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side:マルクス
なんとか城が見えるところまで来た。
そろそろ俺らはお役御免じゃねえ?
そう思い「じゃあここで……」と踵を返そうとしたが、レオンに引き止められた。
「あなたはカーハインド側の責任者では?」
驚くように言われバツが悪くなる。
わかってるよ。
兄貴にも"責任者として赴け"って言われてたからな。
だがどう考えても面倒だろう。
話がまとまるまでは、近くで野宿でもしていた方がいい。
そう伝えたが、レオンは聞く耳を持たなかった。
「ここまで連れて来ていただいたのに、何の礼もせぬまま返すなど出来ません」
真っ直ぐな視線に、ローラの影がだぶる。
――仕方ねえな。
だがカーハインドの兵は連れて行けねえ。
こいつらは平民だ。
城内でどんな扱いを受けるかわからねえからな。
レオンは「私が責任を持ちます」と引き止めていたが、ここは俺が譲らなかった。
カーハインドの連中と別れ、城へと向かう。
近づくにつれ、外壁の損壊が目に入った。崩れた箇所や走る亀裂――被害は小さくない。だが、それでもなお城そのものの崩壊は免れているようだった。
レオンの護衛が先行して、門番に一言二言伝えると、静かに門が開かれた。
レオンは門をくぐると、そのまま正面玄関には向かわず、何を思ったのか裏口へまわる。
「なんで正面から入らねえんだ?」
訝しがる俺に、レオンは平然と言ってのけた。
「人に会うと面倒なので」
はあ? こいつ密偵か何かなのか?
立場ある人間じゃなかったのか?
裏口近くに馬をつなぐと、レオンは懐から鍵の束を取り出し裏口の扉を開けた。
訳がわからないという顔をする俺に、レオンは「着いて来てください」とだけ言うと、慣れた足取りで城内を歩き出す。
深夜とはいえ城の中だ。すぐに見張りに出くわす。
だが目を見張る兵をレオンは片手で軽く制すると、「騒ぎにするな」とだけ伝え、また歩き出す。
深々と頭を下げて見送る兵の姿を見るに、やはりそれなりの立場にはあるのだろう。
だが、そのまま城の奥深くまで歩みを止めないレオンに、俺は不安を感じ始めた。
この辺りはどう見ても居住区だろ……
俺を連れて、こんな所まで来ていいのか?
「おい。いい加減やべえんじゃねえか?」
レオンが聞く耳を持たねえから、護衛共に声を掛けてみるが、あたふたするばかりで使えねえ。
どうすんだよ……と頭を抱えそうになったとき、落ち着いた男の声が響いた。
「おかえりなさいませ」
見ればレオンの前に、髪をオールバックに固めた男が立っていた。
歳は俺と同じぐらいか?
深夜にも関わらず、きっちりと執事服を着こなし、丁寧に頭を下げる男。
「遅かったな」
男を見て薄く笑みを浮かべたレオンが、外套を手渡しながら言う。
「事前にご連絡がありませんでしたので」
男が半眼になるが、レオンはまるで意に介さない。
そんなレオンを見て男はひとつ息をつくと、こちらを見回した。
「……護衛の数がえらく少ないようですが?」
男の探るような視線がこちらに向けられた瞬間、隣にいた奴が小さく肩を震わせた。
「こいつらはダメだ。鍛え直せ」
レオンは一瞥だけで切り捨てるように言う。
「ふう……だから言ったでしょう。若い者ばかりでは心許ないと。だと言うのに陛下の干渉を嫌がって――」
「わかったわかった。悪かった」
軽く手を振って制し、レオンは肩をすくめた。
「だが、こんな事態だ。できる者をこちらに残しておいて正解だっただろう」
その言葉に男は呆れたように片眉を上げたあと、視線をこちらへ戻す。
「……大変お待たせして申し訳ございません。どうぞ、お部屋にご案内いたします」
男は俺に向かって一礼し、すぐに俺の後ろに居る護衛共へと鋭い目を向ける。
「お前たちはもういい」
「……はっ!」
男の冷たい声に緊張した返事を返すと、奴らは来た道を引き返していった。
案内されたのは応接室。
おそらく私的なサロンだろう。
旅装で汚れた恰好で座るのが憚れるような、きれいなビロードのソファに腰掛けると、すぐに紅茶が入れられる。
「どうぞ」
冷えた体に温かい茶がうまい。
「すぐに湯浴みの準備をいたします」
「待て」
ベルを手に取ろうとした男を、レオンが制した。
「俺はすぐに陛下に目通りに行く」
男が口を半開きにして固まった。
そりゃそうだ。何時だと思ってんだ。
しかもこんな恰好で謁見など、許されるはずがない。
男の制止も聞かず、立ち上がり今にも部屋を出そうなレオンに、俺は堪らず声を掛けた。
「お前、ちょっと落ち着け」
俺の声に、レオンははたと足を止めると、すぐにこちらへ向き直り、深く頭を下げた。
「急ぎ許可を取り付けてきます。申し訳ありませんが、しばらくお待ちください」
「おい——」
呼び止める間も無く、今度は男へと視線を向ける。
「こちらの方は、俺の命の恩人だ。くれぐれも失礼のないように。湯浴みと……軽食も用意して、もてなしておいてくれ」
男が目を丸くした。
俺も目を丸くした。
いつから俺はこいつの"命の恩人"になったんだ?
呆気に取られる俺たちを尻目に、レオンは言うだけ言うと踵を返し、そのまま部屋を出ていった。
「……はぁ」
思わず息が漏れる。
親父の執務室に、先触れもなく突撃するローラよりもひでえんじゃねえか?
頭を抱える俺と唖然とする執事。
部屋の外から「お待ちください!」「誰か!」という騒がしい声が聞こえてくるまで、しばし部屋は沈黙に包まれていた。




