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side:宰相
「カーハインド伯爵家一行、入場なさいます」
侍従の声が高らかに響く。
(さて……)
さぞや強張った顔をして入場してくるのだろう。私と同じ思いなのか、ニヤニヤとした笑みで扉に視線を向ける者も多かった。
だが。
(なんだ……?)
入場してきたカーハインド家の面々からは、焦りの表情が見られない。
先頭を歩く当主も、次に続く長男も穏やかな笑みを崩していない。
誰か一人くらい……と見渡すが、次男も前当主も澄ました顔。三男にいたっては、つまらなさそうな顔をしておる。
娘は!?
場慣れしていない娘ならば、さすがに動揺を隠せぬはずだ。
そう思って視線を向ける。
だが――。
娘はまるで何かを成し遂げたかのような、清々しい顔をしていた。
(ふん……面白い……)
貴族にとって、顔色を隠すことは嗜みのひとつだ。そういう意味では、此奴らは立派な貴族と言えるのかもしれん。
だが、この状況でいくら外面を取り繕ったところで、虚勢であることなど容易に見抜ける。
追い詰められた者ほど、最後まで平静を装おうとするものだからな。
「よく来たね。カーハインドの諸君。お疲れのところ出向いてくれて助かるよ」
王との挨拶を終えた奴らに声を掛ける。
「ええ。王宮の皆様にも、早急にお伝えせねばならぬことがございまして、急ぎ参上した次第です」
当主が落ち着いた声色で答える。
「ほう。聞こう」
「はい。実は重大な違法行為が発覚いたしました」
「違法行為?」
「国家の交易台帳の書き換え、というとんでもない違法行為です」
(――なっ!?)
一瞬、心臓が跳ねた。
なぜ、そのことを知っている。
「交易台帳の書き換え……?」
「なんの話だ……?」
「異端審問会の結果ではないのか?」
謁見の間がざわめく。
(落ち着け……。知っているはずがない。)
「何の話をしているのかわからないが、それよりももっと重大な話があるだろう?」
とにかく話題を逸らさなければ。
交易台帳の書き換えに関わったのは、私を含めて三人だけ。
漏れるはずがない。
――漏れるはずがないのだ。
「いやいや、交易台帳の書き換えがあったとしたら、国家の一大事でしょう。それよりも重大な話などありませんよ」
アンドレが口を挟む。
「いや……それはそうだな。本当に書き換えがあったのならば一大事だ。……だが証拠もない言い掛かりに付き合っている暇はないのでね」
「証拠がないなど、カーハインド家の話も聞かずになぜわかるのです? ……閣下は何かご存知なのですかな?」
(しまった! 不用意だった……)
「私は何も知らん! だがそんな馬鹿げた話がある訳がなかろう!」
「そう思われるのであれば、まずは話をお聞きになればよいのでは? 疑惑が出ている時点で放置できませんよ」
アンドレが鋭い視線を向けてきた。
(聞かぬわけにはいかぬか……)
「……よかろう。無駄な時間になるとは思うが、最後まで申してみよ」
私は当主に向かって顎をしゃくる。
「ありがとうございます。ことの発端は異端審問会で教会側より提出された異端の証拠品です。私共が禁忌薬物を不正に入手している、とね。もちろん身に覚えはありません。ですが、証拠として提出されたのは国家が管理する交易台帳。偽造など疑うはずもなく、我々も困惑いたしました」
当主はわざとらしく肩をすくめて見せた。
「しかしーーありがたいことに、仕入れ先の国より『そのような取引は一切存在しない』との証言を頂きまして、なんとか冤罪であることを証明できたのです」
(なんだと……!?)
「ですが私共が冤罪だとすれば、交易台帳が書き換えられたことになる。これは由々しき事態ではありませんか?」
「まさか……」
「交易台帳が書き換えられるならば、冤罪が作り放題ではないか!」
「誰がそんなことを……」
貴族たちが顔を見合わせ、謁見の間が大きくざわめく。
(まずい……!)
「待て! そのような短時間で、仕入れ先の国へ確認などできるはずがない! 奴の言葉は虚言だ!」
周囲の喧騒を断ち切るように大きく手を払い、私は声を張り上げた。
「いいえ。虚言ではありません。」
当主は小さく首を振る。
「その証拠に――異端審問会は中止となりましたから」
「……は?」
思わず間抜けな声が漏れた。私が言葉を失っていると、すかさずアンドレが、
「それは本当かね?」
と、身を乗り出す。
再び「虚言だ!」と声を上げようとしたが、それより早く当主がさらに信じられないことを口にした。
「ええ。そして大司教をはじめとする審問官たちは、その場で捕縛されております」
「馬鹿な!」
杖を床へ突き立てた。
ドンっーー
その鈍い音で我に返ったように、周りからも否定の言葉が飛び交い始める。
「あり得ぬ!」
「そんな話を誰が信じる!」
「そうだ! 証拠を見せろ!」
(そうだ! さすがに虚言が過ぎる)
「そもそも誰が、大司教を捕縛できると言うのだね」
私が冷ややかに問いかけた、そのとき――。
「私ですよ」
扉の向こうから、穏やかな声が響いた。
決して大きな声ではない。
だが、その一言だけで、謁見の間は水を打ったように静まり返った。
そして誰もが弾かれたように、一斉に扉へ視線を向ける。
「きょ、教皇聖下のご到着ですっ!」
侍従が声を震わせながらも、必死の形相で告げた。
(教皇ーー!?)
謁見の間に激しいどよめきが駆け巡り、皆、慌てて頭を垂れていく。
王もまた玉座から立ち上がり、深く一礼する。
教皇は世界中に信徒を抱える教会の頂点に立つ方。たとえ一国の王であろうと、礼を欠いてよい相手ではない。
教皇はゆったりとした足取りで玉座に向かって歩みを進める。
杖の先から響く、しゃらん――という鈴の音だけが、静まり返った謁見の間に澄んで響いていた。




