据えました。
「おじい様。協力よろしくお願いします」
深々と頭を下げます。
「……うーん。協力はしてやりたいが……今の領主はカロルドだ。
あまり俺が前面に出るのもな……」
おじい様は言葉を濁されます。
「いいじゃないの。カロルドは守ることには向いているけれど、攻めることは苦手な子よ。あなたとは反対でね」
今まで黙って成り行きを見守っていらしたおばあ様が、くすくすと笑われました。
「それにじいちゃんがローラを焚き付けたんだからね。責任取りなよ」
アルフお兄様まで肩を持ってくださいます。
「……帰ってからカロルドと話してみるか」
「おじい様、ありがとうございます!」
◇
領地に着くと、エントランスでお父様が待ち構えておられました。
おじい様たちのお出迎えでしょうか。
そう思っていたのですが――
お父様は私たちには目もくれず、お母様を抱きしめました。
「無事に帰ってきてくれてよかった」
心の底から安堵したようなお父様に、私は目を瞬かせます。
お父様はいつも冷静で、滅多に感情を表に出されない方なのに。
「心配しすぎよ」
お母様はくすりと笑われました。
「……相変わらずだな、お前は」
おじい様に声を掛けられ、お父様はようやく我に返ったように姿勢を正されます。
「父上も母上も、ご無事で何よりです」
深く頭を下げるお父様に、おじい様は呆れたように肩をすくめられました。
「アルフとローラもおかえり」
「ただいま帰りました、お父様。
早速ですがお話がありますので、領地会議を開いていただけませんか?」
「……ローラ。まずは旅の疲れを癒してーー」
「いえ、できるだけ早く決めたいのです」
私がお父様に言い募っていると、おじい様が苦笑しながら口を挟まれました。
「待て待てローラ。まずは俺からカロルドに話す。領地会議はそれからだ」
お父様とおじい様は顔を見合わせて、呆れたようにため息をつかれました。




