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side:カーハインド領の領民
姫様がまた新しいことを始められるそうだ。
なんでも乾季の恒例行事だった川浚えをやらなくてよくなるとか。
あれは重労働だったから助かるな。大人の真似事をして溺れる幼子も減るだろう。
――おらたちはずっと前、じいさまのじいさまの頃からこの地に住んでる。
この地がカーハインド領になるよりも前の事だ。
天災が多く、食い物も足りねえ。
飢えと寒さで、毎年のように人がばたばた死んでいく。
ここは、もともとそんな土地だったらしい。
それが、初代様が領主になられてからは、少しでも領民に食料が行き渡るようにと、私財を投げ打ち、商人として培った人脈を使って、この地に食料や物資を集めてくださるようになったという。
おらの家には、代々その話が伝わってる。
「自分の懐を削ってまで領民を助ける領主なんておらん。飢えずに済んだのは領主様のおかげだ」
そう、じいさまも曾じいさまも口を揃えて語っていた。
だからおらも、「お前がこうして生まれて、元気に生きていられるのは領主様のおかげだ。恩を忘れるな」と言い聞かされて育った。
それに、優しかったのは初代様だけじゃない。
代々この地の領主様は、みな領民思いの方ばかりだった。
食うに困るほどの税を取り立てられたことはないし、不作の年には税を軽くしてくださることさえあった。
旅の巡礼者や行商人の話では、領民に重税を課して、自分たちだけ贅沢をしている領主も珍しくないらしい。
そう考えると、ここはずいぶん恵まれた土地なのだと思う。
そんな領主様の末姫様が頻繁に領地に顔を出されるようになったのはいつの頃からか。
まだおらの腰ほどの背丈もない頃からいろんな村に顔を出しては、領民に日々の困りごとや悩み事を聞いて回られるようになった。
最初は「領主様の真似をしてるのか?」なんて、領民もみんな微笑ましく見守ってたけど、姫様の目はいつだって真剣で、おらには子供の遊びとは思えなかったな。
その辺りからだ。おらたちの生活が大きく変わり始めたのは。
新しい作物と調理の仕方が伝えられ、領内の食料が増えた。船が沈まなくなり、漁師が死ななくなった。遊水地が作られ、洪水が減った。病気になれば薬がもらえるようになった――。
数えればきりがないほどの変化があり、その度に生活が楽になった。
聞けば全部姫様が始められたことだという。あの小さな姫様が。
きっと、おらたちのために、あんなにも真剣に話を聞いてらしたんだなあ。
初めは変わることを怖がっていたやつらだって、今じゃ「姫様が始めたことだ」って聞けば、喜んで参加するようになった。
――そんな姫様が川にへんてこな大きな船を浮かべて、なにやら作業してらっしゃるから、みんなで聞きに行ったんだ。
そしたら「川さらい機を作った」なんておっしゃるから驚いた。
またおらたちのために新しいもんを作ってくださったんだなあ。
そのときに試しに使ってみてほしいと渡されたクワと鋤にはもっと驚いた。
いつもとおんなじ力しか入れてないのに、驚くほど簡単に土が起きて一振りで何歩分も耕せたんだ。
これがあれば農作業が楽になる。
「姫様、これはすげえだ」
目を輝かせたおらたちが詰め寄ると、姫様は苦笑いをしながらこの道具について説明してくださった。
なんでもこのクワや鋤は”魔道具”ってやつらしい。
だからずっと使えるんじゃなく、上についてる魔石が曇天色になったら普通のクワや鋤に戻っちまうんだと。
でもしばらくの間は、曇天色になった魔石を交換所に持って行くだけで、無償で新しいものに変えてくれるそうだ。
その代わり、農作業にかかる人手が減ったなら、その分子供たちに学をつけさせてやってほしい――そう頼まれた。
正直なところ、おらたち農民は読み書きができなくても生きてはいける。
それに子供だって、農家にとっちゃ立派な働き手だ。だから最初は、子供に勉強なんてさせる余裕はねえと思ってた。
だが、たとえ孤児でも、実力さえあれば姫様が側近として取り立ててくださると聞いて、みんな目の色を変えた。
今じゃ、どこの家も少しでも時間を作って、子供を学ばせようとしてる。
とはいえ、おらたちに教えられるような学はない。
せいぜい、月に数度、礼拝堂へ来てくださる修道士様のもとへ通わせるくらいだ。
それでも農作業の忙しい時期になると、それすら難しくなる。
学ぶことを楽しみにしている子供たちにも、わざわざ足を運んでくださる修道士様にも、申し訳ないと思ってたんだ。
でもこれがあれば、子供たちがいなくとも畑を耕せる。
親としても、こんなありがたいことはねえ。
これでまた生活が楽になる。
――ただ、領主様が領の税を下げてくださった三年ほど前から、カーハインドへ流れてくる流民が増えた。
今のところ大きな騒ぎは起きていないし、人手が増えたおかげで助かっている部分も多い。だが、生まれ育った土地が違えば、考え方や常識も違う。
おらたちには当たり前のことでも、あいつらにはそうじゃねえ。逆もまた然りだ。
そのせいで、小さないざこざになることも増えてきている。
この先さらに流民が増えたとき、今と同じようにやっていけるのか――ふと不安になることもある。




