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side:レオン
「どうであった?」
マケイド殿から献上された黄金酒と琥珀酒の香りを楽しみながら、陛下が愉快そうに問いかけてくる。
「……陛下は一体、どこまでご存知だったのですか?」
「どこまで、とは? 儂は何も知らぬ。それゆえ其方を向かわせたのだ」
歴代皇帝たちは帝国を拡大することに心血を注ぎ、周辺諸国を次々と飲み込んできた。
その結果、帝国は強大な国となった。――だが同時に、その繁栄は大きな歪みも生み出した。
広大になりすぎた国土は王都の目が届かぬ地方を増やし、膨れ上がった貴族社会は国の意思決定を鈍らせる。さらに官僚の腐敗、民族間の対立……帝国の内側は、既に綻びだらけだった。
陛下はそれらを立て直すため、即位以来、一貫して内政改革に力を注いでこられた。
ゆえに他国――それも辺境の一領地について、そこまで詳しくないというのも理屈としては理解できる。
……理解は、できるのだ。
だがこの陛下が、何の考えもなく俺をカーハインドへ向かわせるだろうか。
「それで、面白いものはあったのか?」
― ―黙り込み思考に沈みかけていた俺を、陛下の声が呼び戻した。
「ええまあ。……あれを"面白い"と言ってしまってよいのかは甚だ疑問ですが」
人も領地も気の抜けないものばかりだった。
特にあのハイドという商人。
ずっと笑顔を保っていたが、目の奥は笑っていなかった。
それに……領主の娘であるはずのローラとも、随分親密な様子だった。
「ほう……。あの地をお前はどう見る」
試すような目で俺を見据える陛下に、言葉が詰まる。
――俺自身まだ答えが出ていないのだ。
「……ケルファの中枢が知れば、間違いなく潰しにくるでしょう。それも全力で」
「そうであろうな。
あの国は潰すことと奪うことしか知らん」
「それを防ぐほどの力はないように思えます」
「ならば、どうする」
陛下は静かに酒杯を揺らした。
「見捨てるか?」
「……」
「あるいは、帝国が囲うか」
その言葉に、俺は思わず顔を上げた。
囲う。
つまり帝国の庇護下へ置くということだ。
だが――。
脳裏に浮かぶのは、ローラの菫色の瞳。
王都へ依存しないために、あの領地は築かれていた。
あれほど警戒していた理由も、今なら分かる。
「……あの地は、他国の庇護など望まないでしょう」
すると陛下は、愉快そうに目を細められた。
「であろうな」
酒杯を揺らしながら、陛下はふと口元を緩める。
「……ならば、いっそ支店でも出させるか」
「支店、ですか?」
「あの酒を扱っているマケイド商会だ。カーハインドに支店の一つでも置けば、交易もやりやすくなるだろう」
支店。
その言葉に、俺は思わず目を細めた。
国として手を伸ばせば、あの領地は警戒する。
だが商会を介した交易であれば――。
「……確かに、表立った干渉よりは受け入れられやすいかもしれません」
「今抱えている仕事は早めに片付けておけ。どうせお前も行くのだろう?」
見透かしたような目に、俺は思わず視線を逸らした。
「いえ、別に」
「ほう? では帝都で大人しくしているつもりか?」
「……」
「無理であろう? 強がるでないわ」
陛下はくっくっと喉を鳴らし、肩を揺らして笑う。
「ああそれから、果実酒は分けてくれぬのか?」
ニタリと口元を歪める陛下に、俺は鼻白らんだ。
――さっきまでの威厳はどこへ行ったのだ。
「……どうぞ。あまり日持ちしないそうなので、お早めに」
「待て待て。たまには二人で飲み交わすのも良かろう」
果実酒を渡し部屋を辞そうとした俺に、陛下から声がかかる。
二人で飲むなど、いつ以来だ?
「これは大切な者と飲む酒だろう?」
話の些細までご存じとは。……確かに護衛は付けていた。ただ、その中にまで陛下の手の者が紛れていたとは。
俺を案じてのことなのはわかるが、まだ判断を委ねるには未熟と見られているのも一因だろう。
「いつまでも見習いのままではいさせてやれんぞ」
俺が内心で反応したのが分かったのか、陛下は試すように、しかしどこか愉しげに目を向けてきた。
余裕のあるその姿に、まだ敵わないと痛感させられる。
だが、だからこそ俺はあの地をもっと知りたい、あの地で学びたい。
あの地で得るものは、必ず俺の糧になるはずだ。
皇帝と二人きりで飲んだ果実酒は、甘さの奥に、かすかな苦味を残した。




