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第82話 ブラックウッドの森の湖〜永遠の約束〜

リチャードが、ようやく馬から降ろされ、全身を固く縛っていた頑丈なロープを解かれると、エカテリーナが指示を出した。


「さて、我々はこれで帰ることにするか? アレン、テオ。このズタ袋に仕留めた小動物を入れているので、お前たちはこれを持って先に戻れ」

「畏まりました。……獲物はこれだけですか?」

「大型の獲物は仕留めて木にハンキングしてある。私がこの馬で回収しながら帰る。吊るした場所を知っているのは私だからな。……アンドリュー、お前も私と一緒に徒歩で回収に付き合え」


仕留めた獲物を傷ませず持ち帰るための合理的な指示に、騎士二人は「ハッ」と深く礼をし、ズタ袋を鞍に括り付けると一足先に引き揚げていった。


リチャードが乗って来たのは、エカテリーナの馬である。愛馬の手綱を取ったエカテリーナは、ニヤリと意味深な笑みを浮かべ、リチャードとアシュリンを交互に見る。


「ブラックウッドの森の湖で約束を交わすと、それが嘘偽りがない言葉なら、永遠の約束になるそうですよ、兄上、それにアシュリン嬢。是非お試しあれ」

そう言って、馬を引いて、アンドリューと共に立ち去ってしまった。


(……ブラックウッドの森の湖で永遠の約束? いや、そんな話あったか……?)

腕組みをして考え込んでいたリチャードは、ハッと正気に戻ると、チラリと横のアシュリンに目を向けた。

つい先刻まで、公爵たる自分が情けなくロープで簀巻きにされ、馬の背に荷物よろしく積まれて運び込まれたのだ。そんな決定的な醜態を晒したあとだけに、彼女が自分をどういう目で見ているのか気になって仕方がなかった。


「永遠の約束になる……」

何やらぶつぶつと呟いていたアシュリンだったが、突如としてハッと何かを閃いたような顔をした。

急に勢いよくリチャードの顔を見上げると、身を乗り出してきた。


「リチャード! 約束って、人と人の約束でなくてもいいんですよね!?」

唐突すぎる問いかけに、リチャードは目を丸くした。


『ブラックウッドの森の湖の伝説』など今日初めて耳にしたリチャードに、そんな答えが分かるはずもない。だが、間近に迫るアシュリンの物凄い真剣な眼差しと熱量に圧倒され、つい気のない返答を口にしてしまった。

「……あ、ああ、いいと思うが(多分)」


「では私、この湖で誓いますわ! 私、一生イノブタラを愛すると!!」

湖畔に澄み渡る声で、力強く放たれたアシュリンの誓い。


一方的に立てられた、とんでもない約束である。はたしてそんなものが湖の伝説において有効なのかどうか、リチャードには甚だ疑問であった。


(……イノブタラ……? 人ではなく、肉にか……!?)

あ然とし、言葉を失うリチャードの前で、アシュリンはほんのりと頬を朱に染めた。そして、少しだけ声のトーンを落とし、照れくさそうに、けれど今度は一言一言を確かめるように言葉を重ねる。


「そして……私、……私……アシュリン・ルーカスは、リチャード・ブラックウッド公爵とこれからも末永く、一緒に……一緒に……共に生きてまいります」


イノブタラへの情熱からの、あまりにも不意打ちすぎる真摯な誓い。

リチャードは息を呑んだ。胸が、あつくなるほど激しく跳ね上がる。


「アシュリン……もう一度、私から言わせてもらえないだろうか?」

リチャードはゆっくりとアシュリンに歩み寄ると、彼女の小さな手を両手で優しく、けれど強く包み込んだ。


「アシュリン・ルーカス伯爵令嬢。私の妻として、これから先も一緒にいて欲しい」

「勿論ですわ! リチャード」

アシュリンの屈託のない、けれどまっすぐな笑顔と肯定の言葉。

その瞬間、リチャードの胸に広がっていた不安も緊張も、すべてが嘘のように溶けて消え去った。


「……アシュリン」

手繰り寄せた彼女の細い腰に腕を回し、リチャードは愛おしさを抑えきれずにその唇を重ねた。

木漏れ日が静かな湖面をキラキラと黄金色に照らし、二人を優しく包み込んでいく。

エカテリーナの言っていた「永遠の約束」の伝説——眉唾ものだと思っていたその言葉が、いまや湖の静けさとともに、確かに二人を祝福しているかのように思えた。


唇を離されたアシュリンは、顔を真っ赤に染めたまま、一切の身動きを止めている。

リチャードはアシュリンの様子がおかしいことに気づく。


(……待て。この立ち姿……どこかで見たような……?)

記憶の引き出しが嫌な音を立てて開き、リチャードの背中にジワリと嫌な汗がにじみ出た。


「おい、アシュリン……冗談だろう……?」

おそるおそる彼女の顔を覗き込むと、案の定、焦点の合わない目で白目を剥きかけたまま、驚異的な体幹によって微動だにせず立ち尽くしていた。


「アシュリン! しっかりしろ、アシュリン!! またか、また立ったまま失神したのか!?」

王都での夜に続き、まさかの二度目の立位失神。

あまりのデジャブすぎる展開に、公爵様は再び顔を蒼白にして叫んだ。

大変長らくお待たせしました(笑

ようやくですね。

覚えていらっしゃらないかも知れませんが、

アシュリンとリチャードの最初の出会いは、このブラックウッドの森の湖なんです。


だから二人が永遠を誓うのはこの湖にしたかった。その展開に持ってこれて、本当に良かった。その分 遠回りしましたが…。


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