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side:ハイリンヒ
商談の翌日、マケイド殿から「領地を観光したい」と申し出があった。
山を越え、遥々この辺境まで来た相手に、「商談だけ済ませて帰れ」とは言えない。
よって、こちらとしてもその申し出を受け入れたのだが、案内役を付けようとすると、「気ままに見て回りたいので案内は不要」とやんわり断られてしまった。
重要施設には見張りを立たせているため、許可のない者が立ち入ることはない。問題はないと思うが……あの正体の知れない黒髪の男も一緒なのだと思うと、どうにも胸騒ぎがする。
情報局に警戒を促す連絡を入れておこうか。
◇
side:レオン
マケイドに連絡を入れさせて、領地視察の名分を得た。
昨日の男も只者ではなかったが、この領地はどこも異常だ。
そもそも、入領する者に許可証を発行するなど、なぜそこまで手間のかかることをするのか。
疫病対策? ――ならば隔離でもすれば済む話だ。
山賊対策? ――関所を設け、出入りを監視するだけで十分だろう。
それなのに、この領地は名前や出身地はもちろん、滞在目的、滞在先、滞在期間、さらには同行人数に至るまで把握している。
ただ旅人を管理するにしては、些か徹底しすぎていないか?
……人の流れを監視している?
間者の炙り出しのため?
そこまでして隠したい何かがあるというのか。
そんなことを考えていると、領都で一番大きいという市場に辿り着いた。
「作物の種類が多すぎる」
市場に並ぶ野菜や果実を見回して驚いた。
辺境とは思えない品揃えだ。
麦のような主食だけではない。香草に豆類、見慣れぬ果実、帝都では高値で取引される野菜まで当たり前のように並んでいる。
しかも、どれも鮮度が良い。
つまりはこの土地で育てられているということだ。
普通の領地なら、土地に合う作物へ絞るはずだ。種類を増やせば管理も難しくなる。病害虫の被害も読みにくい。まして辺境なら、まずは収穫量を優先する。
「一つが駄目になっても、他で補うつもりか……?」
だが本来なら、こうした不足は交易で補うものだ。
土地に適した作物へ絞り、生産効率を高め、足りないものは他領から買う。それが最も一般的で、最も効率の良い形。
にもかかわらず、この領地はわざわざ自領内で、多種多様な作物を育てている。
――まるで。
「……他領と取引できなくなる状況を、想定しているようだな」
ぽつりと漏れた呟きに、隣を歩くマケイドが目を瞬かせた。
もし街道を封鎖されても、もし中央に物流を止められても、この領地だけで回せるように備えている?
もしかしてこの領地は、“中央に頼らず生きるつもり”なのではないのか。
「興味深いな」
口元が緩むのを感じながら、困惑するマケイドを尻目に、俺は市場の者に声を掛けて回る。
誰もが他人に親切で、生き生きと働いている。
……帝国の者はどうであろうか。思わず自国に思いを馳せた。
市場の者たちは皆、領主一家を慕っており、驚くことに悪く言う者が一人として居なかった。
万人から支持される為政者など存在するはずがないというのに。
そして、その中でも特によく名前が上がったのが、皆に"姫様"と呼ばれているカーハインドの一人娘だ。
「姫様のおかげで」「これは姫様が持ち込んで」「姫様が考られて」――誰もが誇らしそうにその名を口にする。
「民にここまで慕われるか、普通……」
呟きは、人々の喧騒に紛れて消えた。
「おっちゃん、もうちょいまけてくれよ!
三つ買うからさ」
そのとき、不意に明るい子供の声が耳へ飛び込んできた。
見れば、まだ幼い少年が慣れた様子で店主に軽口を飛ばしている。
「おし、じゃあ三つで600ジニーにしといてやるよ!」
店主も楽しげに応じている。
「一つ200ジニーが三つで600ジニー……変わってねえじゃんか!」
「おっ! 計算が早くなったじゃねえか」
「当たり前だろ! 俺は将来、姫様の側近になる男だかんな」
側近――?
どう見ても貴族の子には見えない。むしろ身なりは貧しく、平民、それも裕福ではない家の子供のように見えるが。
「失礼、あの子は領主様の縁者か何かですか?」
思わず近くにいた店主へ問いかける。
「ん? ああ、あの子かい? 孤児院の子だよ」
「孤児……?」
俺は小さく目を見開いた。
だが、先ほど少年は当たり前のように値札を読み、暗算をこなしていた。
帝国では、孤児など文字も数字も知らぬまま、日雇い労働へ流れることが珍しくない。
「なぜ孤児にあれほどの学が……?」
思わず漏れた呟きに、近くにいた店主が「ああ」と笑った。
「姫様が、“子供には等しく教育を受けさせるべきだ”って考えで、孤児院にも支援してくださってるんだよ」
「教育を……?」
「読み書きや計算だけじゃない。働き口の世話までしてくださるからね。今じゃ孤児院出身者でも、うちの領地じゃ即戦力だって歓迎されるのさ」
また、“姫様”か――。
市場を歩いてからというもの、その名を聞かなかった時がない。
それに、学がなく保証人も居ない孤児は、どこへ行っても厄介者扱いされるのが普通だ。
それがここでは歓迎されているなんて――俄かには信じがたい。
「……行ってみるか、孤児院に」




