90
会議は進み、最後に最大の議題である技術提供について話し合うことになりました。
「帝国の皇帝陛下がおっしゃっるように、将来の不安の目を潰すためにも他国への技術提供は行うべきだと考えている」
お父様の言葉に、皆が「賛成」を口にします。
私も賛成です。帝国側から言い出してくださったこの機会を、無駄にする訳にはいきません。
「問題はどの国と提携を結ぶか、だね」
ハイリお兄様が次に検討すべき課題を示されます。
「やはりユリア様の母国である、ポーネ王国ではないでしょうか?」
「そうですね。あの国とは長年、交易を続けていますから」
アンヌ様の言葉にジルも同意を示しました。
実はカーハインドで造船技術が発達したあと、船を使って初めて交易をした相手がポーネ王国でした。
お母様の母国というのも理由の一つですが、なにより陸路では遠いポーネ王国も、海路を使い、上手く海流に乗れば、それほど日数をかけずに辿り着くことができたからです。
ただ季節によって海流が変わるため、交易量は限られており、それ以来細々とした交易にとどまっています。
「ええ。ポーネ王国でのケルファの評判は最悪ですけど、カーハインドだけは別枠だと考えてくれている民が多いようですわぁ」
ポーネ王国とはお母様が嫁がれるきっかけとなったある事件から、国同士の仲が良いとは言えません。
実は私たちも当初は、国との関係を伏せたまま交易を行っていました。
そうして信頼関係を築いたあと、お母様の書状を携えた使者を送ったのです。
そこでようやく、私たちがケルファ王国の一員であることを明かし、これまで素性を伏せていたことを謝罪しました。
「ふふふ。ポーネに提携を持ちかけるなら、私が行きますわ。ローラちゃんと共に」
お母様が扇で口元を隠しながらおっしゃいます。
「私ですか?」
「ええ。私は一度も里帰りしていませんもの。お父様も孫の顔を見たがっていましたからね」
「アルちゃんもいらっしゃいな」
「僕も!?」
「ポーネはここと比べても、そんなに過ごしにくい国じゃないから大丈夫よ」
苦い顔をするアルフお兄様に、お母様はコロコロ笑っておっしゃいます。
「ユリア、もしや飛行艇で行くつもりか?」
「ええ。だって海路は危険が大きいと、あなたが許可してくださらなかったのだもの」
腰を上げかけたお父様に、つんっと顔を背けるお母様。
二人の間でそんなやり取りがあったとは知りませんでした。
お母様、里帰りされたかったのですね……
考えてみれば当然のことです。もし私が他国に嫁いで、お父様やお母様、お兄様方に二度と会えないと言われれば、きっと絶望するでしょう。
それに生まれ育ったこのカーハインドの土を二度と踏めないとなれば、きっと嫁ぐことさえやめてしまいます。
お母様はそんな中、国のために嫁いでこられた……
飛行艇が出来てすぐに、里帰りに連れて行ってさしあげれば良かった。
「お母様! ポーネ王国へ参りましょう! お土産をたくさん積んで!」
「そして、お母様の気が済むまで滞在しましょう」
私は椅子から立ち上がると、拳を握って言いました。
「なっ……ローラ、勝手なことを!」
「お父様! お父様にはお母様のお気持ちがわからないのですか?
大好きな家族に会えないことが……生まれ育った地へ帰れないことが……どれほど辛いことなのか」
私はじとりとお父様を見据えます。
「い、いや、それはもちろん理解する。里帰りも問題ない。
今まで帰らせてやれなかったのは、私が不甲斐ないせいだ。申し訳なかった」
「ただ……滞在期間は決めて行ってくれないか?」
お父様はお母様に乞うような目を向けられます。
普段のお父様からは信じられない姿です。
「まあ帝国で、あれだけ派手に飛行艇を飛ばしているのです。噂になるのも時間の問題。
ですからお母様も、今回の滞在が最後になる訳ではありません。これからは飛行艇を使って、好きに里帰りされれば良いのでは?」
見かねたハイリお兄様が、助け舟を出されました。
「ああ。そうだ。
もしポーネと提携を結ぶことになれば、行き来はもっと盛んになるだろう」
「だからあまり長居せずに、帰って来てくれ」
「……そうね。いつでも帰れるなら長期滞在する必要もないわね」
お母様の言葉に、お父様は胸を撫で下ろされたようでした。
「そうと決まれば、早速準備を始めます!」
「待ちなさい!」
私が動き出そうとすると、まるでそうなるのがわかっていたかのように、すぐさまハイリお兄様から静止の声が飛びました。
「ポーネ王国だけで良いのかい?」
ハイリお兄様に皆の視線が集まります。
「サイブル帝国とポーネ王国、提携するのはその二カ国だけなのか。それとも他の国も入れるのか。
その議論が済んでいないよ」
なるほど。私はすごすごと席に戻ります。
「提携先が多いほど、我々を守る盾は増える。だが同時に、カーハインドの価値を知る者も増える」
「我々が力を持つほど、それを味方にしたい者も、手中に収めたい者も現れるだろう」
お母様との攻防で見せた慌てぶりはどこへやら。お父様は何事もなかったかのように話し始めました。
「どちらにするとしても現状で内偵が進んでいるのは、カーハインド周辺国だけですわぁ」
「ああ。国を選ぶどころか俺らは何も知らねえ」
そう言って眉を下げるエルザに、イヴァンも頷いています。
「それにポーション事業を持ち掛けるのであれば、教会の力が強い国は避けねばなりませんね」
アンヌ様がおっしゃる通り、教会勢力が幅を利かせている国に、こんな話を持ち込めば大変なことになるでしょう。
「そうだな。幸い帝国の皇帝陛下も協力的だ。一度話を聞いてめぼしい国を探してみるか」
「そうですね。決めるのはそれからでも遅くありません」
お父様もハイリお兄様も、決断を先送りにされることでまとまったようです。
「私も国に帰ったら聞いてみるわね」
里帰りか決まって嬉しいのでしょう。お母様はいつも以上にニコニコされています。
「あのな、ユリア。……すぐにでも向かわせてやりたいが、飛行艇で乗り付ける以上、先触れを出さない訳にはいかないぞ」
そんなお母様の勢いに水を差すようで気が引けたのか、お父様は控えめな口調でおっしゃいました。
「嫌よ。そんなことしてたら出発が一月以上伸びちゃうじゃない。父には私が後で謝っておくわ。
ということで、出発は三日後よ。アルフちゃん、ローラちゃん、準備なさい」
お母様の勢いを前にしては誰も逆らえません。お父様も諦めたように肩を竦められ、こうして出発は三日後に決まったのでした。
新作投稿してます!
愛のない政略結婚だと思っていたのに、夫はそうではなかったようです ~辺境で描いた一枚の絵が王都を騒がせるまで~
ローラの母ユリアが嫁いできた頃の話です。
父カロルドとのじれったい恋物語、ぜひご覧ください。




