第78話 乙女イノブタラに感動
筋肉モンスターは走った。
ひたすらリチャードがいるはずのブラックウッド公爵の別宅を目指して。
彼女の驚異的な脚力をもってすれば、馬車など比ではない。別宅までの距離などあっという間だった。
息一つ切らすことなくアシュリンが別宅へ到着すると、深夜という時間帯にもかかわらず、屋敷の皆が大喜びで出迎えてくれた。
「まぁまぁアシュリンさん。元気だったのね、良かったわ」
ララがアシュリンを優しく抱きしめた。
「本当、よろしゅうございました。突然お帰りになられたので……坊ちゃまのせいですわよね。あのあと、私と奥様でしっかりと締め上げましたから」
と、マーサが涙を拭いながら言う。
「そうだわ。お腹は空いてなくて? マーサ、何かあるかしら?」
「そうですわね。夕食の残りの『魚介のポワブレのサフラン煮込み』でしたら、すぐに温め直せますよ。それで足りないようでしたら、料理長を起こして他にも作らせますわ」
「いえ……あの……お料理は」
こんな夜更けに申し訳ないと、丁寧にお断りしようとした――その瞬間である。
ぐぅぅぅぅ、とアシュリンの腹の虫が威勢よく鳴り響いた。
(……そういえば!)
アシュリンはハッと気がついた。
ルーカス伯爵邸で夕食を食べている真っ最中にリチャードが突然訪問してきたため、楽しみにしていたイノブタラのステーキを完食していなかったのだ。
確かに、喉から手が出るほどお腹は空いている。
しかし――。
恋心をとるか。
食い気をとるか。
筋肉モンスターの脳内で、究極の二択が激しくぶつかり合った。
そして次の瞬間。
「喜んで頂きますわ!」
アシュリンは極上のニッコリ笑顔で、食い気を即決したのだった。
食卓に運ばれてきたのは、マーサが温め直してくれた『魚介のポワブレのサフラン煮込み』。
そして、ヨハンに叩き起こされた可哀想な料理長が急遽焼き上げてくれた『特製ゴロゴロ肉のミートパイ』であった。
なんとそのパイの中身は、あろう事かーーイノブタの肉。
一口かぶりついた瞬間、サクサクのパイ生地からじゅわっと溢れ出すイノブタラの濃厚な肉汁と、絶妙なスパイスの香り。
ルーカス伯爵邸で完食できなかったイノブタラへの無念が、いま、別宅の料理長の手によって見事に昇華されたのだ。
「……美味しい……っ! 美味しいわ!!」
感動のあまり目を輝かせ、夢中でパイとスープを頬張るアシュリン。
至福の美味しさに全身の細胞が歓喜に震えた。
こうして彼女の頭からリチャードの存在はすっかり綺麗サッパリ忘れ去られた。
哀れ、リチャード。
彼の決死のプロポーズと恋心は、『イノブタラのミートパイ』の圧倒的ウマさの前に、あっけなく敗北を喫したのである。
昔タンポポというグループが『乙女パスタに感動』という歌を歌ってました。それをもじって今回の話タイトルにしました。
色気のないコメディ回ですまぬ。
でもこの物語のタイトルは『灰かぶり姫は王子様の夢を見ない 〜王子様キャラが嫌いなので拒絶したら何故だか粘着されました。でも私の本命はイノブタラなんですぅ〜』ですからねw
アシュリンの本命はやはりイノブタラなんです!絶対だ!!




