第86話 ララとダイバダッタの旅立ち
リチャードとアシュリンの結婚を国王が正式に認めたという報せを聞き、リチャードの母であるララはようやく旅立つ決意を固めた。
元々彼女は筋金入りの旅好きで、ひとつの国に長く逗留することはない性分なのだ。
丁度、ダイバダッタ老師が、インドに戻るというのも彼女には都合がよかったのだ。
リチャードとアシュリンが、ブラックウッドの森の別宅へ国王の許可が得られた報告に訪れた際、ララは二人に笑顔で旅立ちを告げた。
「本当に行かれるのですか、母上」
「ええ。……アシュリンさん」
少し寂しそうなリチャードを余所に、ララは優しくアシュリンの手を両手で包み込んだ。
「リチャードの頼りないところもひっくるめて、どうかよろしくお願いしますね」
「はい! わかりました、お義母様!」
「まあ……! 嬉しいわぁ。私、本当は女の子が欲しかったのですよ」
感極まったララは、愛おしそうにアシュリンをぎゅっと抱きしめた。
それこそ、全身全霊の力で——ギュッと。
豊満で太ましいララの胸の中にすっぽりと埋もれ、アシュリンは思わず呼吸が止まりそうになった。文字通り窒息寸前である。
(く、苦しい……! けれど、ここで暴れてお義母様を突き飛ばすわけにはいかないわ……!)
アシュリンは持ち前の怪力をぐっと抑え込み、必死の思いで窒息に耐えたのだった。
「母上、やめてください。息子の私の立場がありません」
見かねたリチャードが苦笑交じりに割って入ると、ララはアシュリンを解放し、楽しそうに目を細めた。
「まあ……焼きもちを焼いてらっしゃるの? もう……相変わらず仕方のない子ねぇ」
と言って、今度はリチャードを抱きしめた。
それこそ、渾身の力で。
「母上ぇ!!」
マーサが止めに入らなければ、リチャードは本当に失神するところだった。
「全く、お前さんが乗ると重量オーバーで、3日ではインドに帰れんわ」
鉄の鳥に乗って一人でインドに帰るつもりだったダイバダッタは、苦々しい顔で愚痴った。
ララは鉄の鳥に乗るのなら自分も乗せるようにと、ダイバダッタに『交渉』という名の無理強いを押し通したのだ。
呆れ顔のダイバダッタと、どこまでも自由で朗らかなララ。
「老師様もお元気で……」
「アシュリン……力の制御を忘れるではないぞ! また会おう!!」
その横では、見送りに来ていたブラックウッド公爵家の料理長が男泣きをして、前掛けのエプロンで涙を拭っていた。
「老師様、私は必ずインドに行きます。その際はご指導をよろしくお願いします!」
「私もです。必ずインドに行きます!」
と、マーサの夫であるヨハンも熱く叫んだ。
二人は、アシュリンがダイバダッタから修行を受けている合間に、ちょこちょこと教えを受けていたのだ。筋肉を鍛えることに目覚めたシニアの男二人は、妙な結束で結ばれていたのだった。
二人の乗った鉄の鳥が空へと飛び立って行く。
ララとダイバダッタという嵐のような二人が去り、ブラックウッド公爵の別宅は静かさを取り戻した。
——はずである。




