第62話乳兄弟の忠告
国王の部屋から出てきたリチャードに、暗がりから声をかけてきた近衛兵。
その正体は、乳母マーサとヨハンの息子であるアンドリューだった。
彼は王宮の夜回り中だった。
「お前か」
「『お前か』はないだろ? どうした、そんな深刻な顔をして」
「深刻な顔にもなるさ。……陛下が、私に王位を継げと仰る。しかも、あの宰相が私の後ろだてになるそうだ」
リチャードが重々しく事実を告げると、アンドリューは小さく肩をすくめ、ヒューッと口笛を吹いた。
「それはそれは……。あの宰相様が何の見返りも求めず、後ろだてになるとは到底思えないな」
「やっぱりお前もそう思うのか」
「ああ。『私は王妃になります! そんな待遇じゃないと嫁になどいきません!』って粘り続けて、とうとう行き遅れの三十女になっちまったからな、宰相殿の娘は……。まぁ……その……縁談というか、お前への押し付けをしてくるのは目に見えているよな」
アンドリューは気の毒そうな、それでいて少し面白がるような目でリチャードを見た。
「面白がっているだろう、その目は」
「乳兄弟とは言え他人事だからな! 確かに、あの十代の頃の砂糖菓子ちゃんは可愛かったよ、俺の目から見てもさ。……まぁ、今は欲に歪んで見る影もないがな。で、どうするんだ? 初恋の君からの熱烈なアタック(予定)だぞ?」
「悪いが、私が彼女に恋していたのはあの時だけだ。今更どうもこうもない」
きっぱりと言い放ったリチャードの口調には、一切の未練もブレもなかった。ただあるのは、かつての己の愚かさへの嫌悪と、現在の鬱陶しさだけだ。
「そうか。お前にとっちゃ完全な黒歴史だよな」
アンドリューは少しだけ真面目な顔に戻り、顎に手を当てた。
「ただ、お前さんがその気がなくても、向こうが『今更どうもこうもない』で引き下がるようなタマじゃないってことだ。それくらい、あの親子は今、追い詰められてるからな」
現在、この界隈で独身かつ適齢期の王位継承者といえば、隣国のエガオ王国のエガ王子か、遠国のエルババ王子くらいしかいない。だが、前者は四十五歳になっても結婚条件に「巨乳」を掲げる万年王子、後者は新興宗教に傾倒した変わり者として知られていた。まともな縁談相手とは言い難い。
「追放されたエドワード王子にも、相当粉をかけていたからな。結局、イザベラは全く相手にされなかったみたいだが」
アンドリューの言葉に、リチャードはふっと冷ややかな、それでいてどこか納得したような笑みを漏らした。
「エドワードの好みは特殊だからな。自分に一方的に熱を上げてくるような女には冷たい」
そこまで言って、リチャードはハッとした。
(待て……エドワードが今、好きなのはアシュリン嬢だ。だとしたら……私も特殊じゃないか)
自分で言っておきながら、猛烈にブーメランが突き刺さった気がした。
急に言葉を濁して妙な顔になったリチャードを見て、アンドリューはすべてを察し、ニヤニヤとした笑みを深める。
「……なんだよ」
「いや? 『類は友を呼ぶ』って言うか、『血は争えねえな』と思っただけだ。お前も大概、特殊な好みの持ち主だもんなぁ?」
「何のことだ」
「おや、知ってますよ公爵様。最近、ルーカス伯爵令嬢と仲がよろしいようで。なんでも彼女の家の窮地も救ってあげたとか。いやぁ愛だね愛!」
アンドリューは、乳母のマーサの息子なだけあって、リチャードの内情に詳しかった。
「ち、違う! 私と彼女は友達だ。私とそんな風に言われてしまっては彼女の評判にかかわる」
慌ててリチャードは否定する。自分との噂が広まってしまったらそれこそ、独身の貴婦人としてアシュリンが悪評にさらされる羽目になる。
「はいはい、友達ね。だがなリチャード、本気ならさっさと求婚するなりなんなりしないと」
アンドリューは茶化すように笑っていた表情を、ふっと真面目なものへ変えた。
「お前、圧力で外堀埋められてしまうぞ。国王陛下と同じ目に遭いたくないだろ」
その言葉にリチャードは深く、頭を垂れた。
「……わかってる」
アンドリューはリチャードの肩をポンとたたくと、小さく笑った。
「くれぐれも気をつけろよ」
と言って、アンドリューは再び暗がりへと夜回りに戻っていった。




