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side:皇帝
外の騒がしさに目を覚ます。
「何事だ?」
ここ最近は災害対応で忙しく、睡眠もあまり取れていないというのに。
また問題か。
「ふう……」
深く息をついて立ち上がる。
ガウンを羽織ったところで、部屋の外が一層騒がしくなった。
「お待ちください!」「陛下はお休み中です」「手続きを――」
「陛下! お休み中申し訳ありません。
お目通りをお願いします!」
この声は……まさか。
「よい。入れ」
「失礼します」
旅装も解かずに飛び込んできた者の姿に驚く。
「お前、帰ってこれたのか!」
「陛下、恐れながら直々にお願い申し上げます。カーハインドからの支援の許可を!」
儂の言葉も聞こえていないかのように、捲し立てるさまにため息が出た。
「はあ……落ち着け」
すぐに人払いし、椅子に向かい合う。
「それで?
何がどうなのか、わかるように説明しろ」
儂が目を細めると、此奴はやっと自分が暴走していたことに気が付いたのか、咳払いをして話し始めた。
――俄には信じられぬ話ばかりだ。
だが山道が塞がれている中、災害から日が浅いにも関わらず、此奴がここに居る。
それが何よりの証明でもあった。
「明日、会議にかける」
「お待ちください!
それでは時間が掛かり過ぎる!」
儂の言葉に納得がいかぬと食い下がってくる。
だが……
「皇帝とはいえ、他国の支援を独断で決める訳にはいかぬ」
儂が頭を振ると、静かに、だが圧を込めた目でこちらを見返した。
「ならば私が許可を出します」
「……それは己の将来を、閉ざすことになるやもしれぬぞ」
「覚悟の上です」
――こんなに強い目をした此奴を見たのは初めてだ。
良き経験をしたのだな。
そう嬉しく思う反面、危うさも感じる。
勢いだけで突っ走っているのではないか、と。
仕方がない……
「カーハインドの者を呼べ。
……話してみなければ、決められん」
儂の言葉が予想外だったのか、奴はぱちぱちと瞬きを繰り返したあと、笑顔を浮かべて部屋を後にした。
ふむ……難しいな。
カーハインドの技術が先ほど聞いた通りであるならば、救える命は増えるだろう。
だが、何故カーハインドが支援に来る?
奴は「自分の願いに応えてくれたのだ」「カーハインドは善意で申し出てくれた」そう言っていた。
……そんなことがあるだろうか。
他国の、それも国交を結んでいるでもない国のために、支援を行う理由がわからない。
何か裏があるのではないか。
そう考える方が自然だった。
……それに仮に奴の言う通りだとしても、善意ほど恐ろしい物はない。
カーハインドに救われた民は、生涯その事実を忘れぬであろう。
それが帝国にとって、いずれ火種とならぬ保証はない。
しばし思案するが、答えは見つからなかった。
「……そろそろ行かねばな」
軽く身だしなみを整え、面会室へ向かう。
先ほどの奴の勢いならば、例え客人が寝ていても引っ張って来るだろう。
面会室に入ると、男が二人、頭を下げて待っていた。
やっと旅装を解いた奴と、きっちりと正装を纏った赤髪の男。
護衛もつけずに二人きりで待っているとは。
この男を随分と信頼しているようだ。
「お客人、夜分にすまぬな。
これに叩き起こされたのではないか?」
頭を上げるように言うと、男に声を掛けた。
「お初にお目にかかります。
ケルファ王国、カーハインド家次男、マルクス=カーハインドと申します。
こちらこそ夜分の訪問になってしまい、申し訳ございません」
男はあまり緊張も見せず、慣れた様子で挨拶を返す。
ほう……
領主一家の者がわざわざ出張って来るとは。
「これを送り届けてくれて助かった。
今はどこも人手が足りぬのでな」
手振りで席に座るよう促す。
「……それで、支援の申し出と聞いたが。
詳しい内容を聞かせてくれるか?」
「はい。ポーションでの支援と医師の派遣。それと瓦礫撤去や炊き出し。必要であれば建物の再建も行う予定です」
男は迷いのない目で言い切った。
どれも今、必要としている物ばかりだ。
だが……
「……ポーションの購入だけ、頼むことも出来るのか?」
「――っ陛下!」
儂の言葉に反応したのは奴だった。
前屈みになり、今にも立ち上がりそうだ。
……我慢の効かぬ。
「はあ……。レオンお前ちょっと黙ってろ」
同じように呆れた顔をした男が、静止をかけた。
その言葉に唇を噛みながらも「申し訳ない」と椅子に座り直す奴を見て、儂はわずかに目を見開く。
すっかり手綱を握られておるようだ。
それにこの気安さ。
本当に奴の正体を知っている訳でもないのか。
「――失礼しました。
もちろんこちらとしては、ポーションの販売だけでも問題ありません」
男の態度からは、支援を無理に勧めるつもりはないという意思が窺える。
「そうか……」
儂はしばし思案した。
ならば。
「支援にあたって、カーハインドは何を望む」
男の真意を測るように見据えた。
「"機密の開示を求めない"我々の望みはそれだけです」
儂は眉を上げた。
それでカーハインドに何の利益があるというのだ。
「機密を漏らしたくないのであれば、何故支援を?」
思わず疑問が口をついて出た。
「"機密のために人を見捨てるのか"と怒った者がおりまして」
頭をかきながら眉を下げる男。
まさか本当にただの善意だというのか。
「こちらのレオンとよく似ていましてね。
放っておけば一人ででも、帝国に乗り込みそうな勢いでしたから」
男は何を思い返しているのか、遠い目をしている。
……その目には、深い苦労が滲んでいた。
「ですから我々としても、帝国に波風を立てるのは本意ではありません。
カーハインドの名を売るつもりもありません。
そこで一つ提案があるのですが……」
「聞こう」
探るような目をする男が一体何を言うのか、興味をそそられた。
「我々はレオンを商人だと聞いておりました。
だがどうやら違う様子。
陛下の寝所に乗り込めるほどの身分をお待ちのようだ」
にこりと微笑みながら奴に視線を向ける男。
――自分が商人を名乗っていたことさえ忘れていたのであろう。奴はぴくりと反応すると視線を逸らした。
「此奴の身分が高ければいかがする?」
「我々をレオンの実働部隊といたします」
――は?
あまりに突拍子もない提案に、思わず怪訝な顔をしてしまった。
「ですから、我々はカーハインドの者としてではなく、レオンの配下として復興支援をいたします」
儂が理解しきれていないのが伝わったのか、男は言葉を噛み砕いて説明した。
だが――
「それではカーハインドに、何の益もないではないか」
儂はますます困惑を深めた。
「いいえ。横槍が入っても、全て彼に任せられます」
「ふはっ……!」
男があまりにも清々しい笑顔で言い切るものだから、吹き出してしまった。
「我々は小国の、田舎の一領地に過ぎません。
大国の方々への対処は簡単ではありませんから」
だから支援にはなんの思惑もないのだと、男の態度は雄弁に物語っていた。
「ふむ……お前はどうだ?」
「――全力で務めさせていただきます」
男に止められてからは口を開かず大人しくしておったが、儂が問うと決意のこもった力強い答えを返した。
少なくとも、この男が何かを企んでいるようには見えぬ。ならば少しでも多くの民を救うために、この手を取るべきだろう。
「ならばよし。
サイブル帝国皇帝の名において任じる」
二人はすぐさま席を立つと、膝をつきこうべを垂れた。
「カーハインド領による支援活動は、皇太子レオニールの名の下に行う」
「はっ!」
「はあ!?」
部屋にレオニールの決意に満ちた声と、男の素っ頓狂な声が響いた。




