第60話王位を継ぐ者それはラプンツェルの息子
王宮からの緊急招集を受け、森の別宅を発ったリチャードを乗せた馬車は、舗装された街道を王都へと向けてひた走っていた。
揺れる車内の中で、リチャードは窓の外を流れる景色を見つめながら、ふと己の血筋にまつわる「歪んだ英雄譚」を思い出していた。
赤ん坊の頃から母親代わりとしてリチャードを育ててきたマーサが、かつて自分の生い立ちを話してくれたのだ。
『その昔、魔王と呼ばれる国王が治めたアルデ王国という国があった。魔王は国内だけで飽き足らず、国外からも美女達を誘拐して塔に幽閉した――とされている。だが本当は、少し違っていた。
魔王と呼ばれた国王は、実は男色好みだったのだ。
魔王の母親はそれを憂いて、女性を集めればそのうちの1人位は気に入ってくれるだろうと、次から次へと金で女性達を買い求めた。
その結果、アルデ王国城の塔の大奥に、美女三千人が住まう事になったのだ。
美女達を買い求めた資金とその生活費は、当然のように国庫を傾かせた。
アルデ王国の市民達の怒りは凄まじく、やがて反王家派によって「塔の美女達は魔王が誘拐して塔に幽閉した可哀想な女達」という悪評がネガティブキャンペーンとして流された。
自分たちが娘を売ったにも関わらず、その親達は、その欺瞞に同意した。自分たちは魔王に娘を連れていかれた「可哀想な民」を演じたのだ。
「魔王を倒せ!」
やがて魔王を倒す為の討伐隊が、国内や国外から集められた。
そしてその時、討伐隊の1人だったのが、この国の現国王アーサーである。
その当時、まだ王子だった国王は、塔にいた美女の一人―リチャードの母であるラプンツェルと出会い、恋に落ちた。
そこまでは、よくある騎士と姫の物語だったかもしれない。
しかし、現実は非情だった。
母の父親が、娘の恋を利用して王家から金をせしめようとした強欲な男だったため、王宮側は激怒。後ろ盾のない母との婚姻は完全に断たれたのだ』
「(その結果、婚外子として生まれたのが……この私だ)」
リチャードは赤ん坊の時に母親から引き離され、王家に引き取られた。しかし正式な婚姻で生まれたわけではないため王宮で育てるわけにはいかず、アーサーの父親であった前国王がせめてもの償いとして与えたあの森の領地で、マーサの手によって育てられたのだ。
我が子を引き裂かれた母は、そのままさすらいの旅人となった。だが、母とリチャードの縁が完全に切れたわけではない。母は時折、誰にも告げず森の別宅へやって来る事がある。
その刹那の再会こそが、リチャードにとって、あるいは母であるラプンツェルにとっての、隠された救いでもあった。
大人になったリチャードは、王宮のすぐ近くに立派な本宅を構え、貴族としての義務を完璧に果たしている。だが、たまの息抜きとして、己が生まれ育ったあの静かな別宅を訪れては羽を伸ばし、母の帰りを待つのが、何よりの慰めだった。
ガタゴトと揺れる馬車の振動が、リチャードを冷徹な現実へと引き戻す。
「(エドワードが王宮を追われた。そしてこのタイミング……いや、私はあくまでも婚外子だ。いくらなんでも……それを通すとなると……無理がありすぎる)」
胸をよぎる不穏な予感を振り払うように、リチャードは静かに目を閉じた。
「リチャード様、到着いたしました」
御者台からの声で、ピタリと止まる馬車の振動。
ゆっくりと目を開けたリチャードは、小さく息を吐き出して、肩に掛けた飾りマントを軽くはらった。開かれた扉から外へ出ると、そこはすでに陽の落ちかけた王宮の裏門だった。公式の訪問ではない。人目を忍ぶようにして、リチャードは案内されるままに国王の部屋へと足を運んだ。
重厚な扉を開けた先。
そこにいたのは、かつて「魔王討伐の英雄」と称えられた面影も薄れるほど、盛大に頭を抱えて机に突っ伏している実の父親、現国王アーサーの姿だった。
「……遅かったな、リチャード」
顔を上げた国王の目元には、深いクマが刻まれている。エドワードのやらかした借金問題と、それに伴う追放劇。その処理で、文字通り限界を迎えているのは一目瞭然だった。
「急な召集でしたので。……それで、お話とは?」
リチャードは内心の動揺を隠し、努めて冷徹に、臣下としての礼を尽くして尋ねる。
国王はしばし躊躇するように視線を彷徨わせた後、意を決したように重い口を開いた。
「エドワードが廃嫡となった今、次の王位を継ぐべき血統が絶えた。……お前に、その座を継いでほしい」
リチャードの脳裏に、馬車の中で必死に否定した『無理がありすぎる予感』が、最悪の形で蘇った。




