第61話 リチャードの苦い初恋
現国王と王妃の間には、リチャードの他にルイ王子とエカテリーナ王女がいる。
「私が王位を継がなくても……他にルイやリーナがいる。二人のどちらかに継がせればよいのでは?」
そうリチャードが提案した途端に、国王の顔が更に険しくなった。
「ルイはお前も知ってる通り、身体が不自由だ。エカテリーナは……」
そこまでいって言い淀んだ。
「自分が王位を継ぐなら、今事実婚状態にあるアレンとテオを正式に夫として認めろ!と言いおった」
さすがにこれにはリチャードも驚きを隠せなかった。
元からエカテリーナは最先端な考えを持っていた女性だったが、まさか事実婚状態な上に、正式に夫を2人持つことを要求したとは。
「エカテリーナがそれを言った途端、王妃はぶっ倒れてしまった」
リチャードは心底王妃に同情した。気位が高い分相当なショックだったに違いない。
「もはや誰も王位を継ぐことができぬ。リチャードお前しか」
「陛下。でも私は婚外子です。それが王位を継ぐなんて事はあり得ない話です」
「うむ…今回の件で王妃は自分の子供たちを見限った。お前さえよければ、養子として迎えてもよいと言っている。それにだ。宰相のスティーヴンがお前の後ろだてになってくれるそうだ」
宰相スティーヴンの名前を聞いた途端、リチャードの記憶の中に、あの苦い思い出が鮮烈に蘇った。
それは、まだ彼が十代の若者だった頃の話だ。
スティーヴン伯爵令嬢、イザベラ。
金髪に青い瞳を持つ、輝くばかりの乙女だった。
砂糖菓子。まさにそう形容しても差し支えないほどの愛らしさで、何を隠そう、彼女こそがリチャードの初恋の相手だったのだ。
だが、その甘い容姿の裏で、彼女は「王妃」という絶対的な地位を何よりも欲している、極めて打算的な女性であった。
それを見抜けなかった己の甘さのせいで、当時、彼の一世一代の告白は見事なまでに玉砕してしまった。
思い出すだけでも、あの高く澄んだ、それでいて冷酷な笑い声が耳の奥に蘇る。
「だってリチャード、あなたは公爵だけど所詮は私生児じゃない! 私は宰相の娘なのよ。全然釣り合わないわ。私を妻に迎えたいなんて、身の程知らずじゃないの?」
彼の傷に塩を塗るような、あまりにも残酷な断り文句だった。
「イザベラ…君はそんな事を気にする様な態度をを一度も見せなかったじゃないか?むしろ婚外子である事の陰口で私が傷ついていた時に、君は私を励ましてくれた」
「あら?」
と言ってイザベラはさもおかしいと言わんばかりに微笑んだ。
「そんなの当たり前だわ。だってあなたは将来国王になるエドワード王子のお兄様ですもの。腹違いとはいえ、あなたと仲良くしておけば、エドワード王子へ近づくための良い伝手ができるかもしれないじゃない? 仲良くしといて損はないですものね」
つまり、リチャードへの優しさはすべて、本命であるエドワードへ近づくための計算だった。
実際のリチャードとエドワードが仲がよいわけではない。それを知らずに、彼女は浅はかな計算をしていたのだ。
悪びれもせず、フフと扇で口元を隠しながら言い放った彼女の姿は、少年の純情を木っ端微塵に打ち砕くには十分すぎるものだった。
「(その宰相スティーヴンが、私の後ろ盾になる、だと……?)」
嫌な憶測が胸の奥から湧き上がった。
「陛下、考えさせてください」
「ふむ…そうだな…突然こんな事を言われても考えがまとまらないであろうからな」
これ以上ここにいては、本当に逃げ場のない外堀を埋められる。リチャードはこれ以上の会話を拒むように、国王に一礼して部屋を後にした。
重々しい扉が閉まり、静まり返った夜の王宮の廊下へ出る。
どっと押し寄せてきた疲労感に、思わず深くため息をつき、眉間に深い皺を刻んだ――その時だった。
「リチャード、顔に眉間寄せてるとせっかくの男前が台無しだぞ」
不意に、からかうような声が降ってきた。
驚いて顔を上げると、そこには見慣れた近衛兵の姿があった。




