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side:宰相
カーハインドの支店設置について、院政家は反対でまとまりそうだ。
当初こそ黄金酒が手に入るならば、と支店設置に賛成を示していた者も、私が、カーハインドが既存の商人を駆逐しかねない危険性を説いたことで、ようやく自らの利権が脅かされることを理解し反対に回った。
今日の採決で結論は出る。あとはカーハインドへ、不許可の決定を伝えるだけだ。
ーー
「定刻になりましたので会議を始めます。本日はカーハインドの支店設置について採決を取ります」
進行役が会議の開始を告げた。
「今さら議論することもあるまい。早速、採決に移るぞ」
私が立ち上がると、何人かが気まずそうに視線を交わす。
「……何かあるのか」
問いかけると、同じ派閥の一人が重い口を開いた。
「閣下。王都では、カーハインドの支店設置を求める声が急速に広がっております」
「何だと?」
「王都近郊の貴族家からも、多数の嘆願状が届いておりまして……」
「……そんなもの無視すれば良い」
ーーこれほど急速に支持を広げるとは。やはり奴らに支店を持たせるわけにはいかない。
だがそこで別の派閥の者が声を上げた。
「嘆願状だけではありません。領主自ら王都へ赴き、支店設置を求める者もおります」
「目先の利益に惑わされた、田舎貴族の戯言だろう」
いちいち振り回されおって。情けない。
「では、その『戯言』を無視した結果、王都への食料や物資の供給に支障が出た場合、閣下が責めを負われる、と理解してよろしいですか?」
……ダグラス家の息子か。あの父親にして、この息子ありだ。
確かに王都近郊の貴族家は、王都への物流を担っている家が多い。機嫌を損ねると面倒なことになるかもしれん。
だが、カーハインドの支店設置を許可すると、我々の資金源が絶たれる可能性が高い。
返答に窮していると、また声が上がる。
「それだけではないのです。我が家の妻や娘からも『支店はいつできるのか』と毎日のように突き上げられております」
額の汗をハンカチで拭いながら、眉を下げる男。
此奴は何を言い出すのだ。
ここは会議の場だぞ。家庭の愚痴をこぼす酒場ではない。
「自分の妻や娘くらい自分で抑えろ!」
気付けば怒声を上げていた。
会議室は一瞬静まり返る。
だが、その沈黙を破るようにまた別の男が口を開いた。
「……私も妻に急かされております」
「我が家もです」
「娘が毎日『いつ王都で買えるのか』と聞いてきまして……」
まるで堰を切ったように、あちこちから同じような声が上がったのだ。
なんだ? 何が起こっているのだ。
私が言葉を失っていると、ダグラスが肩をすくめて言った。
「これだけの支持が集まっている以上、頭ごなしに拒絶するとそれこそ禍根を残すのでは?」
「まあ何が起きても閣下が全て責任を負うと言うのでしたら、反対はしませんが」
ぐぬぬ……そんな約束などできるものか。
「支店を認めれば、既存の商人は打撃を受ける。それでも構わぬと言うのか!」
私は周囲を見回し声を荒らげた。
だが。
「もちろん影響はあるでしょう。しかし、それ以上に支店設置を望む声が広がっています」
「ええ。民も、商人も、地方領主も望んでいる。これで退ければ、我々が非難を浴びるのではありませんか?」
「そうだ! 生活に支障が出たらどうされるのですか!」
ダグラス派閥の者が口々に声を上げる。
その言葉にあちこちで小声が交わされ、先ほどまで反対を唱えていた者たちの表情にも迷いが浮かび始めた。
そして。
「……私も支店設置には反対でした。しかし、ここまで情勢が変わった以上、考え直すべきかもしれません」
とうとう私の派閥からも、賛成の声が上がった。
……まずい。
このままでは採決で押し切られる。
ならば、こちらから条件を示し、主導権だけは握るしかない。
「……ならば条件付きだ」
「営業範囲を制限する。販売は当面、黄金酒のみとし、問題が生じた場合は許可を取り消す」
「これなら異論はあるまい」
私の言葉に皆が顔を見合わせ、頷き合った。
「異議ありません」
「それでよろしいかと」
ーーこうしてカーハインドの支店は、条件付きで認められることになった。
当初の予定とは違ったが、当面は黄金酒のみの販売だ。供給量も限られている以上、それだけで既存の酒商が立ち行かなくなることはあるまい。
そう自分に言い聞かせながら屋敷へ戻った私を待ち受けていたのは――妻からの洗礼だった。
「あなた! カーハインドの支店はいつできるの?」
「……お前もか」
「なによ?」
「いや……こちらのことだ。
支店設置は認められた。近日中には開店するのではないか」
「まあ! では珍しい茶葉や帝国の品がもうすぐ王都で買えるのね!」
「茶葉? 帝国の品?」
「ええ。今、社交界はその話題で持ちきりよ!
お友だちにもお知らせしてあげなくちゃ」
「待て!」
手紙を書くために部屋へ戻ろうとした妻を、慌てて引き止める。
「販売を認めたのは黄金酒だけだ。他の商品は売らせん」
「……は?」
妻の声が低くなる。
「茶葉は?」
「帝国の品だって、楽しみにしている人ばかりなのに。どういうこと?」
「……」
「まさか、あなたが反対したの?」
妻の目が今までにないほど怒りに染まった。
嫌な汗が背中を伝う。
「あなた、社交界のこと何も知らないのね」
妻は鋭い目を向ける。
「このままでは王都の貴婦人全てを敵に回すわよ」
「私まで『どうして認めなかったの?』と責められるでしょうね。ああ、もう社交場に顔を出せなくなるわ」
妻はわざとらしく頭を抱えてため息をついた。
「だがもう会議で……」
私はしどろもどろに言い訳を口にする。
だが。
「なら、次の会議で訂正なさい」
「必ずよ」
妻は私に詰め寄り、ピシャリと言い切ると、返事も待たずに踵を返した。
私は言葉を失ったまま、その背中を見送ることしかできなかった……




