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カーハインドで皆が一丸となって動いている頃、王都では新たな噂が流れ始めていた。
「カーハインドがもし異端認定されれば、他国産ポーション以外の品も買えなくなるらしい」
「異端の者と取引していたとなれば、教会が黙っていないのではないか」
多くの者は、その噂を耳にして顔を曇らせた。
「もし本当に異端認定されれば、黄金酒も帝国の品も手に入らなくなる」
「ようやく王都が賑わい始めたというのに……」
そして、カーハインドが異端認定される事態だけは避けたいと願っていた。
しかし、その一方で――。
一部の商人や貴族は、これを好機と捉えていた。
「カーハインドが失脚すれば、空いた商圏を奪える」
「今まであの店に流れていた客も、こちらへ戻ってくるだろう」
表向きは教会の動向を案じながらも、その胸中では利益勘定を巡らせる者も少なくなかった。
◇
side:宰相
「あなた! カーハインドが異端認定されるって本当なの!?」
仕事から帰ってすぐに、妻がヒステリーな声をあげながら詰め寄ってきた。
「おかえりなさいぐらい言えんのか」
私がため息を吐くと、妻は眉尻をあげた。
「そんな場合じゃないでしょう! あの店の品が買えなくなったら困るのよ!」
「確かにポーションの値があがるのは困るが……」
「ポーションなんてどうでもいいの! 茶葉よ! 茶葉! まだ入荷を待ってる茶葉があるのよ!」
「茶葉くらい他から買えばいいだろう」
(くだらん……)
私が白けた目を向けると、妻はますます眉尻をあげた。
「他で買えないから言ってるのよ! それとも、あなたが買い付けてくださるの?」
「……いや、それは無理だ」
「でしょう!? だったら何とかしてください! せっかく王都で買えるようになったのに、また前みたいな生活に戻るなんて嫌よ!」
妻は最後まで眉尻をあげたまま捲し立てると、ふんっと鼻を鳴らして踵を返した。
(はあ……)
長時間の会議を終えた時よりも、今の数分間のほうが疲れた気がする。
妻の前では、宰相という肩書きなど何の役にも立たないらしい。
だが妻がこれほど取り乱すほど、カーハインドの品々は王都に根付いているということか……
改めて、カーハインドの影響力を思い知らされたようだった。
だからといって大司教個人にならともかく、教会の決定に異を唱えられるほどの権限が、私にあるわけではない。
どうしたものかと頭を悩ませていた数日後、王都の商人から面会の希望が入った。
ーー
「本日はお時間を取ってくださり、ありがとうございます」
現れたのは、王都でも一、二を争う大商会の主、バッカスだった。
恰幅の良い身体を、金糸の刺繍が贅沢に施された極彩色のビロード服に包んでいる。
(派手だな……)
だがその瞳には、商人らしい抜け目のなさと、財を築いた者特有の自信が滲んでいた。
社交辞令を交えた会話がしばらく続いた後、バッカスはにわかに居住まいを正した。
「本日お伺いしましたのは、宰相閣下にお力添えを願いたい義がございまして……」
奴は揉み手で笑顔を作る。
「なんだ?」
「はい。カーハインドのーー」
(またカーハインドか!)
最近、この名を聞かぬ日はないな。
「待て。私は教会の決定に口を挟むような権限はないぞ」
バッカスの言葉を遮って釘を刺す。
「ええ、ええ。もちろんでございます。閣下に異端の片棒を担がせるような真似をお願いするつもりは、このバッカスには毛頭ございませんとも」
(なんだ……? 教会絡みの話ではないのか?)
私が訝しそうに目を細めると、バッカスはますます笑みを深めた。
「わたくしのお願いは、カーハインドの商品を我々にお任せいただきたいということです」
「なに?」
「カーハインドが異端認定を受ければ、彼らの商品が手に入らなくなる。そうなれば、お困りになる方も多いでしょう。ですから、異端認定される前に我々へ販路を移しておくべきではないか、と、愚考いたしました次第でございます」
(なるほど……)
ようやく理解した。
こいつはカーハインドを案じているのではない。
カーハインドが築いた商圏を狙っているのだ。
「だがそう簡単に奴らは販路を手放さないだろう」
「ええ。ですが宰相閣下をはじめ、お力を持つ方々が王都の安定のために必要なことだとお考えになれば、カーハインドも理解を示すのではないでしょうか」
「……私に圧力をかけろ、と?」
「滅相もございません」
バッカスは慌てたように手を振る。
「ただ、カーハインドとて王都の混乱を望んでいるわけではないでしょう。ですが、自ら利益を手放す決断というものは、誰にとっても容易ではございません。閣下にはその後押しをお願いできれば……と」
私は黙ってバッカスを見つめた。
確かに、悪い話ではない。
カーハインドを排除できれば、教会との衝突を避けながら、王都から利益が流出することも防げる。
何より――。
この機会を逃せば、カーハインドはさらに力を増すだろう。
(飛行艇、ポーション、帝国との繋がり…… カーハインドには目障りなほどの力が集まりすぎている)
「ふむ」
「もちろん宰相閣下には、それなりのお礼を……」
バッカスが笑みを浮かべる。
私はしばし沈黙した。
「……王都の安定のため、か」
「はい」
「よかろう。議会に提案してみよう。王都の安定のためという名目ならば、議会に諮る価値はある」
「ありがとうございます」
さて、まずは派閥の者への根回しだな。




