62
side:レオン
カーハインドから支援の約束を取り付けることができた。
安堵する一方で、気にかかっていることがある。
「夜明け前に、もう一度領主邸へ来てほしい」
ポーションの引き渡しのためだとは思うが、なぜ夜明け前なのか。
俺に渡すことを、誰かに知られたくないのだろうか。
だが、それなら人目につかない場所を指定するはずだ。
わざわざ領主邸へ呼ぶ理由がわからない。
……いや、まさか。
カーハインドには、帝国へ繋がる秘密の抜け穴でもあるのか?
そんな馬鹿げた想像をしていた俺は、今まさにカロルド殿に先導され、護衛と共に地下へ続く階段を下っていた。
薄暗い通路を進みながら、冗談のはずだった考えが頭をよぎる。
まさか本当に、秘密の通路でもあるのか……?
だが、俺の目の前に現れたのは、そんなものではなかった。
船だ。
それも、思わず息を呑むほど巨大な。
呆気に取られていると、カロルド殿が平然と言った。
「荷物の積み込みも、同行者たちの乗船も、すでに終わっている」
ますます困惑する。
海もない地下で船に乗り込み、一体何をするというのか。
怪訝な顔をする俺を見て、カロルド殿は指を上に向けるとニヤリと口元を歪めた。
「飛ぶのだよ」
――っ!? いくらなんでもあり得ない。
現実離れした言葉に、思考が止まる。
「レオン様!」
その時、聞き慣れた明るい声が響いた。
「カーハインド嬢?
そこでなにを……まさか」
「はい。私も同行いたします」
驚きに足を止めた俺は、思わずカロルド殿を振り返る。
災害現場は過酷だ。
彼女が背負うには重すぎる。
「現実を見せてやってくれ」
小さく息をつくカロルド殿の横顔に、苦渋が滲む。
本心では連れて行きたくないのだろう。
だが、それでも目を背けさせるつもりはないらしい。
――彼女に導かれて乗船した俺たちは、船とは思えないほど広い内部空間と、その完成された造りに圧倒されていた。
壁面には装飾のように魔導灯が埋め込まれ、柔らかな光を絶えず揺らしている。
足元は分厚い絨毯がひかれ、歩くたび僅かに沈む。
さらに片側に設けられた大きなガラス窓からは、分厚い地下空間の岩壁が見えていた。
「……船、だよな、これ」
思わず呟く。
「船というより、飛行艇ですね。
カーハインドでもまだ新しい発明です」
俺の言葉に、どこか声を弾ませたローラが答えてくれた。
その時、遠くで低い振動が走った。
まるで巨大な獣が目を覚ましたような感覚に、思わず息を呑む。
「出航準備が整いました」
淡々とした声が船内に響く。
低く響く振動が、足元からじわりと伝わってきた。
「何が……起きている?」
思わず呟いたその瞬間、足元がわずかに沈んだ。
いや――沈んだのではない。
浮いている。
「……っ」
理解するより先に、身体がそれを拒絶する。
重力の感覚が、ほんの一瞬だけ曖昧になる。
「重力制御、安定。発進ハッチ、解放確認。
離陸します」
またも声が響いた直後、腹の底がふわりと浮くような、奇妙な違和感が走る。
揺れがない。
軋みもない。
音すらも、必要最低限に抑えられている。
まるで大地そのものが、そっと手を離していくような浮上だった。
そして。
「外部確認。上空への離脱、完了」
ふと、窓の外が明るくなった気がした。
不思議に思って目を向けた瞬間、言葉を失う。
さっきまでの地下の闇はもうない。
窓の外には、夜の名残を帯びた青白い空が広がっていた。
驚きを抑えきれぬまま、とにかく彼女について進むと、重厚で落ち着いた意匠の扉が静かに連なる廊下に出た。
規則正しく続くその光景に、まるで城の中の居住区画を歩いているかのような錯覚を覚える。
「レオン様はこちらをご利用ください」
一つの扉の前で足を止めたローラが振り返る。
「護衛の方お一人は、内部に続き部屋がありますので、そちらへ。
それ以外の方は申し訳ありませんが、休憩室をご利用ください」
彼女が部屋の扉に何かを差し込むと、静かに解除音が響いた。
促されるまま中へと足を踏み入れ――目を丸くする。
広い空間に中央には低い卓とソファが置かれ、脇には休息用の寝台まである。
移動のための空間というより、最初から“滞在すること”を前提に設計されているようだった。
「……帝国まで何日ほどかかるのでしょうか?」
驚くばかりで、具体的なことを何も聞いていなかった自分に気付く。
「あっ、心配なさらないでください。
寝台を使うほどの時間はかかりませんよ」
ローラは俺の様子に、慌てたように訂正を入れる。
「帝国側まで二時間もあれば到着しますから。
今回は山火事の鎮火作業もあるので、着陸場所まではもっと時間がかかるでしょうけれど」
――待ってくれ、情報量が多くて整理が追いつかない。
帝国までたったの二時間?
それに鎮火作業?
「普段はもっと小型の物を使うことが多いのですが、今回は同行者も物資も多いですからね」
困惑する俺に気付かず、説明を続けるローラ。
「……これ以外にも船が?」
「いえ、ここまで大型の物はこれだけです。
保管にも気を遣いますし、なにより、あまり使う機会がありませんので」
どうにか絞り出した問いは、今聞く必要もないことだった。
ローラの口ぶりは、まるで“作れはするが、必要がないから作っていない”と言っているようで。
しかも、“大型の物はこれだけ”という言葉は、裏を返せば、それ未満の規模なら他にも存在すると認めたようなものだ。
俺はますます困惑を深めるしかなかった。
「個室の方が落ち着くかと思いまして。
あ、でも、荷物を置いたら、一度ラウンジまでお越しくださいね。
同行者の紹介と、詳しい予定をお話ししますから」
そう言って部屋を辞そうとするローラを、俺は慌てて引き止める。
こんな状態で置いて行かれても、落ち着けるはずがない。
「今すぐラウンジに伺います」




