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一刻も早く帝都へ向かいたいところですが、飛行艇を近付けるには、まだ空が明るい。
そこで皆の休息も兼ね、人目につかない崩落した峡谷に一時着陸することになりました。
「レオン様、ありがとうございました」
船を下ろして各々が休息を取る中、レオン様の姿を見つけた私は駆け寄りました。
まさか初見の現場で、あれほど的確な指示を出されるとは。
私とは踏んできた場数が違うのだと、思い知らされた気がします。
しかし頭を下げる私に、レオン様は困惑した様子です。
「礼を言うのはこちらの方では?
あなた方の的確な対処と魔道具が無ければ、あの火を消し止めることは出来ませんでした」
そして深々と頭を下げられました。
「本当にありがとうございました。
この御恩は、必ず何らかの形でお返しします」
あなたはここで自らの功を誇るのではなく、真摯に頭を下げられる人なのですね。
これまでの言動を見ても、この方の行動には一貫性があります。
民を案じ、危険を恐れず、自ら責任を負おうとする。
そして今もまた、功績を誇ることなく感謝を口にする。
――やはり、この方は信じるに値する。
「……レオン様、一つお伝えしておきます。
私たちは今回、支援物資としてポーションを積んでいます。
その数は、きっとあなたが思うよりもずっと多い」
レオン様が片眉をあげて問われます。
「それは……百本単位であると考えても?」
「――いいえ」
私が静かに首を振ると、何故か安堵したように息をつかれました。
「そうですよね。さすがに一つの領に百本は言い過ぎでした」
「――いいえ。
百本ではなく千本単位です」
笑顔を見せていたレオン様が、私の言葉を聞いて動きを止められます。
「――まさか」
そしてなんとか絞り出したような、掠れた声でそう呟かれました。
「事実です。
しかし、それを使えるか否かは、レオン様にかかっています。
皇帝陛下からの御許可、どうか……よろしくお願いします」
理解が追いつかないと言いたげな彼に、私は深く頭を下げました。
「っ! おやめください」
レオン様は慌てて首を振られます。
「私は自国のために行動しているに過ぎません。
もちろん最善を尽くします」
真っ直ぐ私を見返し頷いてくださる姿に、ほっと肩の力が抜けた思いがしました。
あと言っておくべきことは――
「それと飛行艇から降りるときは、マルクお兄様が補助に付かれると思います。
お兄様はカーハインドでも随一の腕前をお持ちです。あまり考え過ぎず、全て任せておけば大丈夫ですから」
先ほどの火災現場でも、何人かが観察役として残るために装備を使って飛び降りています。
もちろん何の問題も起きていません。
「実は初めて飛行艇に乗った方が、空挺降下するのは厳しいのではないかと心配していたのです。
ですが先ほどの火災現場での様子を見る限り、レオン様なら大丈夫そうですね!」
私はレオン様を安心させるつもりで、にっこり笑ってそう伝えました。
ところが――
あら? レオン様、汗をかいていらっしゃいますね。
どうされたのでしょう。
私の長話で、疲れさせてしまったのかもしれません。
「出発は日が落ちてからになります。
それまでに、どうか身体を休めてください」
これ以上引き止めては申し訳ありませんね。私は飛行艇内の設備について簡単に説明し、煙と汗を流すためにもシャワーを勧めて、その場を辞しました。
「飛行艇にシャワー……」
踵を返したあと、消え入りそうな声が聞こえた気がします。
私も着替えを済ませておきましょう。
◇
side:レオン
山火事の鎮火に成功して、ほっとしたのも束の間。
ローラからあり得ない話を聞かされた。
ポーションが数千?
帝国全体の備蓄量と変わらないではないか。
頭が痛くなってきた……。
飛行艇の存在だけでも十分理解の範疇を超えていたというのに、商人だと思っていたハイド殿の正体、鎮火の際に見たローラの深い知識、未知の魔道具、船員たちの統率された動きと、次々に常識外れの光景を見せつけられている。
理解が追いつかないことばかりで、ただでさえ頭は混乱していたというのに、さらに追い打ちをかけるようなポーションの話だ。
情報量の多さに思考が悲鳴を上げ、思わずこめかみを押さえる。
護衛たちも誰も口を開かず、奇妙な沈黙が場に広がっていた。
「……どう思う?」
俺が周りを見回して問うと、みな一様に眉を下げた。
「……事実でしょうね」
「私も同じ意見です」
「今までのことを考えても……」
複雑そうな顔をしながらも、否定する者は一人もいなかった。
「だろうな。
俺も彼女が嘘や誇張を言っただなんて、全く思っていない。
だが、それだけのポーションを、聖王国が一つ領に売るとも思えない」
「それは確かに……」
「聖王国と、独自の太いパイプがあるのか……」
皆が一様に首を捻る。
「ですが例え購入できたとしても、資金も馬鹿になりません」
「いくら酒で儲けていると言っても、帝国の年間予算より多いということはないでしょう」
そうだ、そこも疑問が残る。
カーハインドは領内の公共事業も盛んに行なっていた。
それだけの資金が余っているとは思えない。
――なぜ?
「あのぉ……本当に飛ぶのですか?」
黙り込み思考の渦に落ちていた俺を、護衛の小さな問いが引き上げた。
飛ぶ? ああ、これを降りるときの話か。
小さく挙手しながら声を上げる男の手は、カタカタと震えている。
「危険ですからおやめになったほうが……」
他の者もその話を思い出したのか、顔色を悪くしつつ、止める者の声に大きく頷いている。
俺だって酷い顔色をしているだろう。
カーハインドの技術がいくら優れていると言っても、飛び降りることへの恐怖は消えない。
だがローラにあんな風に言われて、今更「やっぱり怖いので無理です」だなんて言える訳がないだろう。
「もちろん飛ぶ。――飛ぶしかない。
カーハインドの技術だ。危険はない」
俺が言い切ると、がくりと護衛たちが項垂れた。
「だが全員は連れて行かない。
護衛として二人。それ以外は飛行艇で待機だ」
俺の言葉に、護衛たちは弾かれたように顔を上げた。
中には露骨に安堵の色を浮かべる者までいる。
そんなに飛びたくないか。
まあ、気持ちはわかる。
だが、お前たちは俺の護衛だろう。
主君が飛び降りると言っているんだ。
普通なら「ならば私も」と付いて来るものではないのか。
「……選抜方法はお前たちに任せる。
俺はシャワーを浴びて少し眠る」
なんとも言えない、もやもやしたものを抱えつつ、俺は部屋に戻った。




