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「帝国の……皇太子……?」
謁見の間がにわかに騒がしくなります。
「なぜ皇太子殿下が……」
「来訪の予定など聞いていないぞ」
「なぜ……こちらへ……?」
宰相が恐る恐る問いかけます。
「もちろん今回の件に関しての正式な抗議のためですよ」
レオ様は懐から一通の書状を取り出すと、宰相に向かって差し出されました。
「こちらを。サイブル帝国皇帝陛下より、ケルファ王国へ宛てられた正式な抗議書状です」
「……私が受け取るのですか?」
「ええ。陛下はすでに退席されたようですから。この場に残られた方の中で、王国を代表して受け取る責任を負えるのは、閣下でしょう?」
「……っ」
宰相は顔を強張らせながら、書状を受け取りました。
「内容については、すでに教皇聖下にもお伝えしておりますが――」
レオ様は宰相を見据えます。
「自国が禁忌薬物を輸出したかのような偽りの記録を作成されたこと。そして、その偽りの証拠をもとにカーハインド家へ異端審問を行ったことは、帝国として到底看過できません。よって、正式に抗議いたします」
レオ様の声は静かでした。
けれど、その一言一言には皇太子としての重みがあります。
「貴国におかれましては、迅速かつ公正な調査を行い、その結果をご報告いただきたい。そして、帝国に対する正式な謝罪を求めます」
「ええ……それはもちろん……。はい……」
宰相は顔を青ざめさせながら、壊れた人形のように何度も小さく頷きました。
「そしてもう一つ」
レオ様は言葉を重ねます。
「まだあるのか」と言わんばかりに宰相の顔が引き攣りました。
しかし、周囲の誰もがレオ様の圧倒的な威圧感に呑まれ、口を挟むことすらできずにいます。
「先ほどからお話しに上がっている、カーハインド家とケルファ王国の間の政略結婚ですが――」
レオ様は再び宰相を見据えます。
「これに関しては今ここで、はっきり『行わない』と明言していただきたい」
「……は?」
宰相は言われた内容が理解できなかったのか、思わず呆けた声を出しました。
しかし、見る間に顔を赤くすると、
「いくら帝国の皇太子殿下とはいえ、貴方様にそんな指図を受けねばならない謂れはありませんぞ! それは内政干渉です!」
と、声を荒げました。
「ええ。おっしゃる通りです」
「……?」
レオ様があまりにもすんなりと認められたことに、宰相は訝かしげに眉を寄せます。
「本来ならば、私が口を挟むことではありません」
レオ様は淡々と答えられます。
「ですが、先ほどから聞いていれば、貴方はカーハインド家の娘を嫁がせることを、独立の条件として提示している」
「それが何だというのです!」
「では、独立を認める条件から、その婚姻を外してください」
「……!」
「そうすれば、私が口を挟む理由もなくなります」
「貴方様には関係のないことでしょう!」
「ありますよ。――私が彼女に求婚しておりますから」
「は?」
「彼女への求婚は私が先だと言っているのです。横紙破りはやめていただきたい」
(え……?)
周囲が静まり返る中で、私はひとり目を白黒させていました。
レオ様から求婚を受けた覚えなど、もちろんありません。
ですが――すぐに思い至ります。
きっと、カーハインド家をこの不当な条件から守るための方便なのでしょう。
そう考えれば、今ここで「求婚など受けていません」などと言うわけにはいきません。
私は何食わぬ顔で口を閉ざしました。
「……」
宰相はしばし言葉を失いました。
「お待ちください。殿下がカーハインド嬢に求婚されたなど、私は聞いておりませんぞ」
「それは、貴国に報告する義務があると?」
「い、いえ……そういう意味では……」
「では、何が問題なのです?」
「しかし、我が国としても独立後のカーハインド家との関係を――」
「でしたら、なおさら婚姻を条件にする必要はないでしょう」
レオ様は一歩も引きません。
「友好を望むのであれば、相手の意思を尊重することです。先ほど貴方ご自身が仰ったように、これは友好の証なのでしょう?」
「……」
「ならば、嫌がる相手に娘を差し出させることが、友好の証になると本気でお考えですか?」
「し……しかし、殿下の求婚が事実だとしても、カーハインド家がそれを受け入れるとは限らないでしょう!」
「もちろん。最終的に決めるのは彼女です」
そう言って、レオ様は私を見つめられました。
「私は彼女に求婚しました。ですが、それを受けるかどうかを決めるのは彼女自身です」
「……」
宰相は言葉を返せません。
「もちろん、貴国が正式な手続きをもって求婚されるのであれば、私は口を挟みません」
レオ様の声が、わずかに低くなります。
「ですが、今回のように独立を認める条件として婚姻を迫るのであれば、話は別です」
「……」
「彼女に求婚している身として、私は看過できません」
謁見の間を重い沈黙が支配します。
やがて――
「閣下。撤回すべきです」
ダグラス様が声を上げました。
「相手が求めてもいない政略結婚を押し付け不買の種を撒くことが、国益にかなうとは到底思えません」
「確かに……」
「ああ。友好を結ぶはずの政略で恨みを買うなど、外交の理に反している」
「カーハインド家だけでなく、帝国皇太子殿下まで敵に回すようなことになれば……」
周囲の貴族たちからも、ダグラス様を支持する言葉が上がり始めました。
宰相は冷や汗を滲ませながら周囲を見渡すと、もはや自分に味方する者が誰もいないことを悟ったのでしょう。
やがて諦めたように、がっくりと項垂れました。
「――では院政家として、カーハインド家の独立を認めます。異議のある方はいませんね?」
ダグラス様が呼びかけると、
「異議なし!」
「異議ありません!」
「私も異議なし!」
口々に賛成の声が上がりました。
「なお、条件は今後の友好的な付き合いのみとします。よろしいですね?」
ダグラス様が宰相に視線を向けると、
「……分かった。婚姻を条件とすることは、撤回する」
宰相は、か細い声で呟きました。
「では私が見届け人となりましょう」
今まで黙って成り行きを見守っておられた教皇聖下が一歩前に進み出ます。
「この場で交わされた取り決めを、後になって覆すことは許しません」
教皇聖下は杖を床に、とん、と突きつけられました。
清浄な鈴の音が謁見の間に響き渡ります。
「よろしいですね?」
「……はい」
宰相が小さく答えます。
「では、これをもってカーハインド家の独立と、ケルファ王国との今後の友好関係について、取り決められたものといたしましょう」
教皇聖下のお言葉に、私たちは一斉に膝をつき、礼をとったのでした。




