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side:マルクス
あーあ、今頃あのレオンって男、混乱してるだろうなあ。
なんの説明もなく飛行艇になんて乗せられて。
あれは親父の意趣返しだろうな。
ローラが、あいつを庇うようなこと言ってたから。
そんなことを考えてたら、ローラに連れられて、あの男と護衛だろう奴らがやってきた。
見事に全員、顔色が悪い。
このラウンジは前面がガラス張りで、外の様子もよく見えるから、余計に不安を煽るだろうな。
初めて乗った奴は、大体こうなるもんだ。
笑いそうになるのを、頬を噛んで耐える。
それにしても、こうしてまじまじと奴を見たのは初めてだが、本当に整った顔をしてやがる。
……親父が敢えて丁寧に説明しなかったのは、これも理由か?
なんてな。口にすんのも恐ろしい冗談だ。
男がぐるりと辺りを見回し、兄貴を見つけて口を開く。
「ハイド殿も来てくださったんですね」
ああ、兄貴は商会の会長として面識があるんだったな。
「カーハインド側の総指揮を務めます、ハイリンヒ=カーハインドと申します。初めまして」
一歩前に出た兄貴は、満面の笑みでそう言いのけた。
「……くっ」
いけねえ。ポカンと口を開けた男の顔を見て、思わず笑いが出ちまった。
すかさずローラから、鋭い視線が飛んできた。
「わりぃわりぃ」目線で謝り、一歩前に出る。
「副官を務めます、マルクス=カーハインドです」
「……レオンと申します。お世話になります」
混乱しつつもなんとか挨拶を返した男に、兄貴が畳み掛けるように予定を説明していく。
「あと三十分程で、山火事の発生場所に到着予定です。
一刻を争いますので、到着次第、消火活動をおこないます」
「……消火活動」
男は咀嚼するように、言葉を繰り返す。
「それとも、皇帝陛下の許可が必要ですか?」
兄貴の問い掛けに、男はピクリと反応したあと、静かに首を振った。
「いえ、私が許可を出します」
兄貴の目が細められた。
やはりあの男、そこまでの権限があるのか。
「延焼がどの程度まで広がっているのかわかりませんので、作業時間は読めません。
終わり次第、人員と物資を下ろします」
「私にもできることがあれば、手伝わせてください!」
男の目には、もう怯えよりも意志が宿ってる。
この状況でなかなか肝が据わってやがる。
「レオン殿にしていただくことは、一つだけ。
被災地への支援活動を始めれば、帝国民への干渉となります。
ですからその前に、皇帝陛下の正式な許可を取っていただきたい」
山火事の鎮火なら、帝国民と接触することはないだろう。
だが支援活動となれば、大規模な接触は避けられない。
トップの許可なく始めりゃ外交問題になる。
「……この飛行艇は、どの辺りに着陸予定でしょうか?」
何かを考えるように男が問うた。
「一先ず人員と物資は、山裾に降ろす予定です」
「山裾に……」
一言呟くと、男は迷うように視線を伏せ、やがて意を決したように顔を上げる。
「無理を承知で申し上げます。
どうかもう少し、帝都の近くに降ろしてはいただけませんか?」
「……危険はご存じですね?」
兄貴が片眉を上げた。
こんなもん見つかれば大騒動だからな。
兄貴の懸念はもっともだ。
「もちろん承知しています。
ですが、あの山裾からでは帝都まで遠すぎる。
馬を潰す勢いで飛ばしても、一日半はかかります。
しかも今は主要路が塞がれているとのこと。
さらに遅れるかもしれません」
男は絞り出すように言う。
「被害が広がる中、到着が遅れれば、それだけ皇帝陛下への報告も遅れる。
支援を始める許可をいただくまでに、さらに時間を要してしまいます」
確かに災害現場では、半日の遅れが致命的になることもある。
「お兄様、ポーションでの支援だけでも先に始めることはできないのですか?」
見かねたローラが、眉を下げて尋ねる。
だが、兄貴は毅然と言い切った。
「いけないよ。ローラ。
命を救われるというのは重いんだ。
民に恩を売れば、それだけで国へ手を伸ばしたと取られる」
そうだ。他国の民を救うというのは、時に軍を進めるより危うい。
“善意”は、最も警戒される介入だ。
「ならば! もっと帝都の近くまで飛行艇を進めましょう。
高度を上げて魔道灯を消せば、そう容易く見つかりません」
なおも言い募るローラに、兄貴は悩ましげに眉を寄せた。
「お願いします!」
男まで深々と頭を下げる。
護衛たちは止めるべきか迷うように視線を交わしていたが、当の本人は拳を握り締めたまま顔を上げなかった。
「……闇に紛れればリスクは下がる」
兄貴の言葉に、二人がパッと顔を上げる。
二人揃って期待に満ちた目をしやがって。
「――だが、君は降りられるのかい?」
兄貴の言葉の意味が理解できなかったのだろう。
男は小首を傾げた。
だがローラは理解したのだろう。
苦いものを飲み込むような顔で、男を見つめた。
「帝都には近付ける。
だが落とせる高度には限界がある。
もちろん着陸など出来はしない」
男が息を呑む音が聞こえた。
「この飛行艇には、高所降下用の装備が積まれている。
とはいえ、自ら飛び降りねばならないことに変わりはない。
もちろん安全面には配慮されているよ。
だが、高空から身を投げ出す恐怖まで消えるわけではないからね」
試すような目を向ける兄貴に、俺は男を不憫に思った。
だが男は怯まなかった。
迷いを振り切るように顔を上げる。
「――大丈夫です。やれます」
言い切った男とは対照的に、護衛たちは「まさか」と言いたげに青ざめた顔を見合わせていた。
「いいでしょう。
ではマルクス、共に飛べ」
うわっ! 急に俺に振るなよ。
俺が他人事のように黙ってたのが、気に障ったんだろうな……
「レオン殿と共に、カーハインド側の責任者として赴くように」
にっこりと微笑む兄貴に、俺は頷くしかなかった。
責任者とかやりたくねーんだけど。




