第65話 シン・アシュリンとジョンソン爆走中
リチャードは昼も夜も食卓に顔を出さなかった。
食欲がない。そう言って私室に閉じこもってしまったのだ。
夜半すぎ、リチャードの私室をララが訪ねて来た。
「よろしいかしら。リチャード」
拒絶するわけにはいかず、リチャードは母であるララを部屋に入れた。
彼女はゆっくりと部屋にすべりこむと、ソファに座った。
彼女の重みで、ソファのクッション部分がへこむ。
「あなたに謝らなければいけませんわ。ごめんなさいね」
ララが何を謝っているのか、リチャードは見当もつかずいぶかしげな顔をした。
「あなたの恋しい方の帰宅を遅らせてしまうような事をして……」
そう言われた瞬間、リチャードは椅子から立ち上がった。
「な……な……何を言ってるんですか? 母上!」
あまりにもリチャードが慌てふためくので、ララは愉快そうに笑った。
「可愛らしい方ですわよね、アシュリンさんって……ペルシャであの鉄の鳥の給油をしている時に、会いましたよ」
「会った?……そうですか……でもなぜ母上が鉄の鳥に乗って来られたのですか? まさか母上、強引に席を略奪したのでは」
「んまぁリチャード。この母をそういう人間だと思っているのですか?!」
「いえ……そのような事は」
「私がグリムロックに戻る事を知ったあのお嬢さん、自ら席を譲ってくださったのです。自分は鍛錬になるから歩いてこちらに帰りますって」
「歩いてですか」
リチャードは絶句した。
ペルシャから、このグリムロックまで、歩いて帰る等正気の沙汰ではない。
数ヶ月はかかる途方もない星空の下のディスタンスである。
つまり、数ヶ月先でしかアシュリンに会えないのだ。
「リチャード?」
「すみませんが母上。しばらく一人にしてもらえますか」
「わかりました。でも……リチャード。明日はちゃんと食事を取るように。マーサやヨハン、そうそう、あの料理長も『自分の料理ではリチャード様をお慰めできないんだ』としょんぼりしてましたよ。皆を心配させてはいけません」
そのララの言葉に、リチャードは深く項垂れた。
リチャードは身くびりすぎていた。
あの筋肉モンスターのアシュリンを!!
しかもインドの山奥で修行して、更に神の精神まで宿った「シン・アシュリン」である。
シュバババババババ!
大地を飛ぶように走り抜ける、一人と一匹。
その姿は、もはや人間と犬を超えていた。
ペルシャの給油所でララを見送り、鉄の鳥が空へと飛び立った瞬間から、アシュリンの『大陸横断・強行軍マラソン』は始まっていたのだ。
恐るべしマラソンランカー!!
愛は大陸を越えてやって来る。




