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side:近隣領の領主
贔屓にしている商会の者から、内々の話があると連絡を受けた。
最近は、他領から流れてくる安価なもろみを輸入することで、領内が少しだが落ち着いた。
もっと取引量を増やすように命じていたため、その報告かと思ったが――
「雑穀の種だと?」
「はい。カーハインドの商会に、もろみの輸入量を増やせぬかと打診したところ、これ以上は無理だと断られまして……。
ただ代わりに雑穀の種を出すと」
――何を考えている?
他領に種を出すなど普通はあり得ぬこと。
それは食料ではなく、来年以降の収穫を渡すことと同義だからだ。
「それも痩せた土地でも育ち、大した手間もかからないとか」
「そんな夢のような作物があるものか」
あまりに荒唐無稽な内容に、鼻で笑うしかなかった。
なにか新手の詐欺にでも引っかかったのだろう。
「どんな見返りを要求されたのだ?」
ただ、夢を語り、こちらから何を奪おうとしているのか。それは聞いておかねばならない。
「それが……『領内の安定を願っているだけだ』と、特に何も要求されませんで……。
値段も、もろみと同程度でよいとのことです」
「そんな馬鹿な話があるか。儲けにならぬではないか」
商会が利益を見込まぬ取引をするはずがない。
この条件はあまりに異様だ。
「ただ味はよくないそうです」
そんなもの、もろみでさえ有り難がって食う者たちだ。
味など二の次で良い。
言葉が続かず、卓上に重い沈黙だけが落ちる。
「……その種は食えるのか?」
「はい。他の穀物と同じく、収穫した穀粒をそのまま次の種として使えるそうです」
「ならばそれを食料として回せは良かろう。
もろみと同程度の値ならば買っておけ」
「しかし、この取引は今回限りだと……」
商会ならば継続的な取引を求めるものだ。
私は探るような視線を向けた。
「……裏に誰がいる?」
「……おそらくですが、カーハインドの領主かと。
種の販売など一商会の判断ではできません。
それに彼の地の雑穀の備蓄が、一斉に流れたとの噂も聞いています」
つまりこれは……カーハインドからの支援か。
それも商会を挟むことで、こちらに干渉する意図はないと示している。
私はしばし思案し、指先で卓を軽く叩いた。
「……ありがたい。だが――」
わずかに目を細める。
「それは、長く残る支援だな」
「いかがなさいますか?」
商会の者が顔色を窺うように問うてくる。
「受けない選択肢はない。
この地には、もうそれだけの猶予もないからな」
この借りをどう返すことになるのか、先々の不安はある。
だが明日にでも大きな暴動が起こり、領地そのものが失われる可能性もあるのだ。
背に腹は代えられぬ。
「だがカーハインド領には、なぜそんな余力があるのだ?」
思わず口をついて出た疑問に、商会の者が困ったように眉を下げた。
「あの地は陸の孤島で、我が領以上に交易路の確保も難しいはずだが……」
「詳しい内情はわかりませんが、食いぶちを求めて流民が集まっているのは確かです」
「……流民を受け入れているのか?」
流民など治安を乱す火種にしかならん。普通なら追い払うものだが……
「追い返されるどころか、職まで与えられているとか」
「職だと?」
「詳しくは不明ですが、開墾や土木工事に従事している者が多いようです」
それほどの仕事があの地にあるというのか。
なぜ……
目を伏せ考えるが、答えは見つからない。
「それとこれは別件ですが……
領内で余っている孤児が居れば引き取りたいと」
「孤児だ?」
眉を寄せる。
「孤児などそこらに溢れておるが。
そんなもの集めてどうするのだ」
「なんでもカーハインド領主の娘が子供好きで、不遇な環境にある者を連れて行くと、商会の覚えがめでたくなるそうで……」
眉唾物だな。
小汚い孤児を連れて行って喜ぶ娘が居るとは思えぬ。
人に言えぬようなことでも、させておるのではないのか?
とはいえ孤児など労働力にもならん。
領内を荒らすか野垂れ死ぬかのどちらかだ。
居なくなれば食い扶持も減るのだから、くれてやれば良い。
その後の扱いなどこちらが気にする必要もないな。
「適当にその辺りの孤児を捕まえて、引き渡してやれ」
「かしこまりました」
――カーハインドには理解できないことが多く、気味悪ささえ感じる。
ただ、それでも支援を受けられるのならば有り難いことだ。
他に助けてくれる者など、この国には居ないのだから。




