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side:王都にある教会本山の大司教
王都で他国産ポーションの悪評を流したが、一向に効果は現れない。
「聖王国のものとは製法が違う」
そう言っても、
「そうだろうな。聖王国のものより味がいい」
と笑われる。
「効果が安定しないらしい」
と吹き込んでも、
「先日使ったが、十分効果があった。むしろ聖王国のものより治りが早いくらいだ」
と返される。
さらに、
「安価な品には理由があるぞ」
と言えば、
「では、なぜ聖王国のものはあんなに高いんだ?」
と問い返され、返す言葉を失った。
連日、他国産ポーションは入荷後すぐに売り切れるほどの人気だという。
このままではまずい……。
「どうなさるおつもりですか?」
聖王国の使者が目を細める。
「……」
「手に負えないようであれば、聖王国から人を呼びましょうか?」
「人手を増やしてくれるのか?」
「いいえ。王都には十分な人数がおります。」
「では?」
「足りないのは人手ではなく、指揮を執る者では?」
「なに!?」
「新たな大司教をお迎えしましょうか、と申し上げているのです」
「……私を更迭するというのか!」
「手に負えないのであれば、あなたでは力不足ということ。地方の小さな教会で静かに務めるほうが、お似合いなのではありませんか?」
「お前にそんな権限はないはずだ!」
「ええ。その判断は本国がなさいます。しかし結果を出せなければ、そうなる可能性が高いのはご存知でしょう」
私は唇を噛んだ。
こいつの言うとおりだ。
教会は能力主義である。
国の規模にかかわらず、首都の大司教という地位は、聖職者なら誰もが目指す花形だ。
だからこそ、結果を出せぬ者に重要な地位を任せ続けることはない。
そして、一度その座を追われた者が、再び王都へ返り咲いた例はほとんどない。
ここで失脚すれば、二度と王都には戻れない。私の出世は、そこで終わる。
「……異端審問会を開く」
「……ほう?」
「他国産ポーションを異端として裁く。そうなれば、王都の誰もがその危険性を疑うようになる」
私は拳を握りしめた。
異端審問会は教会の威信を懸けた裁きだ。
確たる理由もなく開けば、教会の権威そのものが揺らぐ。だからこそ、まずは噂を流し、人々の疑念を育てようとした。
……その目論見は、完全に外れた。
だが、このままでは私が失脚する。もはや手段を選んではいられない。
「ですが、カーハインドは輸送を担っているだけでは?」
「いいや。あいつらはもっと深いところまで関係している」
「何を根拠に?」
使者は眉を上げた。
「あの地の異常なほどに強固な防衛だ。……だがたとえ物流に関与しているだけでも構わん。異端の品の輸送に協力したのであれば、それもまた異端と言えるだろう」
「その程度で異端審問会を開くおつもりですか?」
「十分な疑義はある。異端か否かを裁くのが異端審問会だ」
「……」
「いっそこの機に乗じて、帝国やポーネでも異端審問会を開けばよい。世界中の教会が異端と断じれば、他国産ポーションなど誰も口にせん」
使者は顔色一つ変えずに、
「協力を仰ぐことは、お止めいたしません。ただし――全ての責任を負うのは貴方様ですよ」
そう言って去って行った。
ここで退けば、待っているのは左遷だけだ。ならば、この一手に全てを懸ける。
私は帝国とポーネ、それぞれの首都にある教会の大司教へ宛てて、協力を仰ぐ書簡をしたためた。
『他国産ポーションに異端の疑いあり。本教会は異端審問会を執り行う。貴教会も速やかに異端審問会を執り行い、異端の排除に協力されたし』
併せて、カーハインドに向けても書簡を送る。
『他国産ポーションに異端の疑いあり。よって異端審問会を執り行う。カーハインドは指定の日までに王都の本山へ出頭されたし』
さらに王都中へ布告を出した。
『他国産ポーションに異端の疑いあり。よって異端審問会を執り行う。審問の結果が出るまで、他国産ポーションの使用を控えられたし』
ーー
その日、王都は騒然とした。
「異端審問会だと!?」
「使用を控えろ!? 実質、禁止じゃないか!」
「他国産ポーションを使うなってことか!?」
「教会の命令だ。表立って批判するのはまずい」
「だが今さら、値も高く味も悪い聖王国のポーションに戻すのは……」
「異端認定されたらどうなる? まさか買い置きまで没収されるんじゃないだろうな?」
「今のうちに他国へ売り払うか……」
「馬鹿を言うな。売れば異端に加担したと見なされるぞ!」
王都のあちこちで、そんな怒号と困惑の混じった声が上がっていた。
この布告に最も絶望したのは、日頃からポーションを手放せない兵士や冒険者たちである。
「嘘だろ……。またあの、泥水を煮詰めて鉄サビを混ぜたような代物を飲まなきゃいけないのか!?」
詰所に集まった兵士の一人が、おぞましい記憶を思い出したように顔をしかめる。
「他国産みたいに、すっきりした果物味なんて贅沢は言わねえ。せめて普通に飲み込める味にしてくれよ! 傷が治る前に吐き気で倒れちまう!」
聖王国のポーションは、とにかく不味い。
その苦行を知る者たちにとって、今回の布告は精神的な拷問に等しかった。
「……俺、もう怪我したくねぇ」
「頼むから異端じゃありませんように……」
ーーその一方。
王宮では、冷ややかな怒りが渦巻いていた。
「大司教め。私が動かないからと痺れを切らしたか」
宰相がこめかみを抑える。
「聖王国のポーションが売れないからと、我が国の領内で勝手に異端審問を始めるとは……。ここをどこの国だと思っている!」
古参貴族が苛立たしげに机を叩いた。
「だが、下手に動けば『信仰の敵』にされるぞ」
「わかっておる。かと言って他国の経済都合に我が国が唯々諾々と従うなど、国の威信に関わる……!」
そこへ駆け込んで来たのは財務担当の文官。
「今期は他国産ポーションの価格で予算を組んでいます。聖王国産に戻せば、購入できるポーションの数は半分以下になります! どうしたらよいでしょうか?」
「このまま使い続ければ、王宮ごと『異端を擁護した』と糾弾されかねん。しばらくは教会の出方を見るしかない」
宰相は苦々しい顔をしてそう言った。
その言葉に反論できる者はいなかった。




