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「.……よかろう。カーハインド家の独立を認める」
宰相は眉間に皺を寄せながら、重々しく頷きました。
「――ただし! カーハインド家の者には我が国の者と婚姻を結んでいただく」
(は……?)
「は?」
思わず声が出たのかと、慌てて口元を押さえましたが、どうやら声の主は私ではなくお父様やお兄様方だったようです。
家族から冷ややかな空気が漏れ出ているのがわかります。
「御冗談を。まさか、当家の嫡男と王家の女性を婚姻させるおつもりですか? それでは、我が嫡男が将来の王妃をケルファから娶ることになる。それをお望みなのですか?」
お父様が目を細めて宰相を見据えます。
「いいや、そうではない。そちらの娘をこちらに嫁がせてくれればよい」
「それこそあり得ませんね。それでは我が娘が人質のようではありませんか」
お父様と宰相の間に剣呑な雰囲気が流れます。
娘を嫁がせるというのは、上位の国が下位の国を従わせるために、古くから使われてきた手段です。
婚姻によって相手国と血縁を結び、娘をこちら側に置く。そうすれば、たとえ独立したとしても、簡単に歯向かえなくなる。
宰相が求めているのは、そういうことでしょう。
つまり、独立は認める。けれど、完全に自由にするつもりはない――ということです。
であれば結局、カーハインドは独立を果たしてもケルファの顔色を窺い続けなければなりません。
なにより、お相手がどなたになるにせよ、私はこのような国に嫁ぎたいとは思いません。
「人質とは人聞きの悪い。友好の証だよ。皆もカーハインドとの絆は深い方がよいだろう?」
宰相は周囲を見渡します。
「それは……まあ……」
「安心ではありますな……」
皆、宰相の言葉に頷きながらも、こちらに視線を向けることはありません。
自分たちが口にした「友好の証」という言葉が、あまりにも白々しいとわかっているのでしょう。
「独立を認めれば、友好的な付き合いをするのであろう? であれば娘を嫁がせたとて、何の問題もないはずだ」
宰相は気色ばんだ様子で言いました。
「――閣下。もうおやめください。こちらの不手際が招いたことで、カーハインドにこれ以上の枷をつけてはなりません」
ダグラス様が止めに入ってくださいます。
しかし――
「黙れ! 当主になって間もない素人が! これは双方の友好を守るために必要な措置なのだ」
宰相は態度を変えません。
「ああ、もちろんこちらからも姫を差し出そう。なに、嫡男の嫁になどと言わん。当主の妾にでも、次男の嫁にでも、好きにすればよい。それで対等ではないか!」
(この人は……!)
仮にも一国の姫を「妾でもよい」などと、よく言ったものです。
宰相からすれば、王族などいくら減っても痛くも痒くもないのでしょう。
ですが、嫁がされる姫の気持ちを考えたことはあるのでしょうか?
重大な政略結婚ならば、まだ理解できます。国同士の結びつきを強めるために、王族がその役目を担うこともあるでしょう。
ですが今回にいたっては、こちらは姫の降嫁など求めていません。
ただ、『互いに娘を嫁がせた』という形を作るためだけの、いわば体裁を整えるための婚姻なのです。
「あなたは、女性をなんだと思っているのですか?」
思わず声が出ました。
「政略結婚が必要なこともあるでしょう。国のために、その身を差し出す覚悟を持つ方もいらっしゃるでしょう。――ですが今回は違う!
ただ体裁を整えるためだけに、姫殿下の人生を差し出せと? そんなことを、よく平然とおっしゃえますね!」
今まで口を開かなかった私が急に声を上げたことで、周囲は静まり返りました。
宰相もしばし唖然としていましたが、すぐに我に返ると、
「何を大袈裟な」
と、鼻で笑ったのです。
「王族の婚姻など、もともと国のためにあるものだろう。姫一人の意思など、国益に比べれば些細なことだ」
「……」
あまりにも平然と言われ、言葉を失います。
「そもそも今は政治の話をしているのだ。女子供の感情論で場を乱すときではないのだよ。ったく、これだから女は困る」
ギリッ――
私が悔しさに奥歯を噛み締めた、そのとき――
「感情論? 本当にそうでしょうか。私は彼女の言葉の方が、よほど道理に叶っていると思いますが」
謁見の間の扉が開き、堂々とした足取りで一人の男性が姿を現しました。
「レオ様!?」
私は思わず声を上げます。
その後ろには侍従の姿もありました。
けれど、なぜか彼は小さく身を縮め、何かを言いたそうにしながらも口を噤んでいます。
……なるほど。
どうやら、レオ様に名乗りを上げるなと止められたようですね。
実はレオ様に頼まれ、これまでの会話はすべて、懐に忍ばせた通信機を通してお伝えしていました。
『カーハインド家の今後に関わることだから、きちんと把握しておきたい』
そうおっしゃっていたので、今回の謁見の内容を聞いていただければと思っていたのです。
ですが、まさかご本人が王都にいらっしゃったとは。
いったいいつから……?
「人の感情や人生を軽視した政略は、往々にして長続きしない上に、裏目に出ることさえあります。彼女の言う『人の人生を蔑ろにしてはいけない』という考えこそが、最も政略に適った考えなのではありませんか?」
「……誰だ?」
宰相は突然現れたレオ様に訝しげな視線を向けながらも、声を荒げることはありません。
その佇まいから、ただ者ではないことを感じ取っているのでしょう。
「それに、政略結婚とは信頼構築や同盟の証明のための手段です。相手が望んでいないのに、体裁のためだけに無理やり姫を押し付け相手の不満を買っては、友好を結ぶという本来の目的と真逆の結果になるのではありませんか?」
レオ様は私に一瞬だけ視線を向け、微かに微笑まれました。そして、宰相の言葉に答えることなく続けます。
「頼んでもいない姫を押し付け、対等だとはおかしな話です。それは単なる押し売り。あなたの自己満足にすぎません」
誰もレオ様の言葉に口を挟むことができず、謁見の間は異様な空気に包まれました。
「……君は……いや、貴方様は一体……」
レオ様に鋭い視線を向けられた宰相は、声を震わせながらも問いかけます。
「これは失礼。名乗るのが遅れました」
レオ様は穏やかに微笑まれます。
「サイブル帝国皇太子、レオニール=サイブルと申します」
「――っ!」
謁見の間に、息を呑む音がいくつも重なりました。




