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side:レオン
カーハインドという土地は、知れば知るほど異常だった。
まず領内の整備に魔道具が使われていたこと。
なにより大掛かりな物だけでなく、民が持つクワやスキさえ魔道具だったことには、目を疑った。
帝国にも魔道具はあるが、専ら戦争の道具としてしか使われていない。
一部兵器から転用して、大岩を砕いたり坑道を掘ったりすることに使われている物はあるが、元が兵器だったことに変わりはない。
それがここでは、生活に密着した道具が魔道具化され、民が当たり前のように使っているのだ。
俄には信じられない光景だった。
農具を魔道具化したことで、農業の効率は何倍にも跳ね上がったという。
当然だろう。一人のあたりの作業量が全く違うのだから。
「この農具のおかげで、子供を労働力として数えずに済むようになった」「その分、勉強をさせてやれるようになった」と、皆が嬉しそうに口にしていた。
――その言葉を聞いて、俺はこの地の未来を垣間見た気がした。
魔道具は、“人を殺す”ための道具ではない。
“人を生かす”ための道具なのだ。
この魔道具を帝国にも持ち帰りたい。
帝国の民にも、この可能性を知ってほしい。
俺は所詮、偽物の商人。
この姿だって仮初だ。
だが、こんな取引ができるのならば、商人も悪くない。
――そう思った。
次に驚かされたのは、新たに作られたという学校だった。
大きなガラス窓が信じられないほど使われ、壁には寸分違わぬ大きさのレンガが積み上げられている。
ガラス窓の数など、皇宮より多いのではないか。
なにより驚くべきは、この品質の資材を、この規模の領地で揃え切ったことだ。
一体どれほどの金を注ぎ込んだのかと眉を寄せたが、聞けばガラスもレンガも全て領内で作られたものだという。
しかもレンガは魔道具による大量生産、ガラス窓は従来とは異なる製法によるものらしい。
……なぜこの領地には、帝国すら持たぬ技術が溢れているのだ。
しばし学校を見上げ、考えに沈んでいると、門から少女が出てくるのが見えた。
「失礼。随分立派な学校ですね」
声を掛けると、少女は訝しげにこちらを見上げる。
「……ありがとうございます?」
警戒されているな。
「入学希望者も多いのでは?」
「ええ。かなり多いと聞きます」
愛想よく笑いかけても、少女の警戒は薄れない。
「なるほど。では、誰でも入れるわけではない?」
「希望者の中から、学力や才能を見て選んでいるそうです」
……帝国では、もう少し反応が柔らかいのだがな。
「身分は関係なく?」
「それは当然です。ここはカーハインドですから」
なぜ当たり前のことを聞くのかと言いたげに、視線を鋭くする少女。
不審がられたことを悟り、咄嗟に言葉を重ねる。
「いえ、私も入学を希望しておりまして……
見学できませんか?」
何気ない風を装って尋ねる。
だが少女は、私を値踏みするように見つめ返した。
「……外部の方ですか?」
「ええ。帝国から来た商会の者です」
その瞬間、少女の目つきがわずかに変わる。
「でしたら、勝手には案内できません」
「というと?」
「この学校は、カーハインドでも特別な場所ですから」
少女は警戒を隠さないまま、きっぱりと言い切った。
「見学自体は可能です。ただ、姫様が関わっておられる案件ですので、許可が必要になります」
――ローラの。
内心でその名を転がした瞬間、自分でも驚くほど素早く口が開いていた。
「ぜひ申請したい」
その後、少女に「役所へ行け」と半ば追い払われるように言われたが、もう気にならなかった。
――だがまさか、学校の案内をローラ自ら買って出てくれるとは。
あの少女の警戒ぶりを見る限り、学校側へ話くらいは通していたのだろう。
だからこそ、ローラの耳にも入ったのかもしれない。
そう考えると、あの少女へ声を掛けたのは正解だったな。
ローラは俺を探るつもりで来たのだろう。
だが、それすら嬉しいと思ってしまう辺り、俺は相当浮かれているようだ。
学校の案内を受けながら、ローラの想いや考え方に触れる。
なぜこんなに教育に力を入れるのかと問うた俺に、ローラは強い眼をして言った。
「善人が、善人のままで生きていける社会を作りたいから」
なるほど、と思う反面、危うさも感じる。
「……それは、誰を犠牲にして成り立つ理想なんだ?」
口調を取り繕うことも忘れて、思わず口をついて出た俺の言葉に、ローラの笑みがぴたりと止まった。
「誰も犠牲にするつもりはありません」
返答は、驚くほど早かった。
迷いすらない声音に、背筋が薄く粟立つ。
「……人はそんなに都合よくありませんよ、カーハインド嬢。
誰かを救えば、別の誰かが割を食う」
「だから教育が必要なのです」
ローラは静かに言った。
「奪う以外の方法を知らないから、人は奪い合うのです。
騙す方が早いから、弱い者が搾取される。
目先の利益しか見えないから、国が疲弊していく」
その眼差しは、理想を語る少女のものとは思えないほど真っ直ぐだった。
「皆が学べば、もっと多くの選択肢を持てます。
善良であることを、損だと思わずに済む社会に近づけます」
「……悪人はどうするのです?」
「減らします」
それができれば、どれほどいいか。
だが、誰かを切り捨て誰かを救う。
為政者には、必ずその選択を迫られるときがくる。
――その時もなお、彼女は同じ目をしていられるのだろうか。
……その理想が、いつか彼女自身を傷つけることにならぬよう、願わずにはいられなかった。




