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side:マルクス
王都最大の闇ギルドが壊滅して五日。
いつものように夜会に参加していると例の若い貴族たちが人目をはばかるように近づいてきた。
「カーハインド卿、少々内密な話がございまして……。
部屋を用意しておりますので、お手数ですが少しご足労願えませんか?」
こいつらの枕元への手紙は、あれ以降も毎日続けている。ついに我慢できなくて接触してきたか。
「構いませんよ。参りましょう。
連れに言付けてきますので、少々お待ちを」
少し離れた場所で談笑していたエルザに、呼び出しの報告をして先に帰るように伝えると、三人が待つ場所へと戻る。
「お待たせしました。行きましょう」
「その――ずいぶんと大切にされているんですね」
「彼女のことですか? 当然です。たくさん助けられましたからね。それに、近頃は物騒ですから」
ちらりと横目で伺いながら言うと、三人は青い顔をして下を向いてしまった。
用意されていた一室に入ると、紅茶をサーブした従僕が頭を下げて出て行った。これで部屋には俺たちしかいなくなったな。
何が入っているかわからねえから紅茶には手をつけず三人と向かい合うが、誰も話し始めず部屋に沈黙が流れる。
「本日は何かお話があると言うことでしたが?」
仕方がないので俺が水を向けると三人は顔を見合わせ、意を決したように一人の男が口を開いた。
「申し訳ありませんでした。反省しています。だからもうやめてくれませんか」
申し訳ないと言いながら、頭を下げることもしないのか。それで謝罪をしているつもりとは。
「何のことでしょう?」
「あなたの大切な者を狙ったことです。
その仕返しに毎朝カードを置いているのでしょう?」
「はて、そのような事は存じ上げておりませんが」
俺はもちろん知らぬ存ぜぬを通す。
「とぼけないでいただきたい! 母も屋敷の者も皆怯えているのです! もう充分でしょう」
何が「充分」だ。エルザは拐われ縛られ髪まで切られてんだぞ。お前らは何の実害も受けてねえだろ。
「そうおっしゃられましてもねえ?
そういえば最近彼女、髪を切りましてね。
長く大切に伸ばしてたんですが、何を思ったのかバッサリと。まあ新しい髪型も似合ってはいるんですけど、女性にとって髪って大切なものでしょう? どう思います?」
「――っ! ………なにが望みですか」
「望みなんて何も。ただ私は愚妹の婚約問題を早く片付けて領地に戻りたいだけです。
その為にも王子殿下には顔合わせの席でハッキリとお断りの言葉を口にしていただけると嬉しいですねえ」
「私たちに宰相閣下の意に背くことをせよと言うのですか!?」
「そんなことは一言も。ただ聞かれたから口にしたまでです。それに婚約話が長引けばそれだけ私が王都に滞在する期間も伸びますからね。
一体何に怯えていらっしゃるのか残念ながら私にはてんでわかりませんが、きっと私が領地に戻ればあなた方も安心して眠れるでしょう」
俺はニコリと微笑むと、黙り込む三人を尻目に部屋を出た。
これで種は蒔いた。ちゃんと芽吹くかは未知数だが、奴らは王都貴族として幼い頃から殿下と面識がある。会おうと思えば会えるはずだ。お手並み拝見ってとこだな。
◇
「マルクス様!」
会場を出るとエルザが走ってきた
「お前なんで居るんだよ? 先に帰れって言っただろう」
「ご主人様を置いて帰れませんわぁ。……とにかくご無事なようで安心しました」
「俺があの程度の奴らに遅れを取るわけないだろ」
「それはそうかもしれませんが、家臣としては心配するものです」
「大体俺はお前のこと家臣だなんて思ってねえよ」
「確かに私はカーハインド家に仕える者ですから、厳密にはカロルド様の家臣ですけれど……。それでも、私を救い上げてくださったマルクス様も、私にとって大切なご主人様ですわぁ」
――伝わらねえ……。
「まあ今はそれでいいか。ほら、帰るぞ」
帰ったら通信機で親父やローラにも報告入れねえと。あとはあの三人の見張りを強化するように情報部に頼んで、宰相の様子も聞いとかねえとな。
今回のエルザ誘拐事件では、ローラも相当頭に来ていたからな。エルザの過去も、あいつがどれだけ髪を大切にしていたかも知っている。だからこそ余計に許せなかったんだろう。
エルザが初めてカーハインドに来た頃、あいつの髪は女とは思えねえほど短かった。無造作に切り落とされた髪はとても年頃の娘のものには見えなかった。
それが今じゃ、あれだけ丁寧に伸ばしてる。
毎朝きちんと手入れをして、少し傷んだだけでも気にするくらいには、大事にしてたんだ。
だから今回の件は、ただの誘拐じゃない。
ローラにとっては、エルザがようやく取り戻した尊厳まで踏みにじられたようなものだったんだろう。
ローラは誰にでも優しい。目の前で零れ落ちそうなものを、出来るだけ拾い上げようとする奴だ。貴族だろうが平民だろうが関係なく、困っている人間を見れば放っておけない。
だが、一度“悪”と見定めた相手には容赦がない。
泣き寝入りを強いる連中も、弱者を食い物にする奴らも、ローラは決して許さねえ。
あいつはいつも言っている。
「正直者が馬鹿を見ない世界にしたい」
「善人が、善人のままで生きていける社会を作りたい」――と。
綺麗事だと笑う奴もいる。
だがローラは、本気でそれを実現しようとしている。理想を語るだけじゃない。泥を被ってでも、そのために動ける奴なんだ。




