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宰相は黙ってしまいました。
カーハインド領の現状が思っていたものと違ったのでしょう。
このまま王族との婚姻話も流してもらいたいのですが………
「まあよい。それでローラ嬢との婚約を考えているのは第三王子のマリウス殿下だ」
そう上手くはいきませんね。
「マリウス殿下は王籍を離れ、カーハインド家に婿入りする方向で考えている」
なっ――! ちょっと待ってください。それは予想外です。
王族が王籍を離れるなどそうあることではありません。
王籍を離れると品位保持費用が受け取れなくなりますし、なにより権威主義のこの国で王族が王族でなくなる、臣下に下るなど受け入れがたいはず。
「ローラ嬢はカーハインド家の一人娘であろう?
私にも娘がいるからわかるが、遠く離れた王都に娘を嫁がせるとなるとお父上は不安だろう」
「しかし婿養子を取れるなら安心だ」
さもこちらのためのようにおっしゃいますが、カーハインド領に大した富がないと見切りをつけて、せめて面倒な王子だけでも引き取らせようとしていますね。
「それは………その………マリウス殿下はご承知のことでしょうか?」
マリウス殿下が王籍を抜ければ、品位保持費用が一人分減る。
王都で政治をする院政家は支払うお金が減るので前向きでしょうが、マリウス殿下からすればお金を取り上げられた上に権威を奪われ、辺境に行けなどと言われて、素直に承諾はしないでしょう。
「殿下にはこれからご説明するが、院政家全てが承諾すればゆくゆくは殿下にもご納得いただけるだろう」
確かに院政家が団結して決めてしまえば、王家の、それも一王子が覆せるものではなくなります。
しかしそれでは王子が納得したとは言えません。
不満を抱えたままカーハインドに来て、王都に向けて兵を挙げろなどと言われては困ります。
「うふふ、伯爵家へ王子が婿入りするなど名誉なことね。カーハインド家末代までの誉になるわよ」
キャサリン様、目が笑っていませんよ。
「あの………一人娘と言いましても私には兄がおりますので………婿入りされてもカーハインド家を継げる訳では………」
「あらぁ、王子殿下が来てくださるのよ、兄君だって相応しい者が継ぐべきだとおっしゃるわよ」
相応しい者? ハイリお兄様以上に相応しい者などいるはずがないでしょう。
「まあその辺りはカーハインド家で話し合えば良かろう。とにかく王子との顔合わせの機会も設けるゆえ、もう少し王都に滞在しておいてくれ」
宰相はこちらに丸投げですか。
宰相としては王子に権力を与えたくはないでしょうから、家を継げない方が都合が良いのでしょうね。
しかし王子から王籍を剥奪するなど、それなりの理由がなければ周りも納得しません。
王家からすればこの件を認めてしまえば明日は我が身ですからね。
院政家の心持ち一つで王籍を剥奪されるなど、いくら王家の力が弱まっているとはいえ、許せることではないでしょう。
宰相が何を考えているのかはわかりませんが、このままではカーハインドが王都の争いに巻き込まれてしまいます。
◇
「ふざけんな。プライドだけ一丁前の元王子なんていらねえ」
宿に戻ってジャミングポインタを起動すると、マルクお兄様一向とカーハインド領執務室の三者で通信機を繋ぎます。
ジャミングポインタは周囲にノイズ音を発生させ、盗聴を防ぐカーハインドの発明品です。情報局が宿の周囲を固めてくれていますから大丈夫でしょうが、念のため。
今日の出来事を話すとマルクお兄様はお怒りですね。
もちろん私もカーハインド領の皆も王子がいらないという点は一致しています。
「だが王籍を剥奪するとなるとそれなりの理由がいるはず。何か掴めていないのか?」
ハイリお兄様の声ですね。
「それがマリウス王子は今の院政家による政をよく思っていないみたいです。王族として自分が政をするのだと周囲によく吹聴しているそうですわぁ」
エルザの報告を聞くと、宰相が「院政家すべての承諾を得る」と自信ありげに言っていたのにも納得がいきます。
院政家にも派閥があり、一致団結して全ての家から了承を得るのは無理ではないかと思っていたのですが、マリウス王子が院政家の敵と見なされているのならば可能かもしれません。
「それに王都の財政も苦しいようで、このままでは品位保持費用を減らすことになるかもしれないという話も聞きました」
今度はシルからの報告です。
なるほど、王族としても品位保持費用を減らされてはかなわない。ならばマリウス王子を切り捨て、少しでも財政にゆとりを持たせたいということですか。
「何よりマリウス王子の後ろ盾になり得る第一王妃は、王太子殿下の御生母でもあらせられます。
同腹の兄を疎んで追い落とそうとするマリウス王子に、良い印象は持たれていないようですわぁ」
マリウス王子は四面楚歌ですね。
本人に自覚はあるのでしょうか?
しかしこれは院政家の策でしょうね。
今まで大きな失態やクーデターを企てた者などが、王籍を剥奪の上追放されることはありました。
それに比べマリウス王子は口では大きなことを言っていますが、実際に何か行動を起こしたわけではありません。
院政家は皆が納得しやすいマリウス王子を槍玉にあげることで、過失がなくとも王籍を剥奪できる前例を作ろうとしているのでしょう。
王族も当面の品位保持費用の為にマリウス王子を切り捨てることが、結果として自分たちの首を絞めるのだと気が付いていないのですね。
もっとも過失がないのだから、国から追放する訳にはいきません。
そこで婿養子という案が浮上し、そこにカーハインド領が栄えているという噂と、陸の孤島という丁度良い立地条件が重なり、白羽の矢が立ったのでしょう。
王族を減らすことは大いに賛成しますが、その後始末をこちらに回すのはやめていただきたいですね。
ひとまず、私との婚約を足がかりにカーハインド領から富を引き出す、という宰相の目論見を潰すことは成功したと言えるでしょう。
しかし王子との婚約を潰すのはより難しくなりました。
こちらに何も求めずにただ王子をやると言われれば、断る理由がありませんから。
まさか王子の人柄が気に入らないのでいりません、などと言う訳にもいきませんし………
正直王子一人食わせるぐらいなら、今のカーハインドにとってはさしたる負担でもありません。
多少の贅沢だって許容しましょう。
しかし王子の人柄や王籍剥奪の経緯を考えると、カーハインド領に来て大人しくしているとは到底思えません。必ず騒ぎ出し、カーハインドを王都との争いに巻き込もうとするでしょう。
カーハインドの平和を脅かす者を招き入れる訳にはいきません。
「とにかく王籍の剥奪などそう簡単に進まないだろう。宰相がそこまでの根回しを済ませているとは思えない。あまり欲をかかず、早く帰ってこい」
確かにお父様の言う通り、そう簡単に話は進まないでしょう。下手に王都に居ると巻き込まれる恐れもあります。
私としても早くカーハインド領に戻りたいのですが――。
「数日中に俺も宰相に呼ばれるだろ。そんときにでもカーハインドに戻れるように話すから、任せとけ」
マルクお兄様、ありがとうございます。




