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ハイリお兄様もおじい様も、予定通りに動かれているようです。
私もそろそろ動き出すべく、今日は教会にやって来ました。
「初めまして。王都の慈善活動について学ばせていただきたく、お伺いしました」
私がシスターに声を掛けると、穏やかな笑みが返ってきます。
「ちょうど今、貴族のご婦人やご令嬢方がこちらで、次回のバザーに向けた準備をされています。よろしければご案内いたしましょうか?」
「ぜひ、お願いいたします」
情報局が今日ここで集まりがあることは、あらかじめ調べてくれていました。だからこそ、この日を狙って訪れたのです。
案内された部屋の扉を開けた瞬間、室内の冷たい視線が一斉に私へ集まりました。
新参者、それも後ろ盾の薄い者を見極めようとしているのでしょう。
「あら、あなたが新しく参加を希望されたローラさん? 慈善の心があるのは結構だけれど、ここはただのお茶会ではありませんのよ」
中心に座る伯爵夫人が、扇を開いて値踏みするような目を向けてきました。
ーー大丈夫です。
予習はバッチリしてきました。これぐらいでは怯みませんよ。
「もちろんでございます、夫人。こちらにいらっしゃる皆様は社交界一、慈悲深くお優しいと評判です。皆様の崇高な活動を是非学ばせてくださいませ」
私は深く礼を取ったあと、持参した包みをそっとテーブルに置きました。
「こちら皆様の素晴らしいお集まりに、ほんの心ばかりの彩りを添えられればと、お持ちいたしました。どうぞお召し上がりくださいませ」
私は包みをほどき、木箱の蓋をそっと開けました。
「……干し果物、ですの?」
「まあ……随分と質素ですこと」
「慈善活動らしい差し入れですわね」
扇の陰で、婦人方がくすくすと笑います。
「ええ。美容や健康によい果物を干し果物にいたしました。作業の合間のお供になれば幸いです」
私がにこりと微笑むと、ぴくりと何人かの眉が動きました。
「……美容に?」
「ええ。特にこちらのクランベリーは、美肌によいとされております」
「美肌? ……見たことのない果物ね」
「遠国から取り寄せ、領地で栽培に成功したものですから」
「まあ! では王都には出回っておりませんの?」
「ええ。こちらにお持ちしたのが初めてです」
「初めて……」
女性たちが顔を見合わせ、小さなどよめきが広がりました。
「あら、他にも見たことのない果物がありますわね」
ある夫人の一言を皮切りに、皆が箱を覗き込みます。
「こちらも美容によいのかしら?」
「ええ。こちらは身体の内側の巡りを整える効果があります」
「では、こちらは?」
「お肌の張りを保つ助けになると言われています」
「まあ、まあ! 早速一ついただいてみましょう」
「あら! 美味しいわ」
「お紅茶にも合いますわ」
……慈善活動のお話は、まだ一言も始まっていません。
どうやら今日は、バザーの打ち合わせではなく、ドライフルーツの試食会になってしまったようです。
ーー
一通りドライフルーツと紅茶を楽しんだあと、伯爵夫人が呟かれます。
「ローラさんが領地へお戻りになったら、もう食べられないのかしら?」
ーー来ましたね。
「ご安心くださいませ、夫人。
実は近々、王都にカーハインドの支店ができるのです。そこにはこちらの干し果物をはじめ、美容や装いに役立つ品々も数多く取り扱う予定です」
「まあ、他にはどのような品を?」
「例えば帝国のドレスや装飾品ですね」
私の言葉に、数人の令嬢が身を乗り出します。
帝国は流行の発信地ですからね。流行りに敏感な皆様は見過ごせないでしょう。
「帝国ですって?」
「ええ。カーハインドは帝国と領地を接しておりますから、少々ご縁がありまして」
「そのお店、いつできますの?」
「出店の準備は整っておりますから、許可が降り次第すぐにでも」
「まあ!」
「楽しみだわ!」
女性たちは目を輝かせ、支店が開いたら何を買おうかと、早くも話に花を咲かせています。
これで、女性たちへの種まきは十分でしょう。
そう思っていた、そのときです。
カシャンーー
身を乗り出していた令嬢が、ティーカップを袖に引っ掛け落としてしまいました。
「……! 申し訳ございません」
令嬢が顔を青くします。
お茶会なら騒ぎになっていたかもしれません。
けれど今日は慈善活動の集まりです。社交の場ほど厳しく咎められることはないでしょう。
「気をつけなさいな。火傷はしていなくて?」
伯爵夫人のお怒りも大きくないようです。
ただ、令嬢のドレスには大きな紅茶の染みがついてしまいました。
それを目にした令嬢は肩を落とします。
「申し訳ございません。わたくし本日はこれで失礼いたしますわ」
「そうね、急いで染み抜きをしないと」
その言葉に、私は思わず立ち上がりました。
「もしよろしければ、お力になれるかもしれません」
「?」
「こちら汚れを落とす魔道具です。よろしければ使用されてみませんか?」
私はポーチから、手のひらに乗るほどの大きさの魔道具を取り出しました。
「汚れを落とす? 聞いたことないわ」
女性たちが顔を見合わせます。
「私が一度使用してみますね」
私は魔道具を起動し、自分の髪にミストを吹きかけます。
淡い光を帯びた霧が髪をふわりと包み、上品な花の香りがほのかに漂った、次の瞬間ーー髪が艶と潤いで輝きました。
「このように危険はございませんので、一度お試しになりませんか?」
私が目を開けると、女性たちは目を丸くしたまま言葉を失っています。
令嬢も呆然としていましたが、私とドレスを何度か見比べると、おずおずと頷いてくださいました。
「では失礼して……」
私がドレスの染みにミストを吹きかけると、淡い光をまとった霧が繊維へすっと染み込みます。
そして紅茶の染みは光の粒となってふわりと舞い上がり、そのまま空気へ溶けるように消えていきました。
「……染みが消えた……? 濡れてすら、いない……!?」
青ざめていた令嬢の顔が、驚きにぱっと輝きました。
良かった。うまくいきました。
実はこれ、ロルフが帝国まで届けてくれた、アルフお兄様の発明品の一つなのです。
お兄様は、私が入浴もままならない環境で支援活動をしているのではないかと心配して、この汚れ落としの魔道具を送ってくださいました。
もっとも、飛行艇にはシャワー設備がありましたので、当時使う機会はほとんどありませんでしたけれど。
ですが私は、そのときにこの魔道具に別の使い道を思いつき、カーハインドへ戻るとすぐその案をお兄様に相談したのです。
そして今回、その改良版を持参していました。
「素晴らしいわ……」
伯爵夫人が感嘆の声を上げられました。
「私のドレスにもかけてくださらない?」
「私の髪にもお願いしたいわ」
女性たちが次々に声を上げます。
私が一人ひとりにミストを吹きかけるたび、女性たちは髪や袖口に触れ、目を輝かせました。
「もしかして……これも販売を?」
「そうですね。ゆくゆくは考えています」
私がそう答えると、
「困るわ。今すぐ欲しいのだけれど」
「一つだけ、お譲りいただくことは?」
皆様が口々に、譲ってほしいとおっしゃいました。
こうなることがわかっていたので、本当は今日この魔道具を見せる予定はありませんでした。
ですが、あのご令嬢があまりにも悲しいお顔をされていたので……つい。
「申し訳ございません。お渡ししたい気持ちは山々なのですが、まだ試作品でございますので、お配りできる数がございませんの……」
私は眉を下げてお断りするしかありませんでした。
「まあそうなの……」
「支店設置の目処が立てば、すぐにでも販売に向けて動き出そうと思っているのですが……申し訳ありません」
明らかに消沈される皆様に、私は頭を下げました。
「では、王都にお店ができるのを待つしかありませんのね」
「早く許可が下りるといいですわね」
「ありがとうございます。その際は皆様に一番にお届けできるように手配いたしますね」
「まあ。楽しみにしていますわ」
女性たちに見送られながら、私は教会をあとにしました。




