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「あんさぁ姫、実は俺も頼みがあんだけど……」
時間加速装置の可能性に思いを馳せていると、ルーカスがどこか歯切れ悪そうに声をかけて来ました。
普段はどちらかと言うとはっきり物を言うルーカスですから、このように歯切れの悪い話し方はしないのですが……。
――ルーカスは、農務局の局長です。
農務局は、領内の農地整備や管理、飢饉対策、新しい農法の普及などを担う部署です。
ですか、どれほど優れた政策を打ち出しても、実際に畑を耕す農民たちが納得しなければ意味がありません。
ですから、農務局において最も重要で、そして難しい仕事は、農民との調整と言えるでしょう。
農務局の者には元農民も多く、私以上に農業へ精通している者も少なくありません。
そのため、起こりうる問題を事前に解消し、私の考えを農民たちへわかりやすい言葉で伝え、双方の間を取り持ってくれています。
彼らの陰働きがあるからこそ、領内の農業改革は順調に進んでいると言っても過言ではありません。
そんな農務局の中でもルーカスは、局長という立場にありながら、誰よりも農民――なかでも弱い立場の者たちに寄り添って物事を考えられる人です。
民からの信頼も厚く、農業とは関係のないことでも、何か問題が起きれば真っ先に相談を持ちかけられるのはルーカスでした。
また何か相談事でも持ちかけられたのでしょうか?
「なにかありましたか?」
「……前に姫が作ってた、ドライフルーツだっけ?
孤児院に作り方教えちゃいけねえ?」
ルーカスは孤児院育ちで、今でも頻繁に顔を出し、寄付をして孤児院を助けています。
「別に構いませんけど……孤児院の運営が苦しいのですか?」
孤児院には領からも補助金を出しています。
食べる物に困るほどではないと思うのですが……
「いや……そーゆー訳じゃねーんだけど。
ああいうのって食わなくても生きていけっけど……もっと気楽に食えたらいいのになって」
「運営費から購入できないのですか?
補助金が増やせないか試算してみましょうか?」
孤児院の子供たちは今も畑を耕したり、運営費の足しに街で簡単な仕事を請け負ったりと、他の子供たちに比べて忙しく働いています。
これ以上時間を奪うことはしたくないのですが……。
「いや、そーじゃねえんだ。そーじゃなくて……
今でも買えるんだけど、やっぱガキどもが遠慮するんだよな。
誰かに貰った金で贅沢してる気がして落ち着かねーんだと思う」
ルーカスから伝えられた言葉に、私は衝撃を受けました。
孤児院の子供たちは、寄付で育てられることに負い目を感じでいたのですね……。
「だから自分らで作れば、もっと気楽に食べられんじゃねーかなって」
なるほど。――しかしそれでは、根本的な解決にはならないのではないでしょうか。
ドライフルーツを気兼ねなく食べられるようになったとしても、子供たちの中にある"負い目"はなくならないでしょう。
「……だったら。
――果実酒の製造を孤児院に任せましょうか」
「ゔえっ!? いや、果実酒はこの領にとって大事なもんだろ? 交易品にするんじゃねーの?」
「いえ。ウィスキーと、新しく作り始めたブランデーは交易品にするつもりですが、果実酒は長期保存に向きませんから。『カーハインド領でしか飲めないお酒』として売り出すつもりです」
「領内でしか飲めない酒か。それもいいな」
ピクリと反応したお父様が、感心したように頷いています。
「でも子供たちにお酒作りは大変なんじゃないかい?」
確かにハイリお兄様の言う通り、お酒作りは簡単ではありません。
特に果物は傷む前に加工を済ませなければなりませんから、収穫時期はかなり忙しくなるでしょう。ですが――
「果実酒なら、仕込みの時期さえ乗りきれば年間を通して収入を得ることができます。お酒は単価も高いですから、孤児院にとってはなかなか大きな収入源になるかと。
それに保存時の温度や湿度の調節は魔道具に任せられますし、大掛かりな設備もいりませんから、蒸留酒ほど難しくはありません。
果物の選別や洗浄、瓶詰めなど、子供たちでもできる作業は多いですし、大人がきちんと管理すれば十分回ると思うのです」
今、孤児院の子供たちが耕している畑は、自分たちが食べるためのものがほとんどで、それ自体が収入になるわけではありません。
街での仕事で得られる金銭も僅かばかり。
ですが果実酒を作り販売すれば、孤児院は大きな現金収入を得ることができます。
そしてそれは、孤児院の助けになるだけではありません。子供たちにとっても、「自分たちの力で生きていける」という自信に繋がるはずです。
誰かに施されるだけではなく、自分たちの働きで得たお金で暮らしていける。そうなれば、後ろめたさを抱く子も減るのではないかと思うのです。
「まあ領内で消費する分なら、本数が少なくても、もし失敗してもなんとかなるしな!」
マルクお兄様がにっこり笑っておっしゃいます。
「そうだね。任された仕事を失敗しちゃうってかなりキツイけど、せっかくだからそういう感情も知ってほしいよね」
アルフお兄様もどこか楽しそうに目を細めながら頷きます。
「そうね。今なら何かあっても、私たちがフォローしてあげられるわ」
お母様も優しく微笑みながら賛同してくださいました。
「どうですか? ルーカス」
「ありがてえっ……!」
ルーカスは深々と頭を下げました。
「お父様、いかがですか?」
「反対はしないよ。
ただ働くのは子供たちだ。
無理をさせない体制作りは必要だよ」
そうですね。忙しい時期はこちらからも手伝いを出すなど、負担を増やさないための配慮がいりますね。
「それに、正式に仕事として任せるのであれば、他の酒蔵と同じように機密保持の契約も結ばねばならないし、売上の一部も領へ納めてもらう必要がある。
特別扱いは、きっと彼らの望むものではないだろうからね」
――確かに。ここで税の免除などしてしまうと、それは形を変えた施しになりかねません。
「ルーカス、孤児院長や子供たちの意見も聞いて、素案をまとめて提出しなさい」
「――はいっ!」
お父様の言葉に、ルーカスはそれはいい笑顔で返事をしました。
「――ところでローラ、さっきブランデーを作り始めたと聞こえたんだが……?」
――っ!
お父様の声にハッとします。
箝口令を敷いておいて自分で口にしてしまうとは……
「あのぉ、原酒を仕込んだだけで、まだ出来上がるまでは時間が……」
「そういえばアルフレートが、時間加速装置を増設すると言っていたな。
近々ブランデーの試飲会も開けそうだ。楽しみだな」
にっこり微笑むお父様と、がっくり項垂れる私。
それを見て周りはクスクス笑うのでした。




