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side:マケイド
レオン殿が急に"孤児院に行く"と言い出した。
予定では、これから畑の実りを確認し、その後は酒の保管庫を見せてもらうことになっていた。
あまり勝手な行動を取り、カーハインド側の心証を損ねれば、取引を他へ回される可能性もある。
本来なら「予定通りに行動していただきたい」と釘を刺したいところだが、相手は皇帝陛下の覚えもめでたい人物。
少なくとも、私などとは比べものにならぬ立場の人間だろう。
そんな相手に、こちらから強く口出しなどできるはずもなく、彼に従い渋々孤児院へ向かう。
孤児院に近づくにつれ、子供たちの賑やかな声が聞こえてきた。
遊んでいるのか? 孤児が?
同じように驚いたのであろうレオン殿と共に足を止め、しばし庭を眺めていると――
「じゃあそろそろ、お店屋さんとお客さんを交代しましょうか」
明るい女性の声が響く。
お店屋さん? 商売の真似事でもしているのか?
だが、次に聞こえてきた言葉に耳を疑った。
「値付けは任せるけれど、りんごの原価は五十ジニー、葡萄は百ジニーよ。最後に純利益の高かった人が勝ちだからね」
原価!? 純利益!?
しかも子供たちは元気よく返事をすると、楽しげに作戦を立て始めた。
「まとめ買いなら安くするよ!」
「りんごと葡萄をセットにしたらどうかな?」
口々に売り方を考える様子は、とても子供の遊びには見えない。
「三つ買ってくれたら、おまけで干し葡萄をつける!」
「だめだよ、利益が減っちゃうって!」
「でも回転率が上がれば勝てるかもしれないだろ!」
子供たちは真剣な顔で議論を交わしながら、木箱や紙片を使って店を並べていく。
……まるで新人商人の研修場だ。
「孤児院、ですよね? ここ……」
隣でレオン殿が引きつった声を漏らした。
「ええ。……少なくとも私はそう聞いています」
だが、目の前の光景は私の知る孤児院とはあまりにかけ離れている。
一体どんな人物が教えているのかと視線を巡らせた、その時だった。
「はいはい、喧嘩しないの。値下げ競争をするなら、利益計算も忘れないこと」
子供たちの輪の中から現れた人物を見て、私は目を見開いた。
――若い娘?
陽光を受けて輝くピンクゴールドの髪に、場違いなほど整った容姿。
服装こそ平民服を着ているが、身分ある者だろうというのは一目でわかる。しかも周囲の子供たちは、彼女へ向ける視線に強い信頼を滲ませている。
隣のレオン殿が息を呑むのかわかった。
一先ず玄関に周り、孤児院の者に「寄付に来た」と伝えると中に通された。
「急に押しかけて申し訳ない。私はサイブル帝国で商人をしておりますマケイドと申します。
こちらは……」
私が言葉を探していると、レオン殿がすかさず一歩前へ出た。
「レオンと申します。マケイド様の下で見習いをしております」
「ご丁寧にありがとうございます。
私はこの孤児院の院長をしております、スーザンです。
それで本日は寄付のお話だとか……?」
対応してくれたのは温和そうな女性。歳のころは五十代といったところだろうか。
「はい。この度、こちらの領地のハイド商会様とご縁をいただきまして。せっかくですので領地にも少しばかり還元できればと思い、伺わせていただきました。
こちら些少ですがお役立てください」
「それは遠方からわざわざ……ありがとうございます。ありがたく頂戴いたします。
ハイド商会というと……熟成酒のお取り引きですか?」
「はい。他にも色々と取引していただいていますが、メインはそうですね」
やはり熟成酒はこちらでも有名なのか。
「そうでしたか。ではよろしければ寄付のお礼に、こちらをお持ち帰りください」
そう言って女性が差し出したのは、オレンジ色の液体が入った乳白色の瓶。
「――これは?」
「こちら、孤児院で製造を任せていただいている、果実酒です。領内で採れた果樹を使用しているため数が少なく、領内でしか販売していない物なのですけれど。
ですが領内では熟成酒と同じくらい、人気なんですよ」
院長はどこか誇らしそうだ。
それにしてもあの熟成酒と人気を二分する酒とは。
「……任されている、とは?」
ここでレオン殿が口を開いた。
「ええ、ええ。実は姫様の元で領内のお酒の製造を取り仕切っているのが、この孤児院出身の者でしてね。
その縁もあって、お任せいただいております」
酒を任されたこと以上に、その者の活躍が嬉しいのだろう。
顔を綻ばせて語る姿は、母親のようだ。
それにしても、孤児から領主の娘の側近になった者がいるとは。
先ほどの市場で見かけた子供も、夢物語を語っていたわけではなかったのだな。
「――ところで先ほど、子供たちの姿を見かけたのですが、とても先進的な教えをされているんですね」
先ほどから何度も孤児院の庭へ視線を向けていたレオン殿が、意を決したように尋ねた。
「ああ、あれは遊びの一環だったのですけれど、姫様が色々とアドバイスをくださるうちに、どんどん本格的になってしまいまして」
院長はくすくすと笑いながら答えた。
「驚かれました?」
「ええ、とても」
「ふふふ。特に今日は姫様がお越しですから、皆いつも以上に張り切っていたのでしょうね」
「では、先ほど子供たちと共に庭にいた女性が、領主様の娘君で?」
レオン殿が目を丸くして問いかける。
私も驚いた。まさか領主の娘が、孤児たちの面倒を見ているとは。
「ええ、おそらく姫様でしょう。お忙しいでしょうに、孤児たちを気にかけて、よく顔を出してくださるんですよ」
「――ぜひ、ご挨拶させていただきたいのですが」
レオン殿が窺うように言うと、院長は少し困ったように眉を下げた。
「少々お待ちくださいね。お伺いを立ててまいりますから」
それでも、勝手に判断はできないと思ったのだろう。そう言い残し、部屋を出ていった。




