第92話 国王陛下危機一髪
「兄上のせいではないぞ!! 何を言っている!! 父上が倒れられた原因はお前と母上のせいだ」
朗々と廊下に響き渡ったエカテリーナの声に、スピルバーグ伯爵の表情が硬直した。
「な……何をおっしゃってるのですか? エカテリーナ様」
「聞いたぞ! 兄上が王位継承者を拒否したこととルーカス伯爵令嬢との結婚を認めたことで、毎日のように父上に苦言を申し立てていたそうじゃないか!」
「くっ……それは、国を思えばこその進言で……!」
「国を思ってだと! 笑わせるな。あの年増の娘を兄上に嫁がせる思惑が外れたので、必死になっていただけだろう!?」
「と……年増ですと!! なんと失礼な!」
スピルバーグ伯爵が顔を真っ赤にして叫ぶが、エカテリーナは一歩踏み込み、氷のように冷たい眼差しで一蹴した。
「失礼なのはどっちだ。そなたは宰相とはいえ、伯爵。兄上は公爵だ。口を慎め!!」
「長年この王国の為に宰相として尽くしてきたこの私に何という暴言!! 王女様とて許し難きこと……覚えておられるがよい!」
悔しさに顔を歪ませ、吐き捨てるような捨て台詞を残すと、スピルバーグ伯爵は引き連れていた文官たちと共に逃げるように去っていった。
国王の寝室へ足を踏み入れ、リチャードは横たわる父の姿に息を呑んだ。
エカテリーナが言っていた通り、国王が倒れたのは『極度の心労による不調』という診断が宮廷医から下されていた。それがスピルバーグ伯爵と王妃からの苦言が原因なのかは定かではないが……。
国王は、当面の間、王宮を離れて療養生活を送ることとなった。
スピルバーグ伯爵らの介入を防ぐため、その療養先の場所はごく一部の身内だけに留められ、固く伏せられた。
「父上、不自由はないですか?」
リチャードが部屋の寝台に横たわる国王に話しかけた。
国王の療養先はブラックウッド公爵の別宅だった。
「いや……何も……充分だ」
「なにかこれが召し上がりたいと思うものがあれば、おっしゃってくださいませ。料理長が、腕を振るうと申しております」
とマーサが言った。
「料理長は昔、王宮で料理を作ってたほどの腕なので、私からもその腕は保証致します」
リチャードはそう言った。それは本当である。あれでも料理長は若い時に王宮の料理長の下で働いて居た。腕は確かなのだ。
「ほう、そうか……だが当分、そうだな。凝った料理はいらない」
そんな和やかな空気の一方で、台所では料理長が青くなっていた。
ドガーン!
ガタガタガタ!!
ありえない音が終わり、今度はなんともいえない匂いが立ち込める。
「リチャードのお父様には、渾身のこのスープを召し上がっていただかねば!!」
リチャードの父に一刻も早く元気を取り戻してもらいたいと、アシュリンは張り切っていたのだ。
アシュリンと料理長は、以前にリチャードの愛犬の心を掴む料理をどちらが作ることができるのかという料理対決をして、アシュリンが勝って以来、料理長はアシュリンを師として崇めている。
例え目の前で作られている料理が、世にも不思議なほどの恐ろしさであっても、口を挟むことなど到底できなかった。
無邪気な筋肉モンスターによる違う意味での飯テロで、国王は心労どころか……明日さえも危ぶまれた。アーメン。




