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翌日には、毒入りポーションの事件が民の間に広まっていました。
あまりにも噂の広がりが早過ぎる。
扇動している者が居ると見て間違いないでしょう。
民に不安が広がる前に解決したかったのですが、こうなっては一定の混乱は避けられませんね。
先ほど行われた会議では「騒動が落ち着くまでは、救護所でのポーションの使用も控えるべきでは?」という意見も出ました。
しかしポーションを使用するのは重症者です。
使用を控えれば、救えたはずの命まで取りこぼしかねません。
様々な意見が出る中、最終的にレオ様はポーションの使用継続を決断されました。
ただし、使用を望まぬ者に無理強いはしないこと。使わないことへの危険性を説明した上で、それでも拒否するなら本人の意思を尊重すること。
そう付け加えて。
おかげで救護所での混乱も、ある程度は抑えられるでしょう。
――私たちは今、陛下への謁見に向けて身支度を整えています。
会議の後、レオ様に言われたのです。
「今回の事件のことで、陛下がカーハインドの者と話したいそうだ。頼めないか?
もちろん兄君たちも一緒で構わない」
と。お断りなどできるはずがありません。
陛下にお会いするのはこれが初めてです。
通信機越しで声は聞きましたが、あのときも専らハイリお兄様がお話をされていたので、私は挨拶を交わした程度。
……緊張してきました。
レオ様の先導で、お城の中を歩きます。
すれ違う者が皆、足を止めてレオ様に深々と頭を下げるのを見て、やはりこの方は皇太子殿下なのだな、と今更ながらに実感しました。
普段のレオ様は、特に私たちに対して、身分を振りかざすような真似はされませんからね。
「失礼します」
私的な面会室のような場に通されると、すでに陛下がお待ちでした。
こういったものは普通、身分の低い者が先に来て待っているものではないのでしょうか。
「呼び出して悪いな。
儂が出向くとうるさい者も多くてな」
陛下はそう言うと席から立ち上がり、両手を広げて私たちを歓迎してくださいました。
レオ様と同じ髪色。
それにレオ様に似て、優しそうな方ですね。
ただ、こちらは謁見に備えて着替えてきたというのに、当の陛下はマントも羽織らずシャツにスラックス姿なのですから、あまり儀礼にこだわらない方なのかもしれません。
マルクお兄様はレオ様を送り届けたときに、ハイリお兄様は支援の開始前に、それぞれ面識をお待ちでしたから、初対面なのは私だけです。
緊張しながらも礼をとって挨拶をすると――
「美しいお嬢さんだ。
レオニールが夢中になるのもよくわかる」
陛下は笑顔でそう返してくださいました。
「父上! いや、陛下!」
レオ様が慌てたように口を挟まれますが、陛下が冗談でおっしゃっていることぐらい私にもわかります。
そう伝えると、レオ様は何とも言えない顔をされ、陛下は声を殺して笑っておられました。
? よくわかりませんが、親子仲も良いようですね。
ーー
「今日来てもらったのは、ポーションの件だ」
席について落ち着いた頃、陛下がそう話し始めました。
「奴らの動きを見る限り、どうもポーションの信用を落としたいように見える」
それは私たちも感じていました。
ただそれがどういった意味を持つのかが、読めていません。
「毒入りポーションを渡したのは帝国の兵を装った者だと聞く。
だが民の間で広まっている噂に、帝国の兵の存在が全く出てこんのだ」
「帝国を貶めたいのであれば、"帝国兵が毒入りポーションを配った"と広めるのが普通ですね」
陛下の言葉にハイリお兄様がそう返されます。
確かに不自然ですね。
帝国の復興を妨害したい、帝国の権威を貶めたい――そうした意図があるのなら、『毒を配った帝国兵』という噂が与える影響は決して小さくありません。
「そうだ。だが民の間で広がっているのはポーションの不安を煽る話ばかり。
そこで、だ。
あのポーション、聖王国からの輸入品ではないな?」
私は驚いて目を瞬かせました。
眉を上げて問われる、陛下の意図が読めません。
機密には触れない約束だったはずです。
「ええ。あれはカーハインド産です」
困惑する私を尻目に、ハイリお兄様は淡々と答えてしまわれました。
どうして――
「大丈夫だ。なにも陛下は"機密を寄越せ"なんて言うつもりはないさ」
私の焦りが伝わったのでしょう。レオ様が優しく語りかけてくださいました。
「もちろんだ。儂はただ、聖王国産かどうかの確認がしたかっただけだ」
陛下は落ち着いた口調でおっしゃいます。
どうやら私の心配は杞憂だったようですね。
ハイリお兄様は、わかっていらっしゃったのでしょう。
ですがポーションの産地がどう関係するのか。
私がいまいち状況を掴めないでいるなかで、マルクお兄様が声を上げました。
「ああー、やっぱりか。
あの間者、聖王国の者か」
聖王国?
聖王国はポーションを唯一生産している国です。
……もしかして。
私が考え込む間にも話は進みます。
「気付いていたのですか?」
マルクお兄様の言葉に、レオ様が驚いたように声を上げました。
「昨日会ったときに思ったんだよな。
あいつらが揃って妙にそわそわし出すときがあったんだ。
別々の部屋で取り調べていた連中が、同じタイミングで落ち着きをなくすなんて不自然だろう?
あれ、多分祈りの時間だったんだよ」
聖王国には日に三度、祈りを捧げる時間があると聞きます。
敬虔な信者ほど、その時間を大切にするのだと。
「つまりこれは、聖王国による他国産ポーションへの攻撃ということか……」
ハイリお兄様が目を細めました。
「聖王国はポーションを外交のカードに使っていますからね。他国で作られれば聖王国の優位性は大きく崩れる」
レオ様はそうおっしゃいますが、そのために人の命を奪うなんて信じられません。それも敬虔な信者が。
「聖王国の仕業とみてまず間違いないだろう。
儂の方からも聖王国へ厳重に抗議しよう。まあ認めんだろうがな」
陛下はそうおっしゃると、小さくため息をつかれました。
相手の目的は、カーハインド産ポーションの信頼失墜。
敵は強大ですが、目的が判れば戦いようもあります。
自らの目的のために民の命を奪うよう下劣なやり方を、私は絶対に認めません。




