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「さて」
教皇聖下は場を切り替えるように、ひとつ手を叩くと、
「陛下。カーハインド家へ謝罪をお願いいたします」
と、さも当然のことのように、軽やかな口調でおっしゃいました。
「……謝罪?」
「はい。調査はこれからですので、首謀者が誰かはまだわかりません。しかし、王宮に属する者が偽りの証拠を用い、一つの家を陥れようとした。これは動かぬ事実です。であれば、王宮を統べる陛下が、まず謝罪なさるのが道理でしょう」
「いや……しかし……我は王で……」
「もちろん教会にも責があります。提出された証拠を十分に精査せぬまま異端審問会を開いたことについて、教会を代表し、心よりお詫び申し上げます」
狼狽える王を横目に、教皇聖下は私たちに向き直ると、深々と頭を下げられました。
教皇聖下からは、断罪の間を出てすぐに謝罪の言葉をいただきました。しかし、改めて大勢の前で頭を下げることで、私たちに非がないことを示してくださったのでしょう。
「教皇聖下のお言葉、ありがたく頂戴いたします」
お父様は穏やかな声で答えると、教皇聖下へ深く一礼されました。
教皇聖下もまた、静かに頷かれます。
それだけで、この件について教会としてのけじめはついたのだと、誰もが理解したのでしょう。
謁見の間にいた誰もが、自然と壇上の王へと視線を向けます。
「……!? わ、我に……謝れと言うのか……!?」
向けられた無数の視線に射抜かれ、王はひっと短い悲鳴を上げました。
「臣下に頭を下げろと……? この我が……王であるこの我が……!?」
臣下に頭を下げることに、相当な抵抗があるようですね。
権威主義のこの国では、形ばかりとはいえ王は絶対的な存在です。誰かに頭を下げるという発想自体、お持ちではなかったのかもしれません。
貴族たちは呆れたような目を王へ向けています。
宰相に至っては、「謝罪くらい早く済ませろ」とでも言いたげに、鋭い眼差しで王を見据えていました。
そのときーー
「よろしいでしょうか?」
お父様がすっと手を挙げます。
「王家、及び王宮からの謝罪は結構です」
「そうか!」
お父様の言葉に王はぱっと顔を明るくすると、
「そうであろう! 最初からそう申せばよいのだ! それでこそ余の臣下だ」
そう言って、満足気に玉座に腰掛け直しました。
「よろしいのですか?」
教皇聖下が心配そうな眼差しで、お父様に問いかけられます。
「ええ」
お父様は微笑みを絶やさぬまま静かに頷ずくと、さっぱりとした口調でおっしゃいました。
「もう関係ありませんから」
「……は?」
宰相が思わず声を漏らします。
「カーハインド家は本日を持って、ケルファ王国より独立いたします」
「ど、独立だと!?」
お父様の堂々とした言葉に、王は素っ頓狂な声を上げると、慌てて玉座から立ち上がろうとしました。
しかし、あまりに急いだせいでしょう。足元が大きくもつれてしまいます。
「ぬわっ!?」
立ち上がりかけた勢いのまま、王の身体は前へと派手につんのめりました。
「ひいっ!」
側に立っていた宰相は反射的に身を引き、巻き添えになることは避けられましたが、そのせいで王は壇上で這いつくばる羽目に。
謝罪をするよりよっぽど惨めな姿を晒しながらも、王はお父様を睨みつけます。
「独立など認めぬ!」
「そうですぞ。謝罪がないくらいで大袈裟な」
足元で這いつくばる王に呆れた視線を投げ掛け、宰相は手を貸すこともせずに言いました。
「謝罪がないことが独立の理由ではありませんよ」
お父様は小さく息をつきます。
「臣下が窮地に陥ったときに、手を差し伸べるどころか、陰謀を巡らせて全てを奪い取ろうとする。そんな国に忠誠を誓いたいと思いますか?」
お父様は鋭い目で宰相を睨みつけました。
「知らんぞ! そんなこと我は知らん! 誰ぞが勝手にやったことだ!」
黙り込む宰相とは裏腹に、王は大きく手を振りながら喚き散らします。
「陛下、王とは臣下の責任を負わねばならない立場なのですよ」
お父様の口調は、まるで幼子に語りかけるようでした。
「政務もしない。責任も取らない。ではーー王の存在意義とは、なんでしょう?」
「そ……存在意義? 我は王ぞ!」
「ええ。ですが、それでは王は誰でもよいことになりますね」
お父様は少しも表情を変えません。
「例えば――五歳になられたばかりの第七王子殿下でも」
「ぶっ無礼な! 幼子に何ができるというのだ!」
「では陛下には、ご自身にはできて、五歳の王子殿下にはできないことがあると?」
「当たり前だ!」
「例えば?」
「たっ例えば? ……例えば……例えば……ほら……その……なんだ…………宰相! 答えろ!!」
「……」
名指しされた宰相は、眉を寄せます。
「早く答えぬか!」
王の言葉に宰相はますます眉間の皺を深くして、しばらく黙り込んだあと呟くように言いました。
「……陛下は…………玉座に座っていられます」
(……それも、できていませんけどね)
私は思わず、王の足元へ視線を落としました。
先ほどまで、見事に床へ這いつくばっておられたのですから。
貴族たちは皆、顔を伏せ、誰も何も言いません。
謁見の間になんとも言えない空気が流れました。
ーーコホン!
お父様は空気を払うように咳払いをひとつすると、
「この国の王のあり方に関して、独立する私が口を挟むことではありませんでしたね。大変失礼いたしました」
そう言って頭を下げました。
「そ、そうだ! お前には関係のないことだ!」
呆然としていた王が、ハッとしたように言葉を返します。
「では、独立を認めていただけるのですね?」
お父様がすかさず切り込みます。
「へっ? それは……」
「認めていただけないのであれば、王の存在意義について、もう少しお話ししましょうか?」
「……いらん! もう勝手にしろ!」
王はそう言うと謁見の間を出て行きました。
やはり玉座に座っていることさえできなかったようです。
ついに独立宣言が成されました!
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もうしばらくお付き合いください。




