第54話 灰かぶり姫はインドの山奥へ?
アシュリンがあまりにもあっさりと修行メニューをこなしたので、ダイバダッタは次の修行の内容を考え直さなければならなくなった。
「うむ……やはりここでの修行はもう、これ以上ないのかもしれぬ」
そう思ったダイバダッタは、その日の夕食の席で、それとなくアシュリンに尋ねた。
「アシュリンよ……お前は旅に出たくはないか?」
「えっ?」
リチャードと料理長が用意してくれた極上のイノブタラの肉を、まさに今かっ食らっていたアシュリンは手を止めた。口元についたソースを拭うことも忘れ、目を丸くする。
「もうここでの修行は……頭打ちじゃあ。本格的に修行をするために……インドに来ぬか?」
「え? インド……」
流石に即答できなかった。
困ってしまったアシュリンは、反射的にリチャードの方を見た。
その視線を察したリチャードが、険しい表情でダイバダッタに向き直る。
「老師! ここで修行を継続できないのですか? なぜわざわざインドまで……」
リチャードの問いかけに、ダイバダッタは神妙な面持ちで顎髭を撫でた。
「本格的に『力の制御』修行となると……やはりインドじゃあ。精神を研ぎ澄まし、真なる力を制御するとなると……神のお力添えが必要不可欠なんじゃ」
それを聞いて、給仕をしていたマーサが、心底怪訝そうな顔をして毒づいた。
「……精神を鍛えるために神だなんてなんか怪しい宗教団体の誘い文句のようですね」
「マーサ!!」
リチャードが慌てて遮るが、ダイバダッタはピクリと眉を跳ね上げた。
「……ワシは強要しとる訳では無い。アシュリンよ、すぐに返事を返さなくてもよい。よく考えてからじゃあ」
ダイバダッタはそう言うと、静かに席を立った。残されたアシュリンは、皿の上に残った最後の一切れを見つめた。
力の制御。それは自分が望んだことだ。
そして今、その先へ進むには、この地を離れるしかないと言われている。
だが、ここから遥か彼方にあるという未知の大国インド。中世の足では、どれほど早くとも半年、下手をすれば一年以上はかかる命がけの旅路だ。
「(1年……1年もリチャードに会えなくなってしまうんだ)」
そう思って、ようやくアシュリンはハッとした。
そうだ。インドに行くのが怖いのではない。リチャードに1年も会えなくなるのが寂しくて、自分は躊躇しているのだ。
「坊ちゃま。反対なさってくださいよ! インドなんて……あんな未知の国になんて……絶対行かせてはいけませんよ」
マーサが必死にリチャードに訴えかけていた。いつもはクールなマーサが、本気でアシュリンの身を案じて声を荒らげている。
「そうだが……」
と言い淀んで、リチャードはアシュリンの方を見た。その瞳には、彼女を遠くへやりたくないという切実な本音と、彼女の成長を妨げたくないという葛藤が入り混じっている。
「アシュリン嬢、君はどうしたい?」
アシュリンは、自分の逞しい拳をそっと胸元で握りしめた。
リチャードと離れたくない。それが本心だ。けれど、このまま自分の規格外の筋力を制御できなければ、いつか大好きなこの場所や、リチャード自身を傷つけてしまうかもしれない。
「インドに参ります!」
アシュリンは力強く宣した。その瞳には、大切なものを守り抜くための、一辺の曇りもない決意が宿っていた。




