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「やりましたね!」
「ああ。うまくまとまって良かった」
「ヒヤヒヤする場面もあったけどね」
教皇聖下と別れ、レオ様と共に飛行艇に戻った私たちは、喜びと労いの声を掛け合いながらハイタッチを交わします。
「レオ様も、本当にありがとうございました。まさか王都まで来てくださるとは」
私が声を掛けると、
「カーハインドの危機に、自国でじっとしていられなくてな」
そう言って照れくさそうに笑われました。
(――ああ……本当に独立できたのですね……)
じわじわと込み上げてくる歓喜と同時に、どこか浮き足立つような感覚を覚えながら、思わず握りしめた手にぎゅっと力を入れた――そのとき。
「で、ローラの返事は?」
「……はい?」
「俺の求婚について」
「…………え?」
私はぽかんと口を開けました。
「あれはカーハインドを守るための方便だったのでは?」
「いいや。本気だ」
レオ様は真っ直ぐ私を見据えます。
その熱を孕んだ目には、真剣な色が浮かんでいます。
(冗談……には見えません)
「帝国の皇太子として、嘘や気まぐれであんなことは口にしない」
心臓がどくりと跳ねます。
(どういうこと……!?)
思わず助けを求めるように辺りを見回しました。
けれど家族は皆、示し合わせたようにそっぽを向き、こちらを見ようともしません。
「……カーハインドとの繋がりを強固なものにするためですか?」
家族の助けは期待できないと悟った私は、混乱しながらも、考えられる理由を口にしました。
もしそうであるならば、『皇太子の婚約者』という貴重なカードを切らなくとも、他にやりようがあるはずです。
「まさか。もちろんカーハインドとはこれからも友好的な関係を続けていきたい。だけど、ローラと婚約したいのはそれが理由じゃない」
「……?」
「――俺が、ローラに惚れたんだ」
レオ様は顔を赤くしながらも、私から目を逸らすことはありません。
「最初は……カーハインドの領民が、皆誇らしげにローラの名を口にするものだから、どんな女性なんだろうと興味を持った。――会ってみれば、孤児院の子どもたちと笑い合いながら、本格的な商売まで教えている。そんな令嬢は見たことがなかった」
思い出すように、くすりと笑われます。
「それからは驚かされることばかりだったよ。けれど話を重ねるたび、その突拍子もない行動の裏にある、深くて温かい考えを知って……いつの間にかローラから目を離せないようになっていた」
レオ様はわずかに姿勢を正されます。
「ローラの隣に立てる男になりたい。君と同じ景色が見たい」
そしてすっと膝をつくと、私に向かって右手を差し出されました。
「ローラ=カーハインド嬢。私と婚約してくださいませんか?」
「……」
言葉が出ません。
色々な感情が胸の中に渦巻いて、差し出された手を見つめることしかできませんでした。
レオ様のことはずっと尊敬しています。いつだって国や民のために努力されていて、私たちが困っている時には、当然のように手を差し伸べてくださって……。だから、そんなレオ様からの求婚はとても光栄で嬉しかったのです。
けれど……
カーハインドは、やっと独立を果たしたばかりです。
領地へ戻れば、やらなければならないことが山ほどあります。
もし私がレオ様の婚約者になれば、妃教育を受けるため帝国へ移り住むことになるでしょう。
そうなれば――。
今までのように、カーハインドのために駆け回ることはできなくなってしまいます。
……きっと今を逃せば、レオ様の手を握るチャンスは二度と訪れません。
皇太子殿下であるレオ様に婚約者がいないことの方が、本来は不思議なのです。
今回の話がなくなれば、帝国はすぐにでも相応しい令嬢を選ばれるでしょう。
私に向けられているこの熱を帯びた眼差しが、その方へ向けられるのだと思うと、胸がチクリと痛みました。
ですが、やっと歩き始めたばかりのカーハインドを残して、帝国へ向かうことはできません。
私は一歩後ろに下がります。
そして頭を下げました。
「申し訳ありま――」
「ちょっと待った!!」
断りの言葉を告げようとした私を、レオ様の大きな声が遮ります。
「今のは忘れてくれ! もう一回! やり直しだ!」
目を丸くする私にレオ様は焦ったように言い募ると、姿勢を正します。
「ローラ=カーハインド嬢、婚約を前提として、お付き合いしていただけませんか?」
「えっ……?」
「ローラが今すぐカーハインドを離れられないのはわかってる。なら、今すぐ婚約なんてしなくていい。だから、それが理由ならば断らないでほしい」
レオ様はぺしゃりと眉を下げて、私を見つめています。
いつもの自信に満ちたお顔とのあまりの違いに、私は目を瞬かせました。
「俺は待てる」
「カーハインドが落ち着くまで、何年だって待つ」
「だから、今は婚約を前提に付き合ってほしい」
黙り込む私にレオ様は言葉を重ねます。
帝国の皇太子殿下が、何年も待つなど……そんなことが許されるとは思えません。
ですがこのお方が口にされたのです。約束を違えることは決してなされないでしょう。
自然とそう信じられました。
「はい……。よろしくお願いいたします、レオ様」
言葉は、するりと口をついて出ました。
きっとこれが、迷いも責任も不安も――全てを取り払ったあとに残った、私の素直な気持ちだったのでしょう。
胸の奥に温かなものが広がり、気付けば涙が頬を伝っていました。
「……! ありがとう」
レオ様はそう呟くと、私をきつく抱きしめてくださいました。
レオ様の香りに包まれて、心臓が大きな音を立てます。
「――はい、そこまで」
「うちの妹から離れてくれるかな」
「殿下には節度を持った付き合いをお願いしたいものですな」
お父様、ハイリお兄様、おじい様の声が飛んできて、私は我にかえりました。
(……そうでした。家族の前でした)
慌ててレオ様から離れようと身じろぎますが、レオ様からはより強い力で抱きしめられてしまいます。
「……レオ様?」
「悪い。今だけは離したくない」
「……!」
その余裕のない声に、私の心臓はまた大きな音を立てました。
しばらくして。
「レーオ」
マルクお兄様の嗜めるような声に、レオ様は渋々といった様子で腕を解きます。
ですが距離は近いまま。手が触れ合うほどの位置から離れることはありません。
(そんなに心配しなくても、逃げたりしませんよ)
でもそんな様子も嬉しくて、思わず笑みがこぼれます。
「気持ちはわかるがな。そういうのは二人きりのときにしろ」
不満気に唇を尖らせるレオ様に、マルクお兄様はニヤニヤとしながらおっしゃいました。
「……! そうですね。失礼しました」
レオ様は一瞬目を見開き、すぐに表情を明るくされます。
(それは……私の心臓が持つでしょうか)
「マルク兄様、何言ってるんだよ! 二人きりなんてもっとダメだよ!」
アルフお兄様が慌ててこちらに駆け寄ると、 私を庇うように引き寄せながらおっしゃいます。
「そうだ。二人きりになどさせるものか」
眉を寄せて頷くお父様に、マルクお兄様とおじい様が呆れた目を向けました。
「……全く、父上の過保護は困ったものですね。だが――私もこればかりは同感かな」
そう言って前に踏み出したのは、ハイリお兄様でした。
レオ様と視線を交わし、不敵な笑みを浮かべます。
「殿下、どうぞ私たちを納得させてくださいね。ローラは私たちの至宝です。そう簡単にさらわせませんよ」
挑むようなハイリお兄様の視線を、レオ様は逃げることなく真っ直ぐに受け止めました。そして、どこか楽しそうに口元を緩めます。
「望むところです。あなた方に認めていただけるまで、何度でも挑ませていただきます。……覚悟しておいてくださいね、ハイリ義兄さん」
「っ、義兄は気が早いのでは」
涼しい顔で宣言するレオ様に、お兄様がこめかみを引きつらせます。
「そうだな。それは早すぎる」
「うん。僕も認めない」
お兄様方が一斉に声を上げる賑やかな声を背に受けながら、私は甘い胸の疼きをごまかすように、そっと俯くことしかできなかったのでした。




