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第69話 聞いてないぞ!

マーサとララにお風呂場へ連行されたアシュリンは、料理長が腕によりをかけた極上料理の数々をバスタブの中で綺麗に平らげ、続く衣装部屋ではララの若かりし頃の豪華なドレスを次から次へと着せ替え人形よろしくあてがわれていた。


「これでは動きづらいですわ」

ようやく勝ち取った自分の意見で、シンプルで仕立ての良い、動きやすいドレスに身を包んでテラスへ脱出すると、庭ではリチャードが愛犬のジョンソンを相手にボール遊びをしていた。


「リチャード」

アシュリンがそう呼ぶと、彼はハッとしたようにこちらを振り返った。

アシュリンの姿を目にした瞬間、リチャードは息を呑んだ。決して恋する男の欲目などではない。余計な装飾を削ぎ落とし、シンプルで可憐なドレスを着込んだアシュリンは、眩しい真昼の光の中で輝くばかりの乙女だった。


直視するのに耐えかねたリチャードは、カッと顔が熱くなるのを感じ、慌てて視線を泳がせた。そのパニックと強烈な照れ隠しから、彼は無意識のうちに手にしていたボールを力任せに遠くへ投げ捨ててしまう。


「わんっ!」

投げられたボールを追いかけ、ジョンソンが元気に庭の奥へと疾走していった。


「リチャード?……なんだか凄く痩せてませんか? それに顔色も」

「君から見てもそう見えるのか?」

リチャードは自嘲気味に笑った。


「リチャード! まさか変なダイエットでもしているんですか? 駄目ですよ、おかしな物に手を出したら最後、借金取りに追われてドンシャララです!」


次の瞬間、リチャードの口元が限界を迎えて大きく緩んだ。

王宮では「氷の公爵」などと恐れられているが、元々リチャードは筋金入りの笑い上戸なのだ。

「ふ……っ、くはははははっ!!」

耐えきれなくなった彼は、お腹を抱えてその場に崩れ落ちんばかりに爆笑し始めた。


「リチャード!? なにを笑ってらっしゃるんですか、真面目な話です! おかしなダイエットは破滅の入り口なんですからぁ!」

アシュリンとの謎めいた会話のお陰か、リチャードはすっかり元気を取り戻していた。その様子微笑ましく見守るララとマーサ。


「まあリチャードったら、あの子にあんなに笑う余裕が戻るなんて…」

「そうでございますね」

「マーサ、アシュリンさんはまだ独身ですわよね?」

「はい。だから私はお嫁に貰えばと言っているのですが」

「マーサのお眼鏡にもかなっていると言うわけね」

と言ってララはにこやかに微笑んだ。


そして、翌日。

前日の朝にララに手酷く追い払われたというのに、性懲りもなくイザベラはブラックウッド公爵の別宅に現れた。

彼女は出迎えたヨハンを遮って、ズカズカと屋敷に上がり込むと、

「リィ↑ーチャー↓ドォ↑はどこかしら?」と言った。

「リチャード様は狩りにお出かけになりました」

「あら? そうなの。ではしばらく待たせて貰うわ。お構いなく……わたくし、お紅茶とマカロンでよろしくてよ」

と言って彼女は案内もされないのに、勝手にテラスのテーブルを占拠した。


しばらくするとマーサが紅茶を持ってやって来た。

ガチャリと彼女は乱暴にティーカップをテーブルに叩きつけた。


「あら、マカロンは?」

「生憎うちには、そんな、おフランスのお菓子はありません。パンの耳を揚げたシュガーまぶしならありますけど! それでよろしいのなら、いくらでも持ってまいりますよ!」

「なっ……!そんな粗末なものしかないの?しょうがないわね。今日のところはそれで我慢するわ」


イザベラが粗末なパンの耳を揚げたシュガーまぶしを食べながら紅茶を半分飲みきったところでリチャードが戻って来た。ララとアシュリンも一緒だった。


「リィーチャードォ」

イザベラは立ち上がると、砂糖菓子が溶けかかる様な甘ったるい声でそう言った。

その瞬間、リチャードの顔が引きつり、ララがあからさまにしかめっ面をした。

そんな二人の様子などお構いなしに、イザベラは近寄ってきた。


「もうリチャードったら、私がせっかく訪ねて来たのに、狩りに行ってしまうなんて」

「君と今日会う約束はした覚えはないが」

「そうね約束はしてないわ。でもわたくしと貴方はテレパシーで繋がってますもの。約束なんてしなくても……」


本気でドン引きするリチャードの隣で、アシュリンは「テレパシー……?今流行りの 異能の遣い手かしら……?」

と真面目な顔で感心している。


その姿を目にした瞬間、イザベラの扇を握る手にぐっと力が入り、あからさまにアシュリンを見下した。


「……あら? リチャード様、そちらの野暮ったい女は新しいの侍女ですの? 次期国王陛下となられる貴方のお側に、そのようなみすぼらしい女を置くなんて品位に欠けますわ」


アシュリンが「え、みすぼらしい侍女……?」とポカンとし、リチャードの目にあからさまな怒りが宿ったその時――


「あら、ごめんなさいねイザベラさん。ご紹介が遅れてしまったわ」

ララは極上の、けれど一切の光がない完璧な笑みをイザベラに向けた。


「こちら、リチャードの婚約者――アシュリン・ルーカス伯爵令嬢ですのよ」


「…………は?」

イザベラの顔からすっと血の気が引く。

そして、イザベラ以上に、

(((聞いてないぞーーーーーっ!?!?)))

絶句したリチャードとアシュリンの顔が、見事にフリーズした。

パンの耳を揚げたシュガーまぶし、ラスクです。でも私の子供の頃って、ラスクというオシャレな名前じゃあなかったとです。だからパンの耳を揚げたシュガーまぶしって書きました。

そして粗末扱いしてゴメンやで!!

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